君と、別々の世界

この気持ちはなんだろう…。
緑谷くんがまた私の目の前にいる。
もう緑谷くんとは会えないんじゃないのかと思い込んでいた。これは夢なのかな?都合のいい夢を見ているんだろうか?

「泣いてもいいんだよ」と云ってくれた彼の優しさに触れて、涙が止まらなかった。
嬉しいはずなのに、胸の辺りがとても痛いの。こんな痛み初めてで、味わったことなくて。私はまた、新たに病に掛かってしまったのだろうか……、






「緑谷くん、ありがとう」


たくさん泣いてすっきりした。
優しい彼に笑顔を向ける。すっきりしたはずなのに、胸の辺りの痛みが取れない。その矛盾が気持ち悪く感じた。


「いいよ、気にしないで!」


眩しい笑顔。痛みは消えて今度はドキドキする。やっぱり私は悪化したのだろうか。
この気持ちの正体がわからない。胸を押さえてみた。しかし、実際に押さえてみると何故だか、本当に胸が痛いのかわからなかった。


「どーしたの?痛むの?」


心配そうに覗く緑谷くん。彼に心配を掛けたくなくて胸から手を離して笑う。するとなぜか痛みが消えた。
本当にこの痛みはなんなんだろうか。


「大丈夫だよ」


いったいどーしたんだろうか、よくわからない。また今度、先生に訊ねてみようか?


「無理しないでね」
「心配し過ぎだよ」
「心配するよ」


「当たり前じゃないか」と怒る彼に、今度は何故か満たされたみたいに心がポカポカした。怒られているのに、嬉しかった。
……私はいったいどーしたんだろう。


「そーだ!今度、友達を紹介したいな」
「友達?」
「うん!アカデミアで知り合った友達!」


そんな素敵な提案を、私が拒否するわけない。瞳を輝かせながら喜ぶ。
彼の友達に会ってみたいと純粋に思った。緑谷くんのお友達だから、きっと皆素敵な人なんだろうと思うとまだ会ってもないのに楽しみで仕方ない。


「本当?!嬉しい!会いたい!」
「じゃあ今度、呼んで来るね」


ああ、さっきまでの気持ちが嘘みたいに今はとても幸せだ。現金な奴だと思われるだろうか?だとしても仕方ないじゃないか。
こんなにも幸せな気持ちになったこと、今まで一度も無かったのだから。


「楽しみにしてる!」


返事をする代わりに笑う緑谷くんを見ていたら、この症状の正体なんてどーでもよく思えた。






「──フフフ、nameちゃん。それは恋よ」


緑谷くんが帰った後、点滴のために訪れた看護婦さんに私の症状を打ち明けてみた。
するとどうだろう、看護婦さんは可笑しそうに笑うのだ。

恋?私が、恋してるの?


「その子が笑うと胸がポカポカするんでしょ?」
「うん」
「で、その子が自分のために叱ってくれたら嬉しく思うんでしょ?」
「…やっぱり変かな」
「変じゃないわよ。それは恋をすれば、当たり前のことなの」


恋をすれば、当たり前…?
どーして当たり前なの?
恋ってどーいうものなの?
私は、得体の知れない恋という病に眉をひそめる。聞いたことはある。
しかし、まさか自分がそーなってしまうなんて思ってなかった。今の今まで他人事だと思っていた。


「私、どーなるの…?」
「うーん…どーなる、か」


死ぬほどでもないけど、辛い思いしたり…嬉しくて幸せになることもあるんじゃないかな。と考えたことを呟くようにフフ、と笑った看護婦さん。


「恋、したことある?」
「もちろん!」
「どんな感じ?!」


具体的にもっと詳しく知りたい私、身を乗り出して問う。


「そーだなぁ……私は、幸せだったかな」
「幸せだった?」
「うん。今は離れ離れで、遠いところにいるのよその人。」


遠い目をして懐かしそうに話す彼女。恋する乙女ってこんな感じなんだろうか、と少し恋というものに興味を持つ。


「辛いこともあったけど、それと同じくらい幸せをくれたの」


私はその横顔が、素敵に思えた。


「恋してよかった。あの人を好きになれてよかった。…今は、そう思える」


そう話す横顔が綺麗に見えた。
恋って素敵なんだなって思った。


「…恋かぁ」


天井を見上げて笑う。
私も、そんな恋したいなぁ。


「はーい。点滴しますよー」
「はぁい」


チクッとした痛み。今はその痛みもいつもみたいに痛く感じなくて、それくらい私は恋に溺れた。


「…素敵な恋、したいな」
「nameちゃんならできるわよ」


クスクス、お互いに笑い合う。
なんだか内緒話をしているみたいでくすぐったく感じた。
そっかぁ…私、緑谷くんが好きなんだ。そう考えると、その日の夜は昨晩とは違う意味で眠れなかった。
緑谷くんのことを考えるとくすぐったくて、布団の中でクスクスと笑いを耐えるように笑っていた。
緑谷くんと私が同じ気持ちならいいのになぁって考えるとどーしようもなくもどかしい感覚に襲われて、枕に顔を埋めて何度もキャーキャー騒いだ。
恥ずかしくなるくらいの深夜テンションで、馬鹿みたいに騒いでいたと思う。

ふと、目を開けたらいつの間にか朝が来ていてびっくりした。いつの間に寝たんだろうか。小鳥の囀(サエズ)りを聴きながら、私は滑稽過ぎるオチに苦笑いした。
起き上がってカーテンを開け、窓を開く。外の新鮮な朝の空気が吸い込まれるように部屋に入ってくる。


「今日はいい天気だ!」


とても清々しい朝を迎えた気がした。
私は背伸びをして、点滴を持って部屋を出る。
トイレに行きたい。部屋を勝手に出たら怒られるが、アレに尿をするのはどーも慣れない。


「おはようnameちゃん。早いねぇ」
「おはようございます!」


この病院に入院するおばあちゃんに挨拶され、笑顔で返す。人気の少ない病棟を歩いてトイレを済ませ、部屋に戻った。
部屋に戻ると病棟以上に静かで、私は沈黙に押し潰れそうになる。
後で部屋を勝手に出たこと怒られるだろうか…、でも嫌なんだ。
トイレくらい、ちゃんと便器に座ってしたい。だって私は動けるんだもん。なのに原因不明ってだけで監禁されて、たまったもんじゃない。


「……」


せっかくいい気持ちだったのに……、ベッドに座ると、軽くスプリングした。仰向けに倒れ、点滴が刺さる腕を見る。


「…こんなの意味あるのかな」


はぁぁぁ、と大袈裟にため息を吐く。


「firstさん!何やってんの!」
「え?!み、緑谷くん!?」


びっくりした。いきなり開けられた窓から緑谷くんが現れたから、上半身を起こして肩をビクつかせる。


「ちゃんと寝てなきゃ駄目だよ!」
「ご、ごめん…」


素直に従って布団に戻る。


「ど、どーしたの?雄英は…」
「今日は休みなんだ」


そーなの?知らなかった…!


「なんで教えてくれなかったの!」
「びっくりさせたくて」


エヘヘ、ごめん。と笑う緑谷くん。
私、緑谷くんに勝てる気がしない。
彼の言葉1つで私の気持ちはさっきまでの嫌な気分を忘れてしまえるのだから。


「デクくんがゆーてた子ってこの子?」
「うん、firstnameさんだよ」
「朝早くから悪ぃな!」


緑谷くんの後ろから現れた茶髪の女の子と、赤毛の男の子。その後ろにはメガネの男の子もいる。
誰だかわからない人達が突然現れてら思わず身構えた。


「緑谷くん、いつもこんなところから話を掛けてるのかい…」
「アハハ」
「緑谷ぁ!お前なんだよ水臭いじゃん!ガールフレンドいるなんて!」
「私、麗日お茶子!nameちゃんよろしくぅー」


賑やかなメンバーだな、と思った。これは後で病院の人に本格的に怒られそうな予感。


「みんなは雄英の人ですか?」
「おうよ!」
「そーだよぉ」


彼らが昨日言ってたお友達なのだろう。
お茶子ちゃんという子と赤毛の男の子の声がハモる。みんな元気だなぁ、それに早起きだ。私は楽しさと嬉しさが入り交じってどーしたらいいのかわからずベッドに座る。


「病院は8時にならなきゃ開かないから入れないし、どーする?」
「そーなのか?だったらここで話そうぜ!俺、切島鋭児郎!」
「僕は飯田天哉。よろしく頼むよ」
「まだまだたくさんクラスの皆がいるんだけど、今回はこの三人だけかな」
「上鳴の奴来たがってたぜ」
「確かに!梅雨ちゃんも来たがってたよ!」


私は四人の会話を聞きながら、会話に入ることが出来ずにいた。話に入れない自分が悔しかった。
知らない名前、知らないことばかりの会話。
嬉しいはずなのに、モヤモヤする気持ち。私みたいな第三者が加わる方がおかしく思える。私は、自分が浮いて見えた。

緑谷くんは私のために友達を連れてきてくれたのに…、モヤモヤして、嫌な気分になった。私とあなたは、こんなにも住む世界が違うのか。
こんなにも近くにいるのに、手を伸ばせば簡単に届く距離なのに、こんなにも、遠く感じるのか…、


「どーしたのfirstさん?」


顔を覗いてきた緑谷くん。しかし私は、そんな彼を拒絶するように離れて別に方向を向いた。
ああ、今さら思い知った。
否、最初からわかってたが見て見ぬフリをして知らぬ存ぜぬを貫いていた。でも、やっぱり無理なのかもしれない。


「私は…異質なんだ」
「え?firstさん?なんか言った?」


普通じゃないんだ、普通になれないんだ。
そんな私が緑谷くんに恋するなんて…いけないことだったんだ。友達を求めるなんておかしなことだったんだ。


「…ごめん。今日、調子悪いんだ!この後検査もあるし」
「え…聞いてないよ!?」
「言ってなかったから」


驚く緑谷くんに苦笑いして、私は手を振った。


「じゃあね」


サヨナラ、恋心。

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