君と、笑えるように

次の日、僕は気持ちを入れ替えてアカデミアに向かう足を早めた。今日はいつもより早めに出た。アカデミアに向かう道のりの途中にある病院に様があったからだ。
昨日は何も言わず帰っちゃったから、そのことを謝りたい。そう思ってfirstさんの病室がある場所まで足を早めた。


「…?」


しかしおかしい。いつもなら開いてる窓が閉まってる。それに、カーテンまでちゃっかりと。


「……まだ寝てるのかな」


昨日はいろいろあったしね、きっとまだ寝ているんだ。僕自身もいつもより早く出ちゃったから、きっといつもの時間にならなきゃ起きてないんだろう。
仕方ない。夕方、また改めよう。この時は、そう思っていた。

しかし授業を終えて夕方また病院へ向かってみる。firstさんの病室を見てみるがしかし、朝と同じ状況だった。
閉めきってる………?いったいどーしたんだろうか…。まさか…何かあったのか?病態が悪化したのか?!そう思うと血の気が引いた。
僕は病院の入り口へ駆け込み、受け付けに立ってる女性に訊ねる。


「あ、あの…!この病院に入院してるfirstさんって、何かあったんですか?!」
「えっ…?何かって?」
「いつも開いてる窓が開いてなくて……」


僕の心配を他所に、その人は「firstさんってnameちゃんのこと、ですよね?彼女に何かあったなんて訊いてないけど…」と呟く。その呟きが本当かどうかわからない僕は、まだ胸の中にあるモヤモヤが晴れなくて…、早く安心したい。彼女の顔を見たい。


「あの!面会、いいですか?」


いつもは窓越しでしか会話できなかった僕だけど、普通なら扉から入って彼女の顔を見て「おはよう」と挨拶しなければならない。
その行為をいまだに出来ていない僕だからこそ、ちゃんとした形で面会をしたい。
そして、彼女の安否をちゃんとこの目で確認したい。


「ええ。もちろん」


許可をもらって、僕は急いで病室へ向かった。彼女の病室の前にたどり着き、深呼吸をする。ちゃんと扉から入ることが、こんなに緊張するなんて……、
取っ手を握って息を飲む。
…よし、入ろう。ドアを横へスライドした。


「…first、さん」


僕の声に、彼女は目を見開いてびっくりしていた。そんな彼女の近くへ行こうと、ドアを閉めて歩く。部屋の中は、外の光ではなく人工的な明かりで照らされていた。


「大丈夫…?」


優しく声をかけると、firstさんは布団を頭まで被って声を上げた。


「なんで来たのっ!?」


布団を頭まで被って、僕を拒絶するような態度にびっくりしてその場を動けなくなった。いったいどーしたというんだ…?


「あ、あの…firstさん、落ち着いて。どーしたの?」
「ごめんなさいッ」


何に謝っているというんだ。よくわからないが、きっとfirstさんの中で良くない考えが出来上がってるのは確かだろう。
僕は急いで彼女のベッドへ近寄り、布団の上から彼女の頭だと思う場所に優しく触れた。


「大丈夫、大丈夫だよfirstさん。落ち着いて?…どーしたの?僕、何かしちゃった…かな?」


君を追い詰めるようなことを、また僕は無意識にしてしまったのか?そう思うとまた胸が痛くなる。
君の不安をすべて取り除きたい。彼女の恐怖を、消し去りたい。そう思う一心で、僕は頭を撫で続けた。


「…ッ緑谷くん」


やっと布団から顔を出した彼女は、目元が真っ赤に腫れていて…見てるこっちがとても痛々しく思えた。涙の跡も残っている、今まで泣いていたのだろうか。


「な、何があったの…?!」


やはり何か悪いことがあったのか…?潤んだ瞳で見上げる彼女が心配で、見つめ返す。


「私ッ…弱虫、だから…」
「え、」
「泣き虫だか、ら……すぐ…泣いちゃうけど。頑張って…強く、なるから。だからッ」


「嫌いにならないでッ」とか細く儚い呟きが、耳に届いて目を見開いた。


「嫌いになんて、」


「なるわけないよッ」と力強く言い返す。何を言ってるんだfirstさんは、どーしてそんな考えになったんだ。僕は決めたんだ。君を守るヒーローになるって!
むしろ悪いのは僕じゃないか、君の苦しみを今までちゃんとわかってあげられなかったんだ。そのせいでどれだけ君を傷付けただろうか、考えたって計り知れない。


「泣いてもいいじゃないか!」


泣きたいくらい辛いなら泣いてもいいじゃないか。苦しくて辛いならたくさん泣けばいいじゃないか!


「弱虫なのは…僕も一緒だよ」


否、むしろ君以上に弱虫なのは僕なのかもしれない。こんな僕にずっと優しく微笑んでくれていた君の方が、僕よりもずっと強いよ。


「firstさん」


君はきっと、勘違いしている。だからその勘違いを正さなきゃならない。もう、間違いたくない。
もう…君の苦しむ姿を見たくないから。


「僕は、君と友達になりたいんだ」
「っ…」


優しく微笑むと、彼女は一筋の涙を流した。


「私…泣いてもいいの?」
「うん」
「弱虫でも、いいのッ…?」
「うん」


約束する。
君をけして、一人にはしないよ。
喉をひきつらせながら泣きじゃくる彼女の頭を、僕は泣き止むまでずっと撫で続ける。もう彼女を一人ぼっちにはけしてしないと、誓うように僕はぎこちない指先を彼女の髪に通した。


「どーして嫌われたって、思ったの?」
「…目が覚めたら、いなかったから……」
「そっか…不安にさせたなら謝るよ。ごめんね」


その事は僕も気になっていた。まさかここまで彼女を追い詰める結果になってしまうなんて、これは僕の失態だ。一人ぼっちな彼女にとって、突然目の前から人がいなくなってしまうということは、恐怖以外の何者でもないはず。それを何となくわかっていたから、今日はどーしても昨日のことを謝りたかった。


「…私、かっこ悪いね」
「え」
「子供みたいだよね、私こそごめんなさい」


はにかむ彼女の、何とも不器用な笑顔。それは羞恥と情けなさが混ざった顔色だった。
寂しくて泣いていた彼女は、確かに子供のように見えるかもしれない。だけど僕はそれ以上に、


「か、可愛いと思うよ」
「!」
「ごごごごごめん!変なこと言って!」


素直に口に出してしまった本音を今更引っ込めようなんて荒業できるわけもなく、下手な誤魔化しでその場をしのごうと必死になる。
そんな僕の慌てた様子をポカンと見ていた彼女が、プッと吹き出して小さく笑った。


「緑谷くん、慌てすぎ」
「ご、ごめん」
「でも、ありがとう。嬉しかった」


照れも混じったはなかむ笑顔は、今まで見たどの笑顔よりも綺麗で、とても胸が踊った。

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