君と、生きていきたい


「じゃあね」


ぎこちなく笑うfirstさんを思い出して、何か引っかかった様な違和感を胸に抱く。
あの意味深な笑みはどーいう意味なのだろうか…、考えてもわからない。ただわかるのは、彼女に拒絶されたということだけ。
なぜ彼女は僕を拒絶したのだろうか…、僕はまた、彼女を傷付けてしまったのだろうか。考えれば考えるほど、悪循環が支配する。


「…なんか、俺たち嫌われちゃった…みたいだな」
「そー…やね」
「そ、そんなことないよ!!」
「しかし、歓迎はしていなかったじゃないか」


病院から帰りながら、三人は気落ちしていた。そんな三人を見ていたら、やはり納得できなかった。三人に申し訳なく感じた。
だから僕は足を止めて、来た道を引き返すことにした。


「ごめん三人共。先に帰ってて」
「緑谷?」
「デクくん…?あ!まって!」


呼び止める声が聞こえていながら、足を止めることなく駆け出す。
なんでなんだよfirstさん、やっぱりこのまま黙って帰れない。君は昨日、あんなに楽しみにしてくれてたじゃないか。
病院にたどり着き、閉められた窓を叩く。


「firstさんっ開けて!」


しかし窓は開けられなかった。いくら呼んでも、きっと彼女は返事してくれないだろう。そう悟った僕は、窓を叩く手を止めて俯いた。


「…ねえ、firstさん。どーしてあんなこと言ったの?」


僕、言ったじゃないか。「君の友達になりたいんだ」と、一人で抱え込まないで。
つらいなら僕にも言ってよ。ねえ…、


「…緑谷くん」


窓際に人影を感じ、窓がゆっくり開けられた。中から困ったように笑うfirstさんが姿を見せる。


「ひどいことしたって…わかってる」
「うん」
「でも、友達に囲まれる緑谷くんを見たら…私が異質なんだと思った」


「自分が浮いてるように感じたの」と涙を流すfirstさん。ああ…彼女は無知過ぎて残酷だ。


「みんな、firstさんと仲良くなりたいって言ってたよ?」
「ううっ…ごめん、なさいっ…」


堪らず涙を止めどなく流すfirstさんの頭を優しく撫でた。
今回はきっと、僕にも責任がある。僕が何も言わずに3人を連れてきてしまったから、彼女の気持ちの準備を怠ったせいだ。


「明日、また来てもらお」
「うんっ…うん」
「僕も、ごめんね。いきなり過ぎたよね」


首を振って「緑谷くんのせいじゃない」と小さく呟く彼女は本当に優しい。間違えを早く見付けることができてよかった。
戻って正解だった。一安心した僕は一息吐く。


「……っ緑谷くん」
「ん?」


何か言いたそうに口を開いた。しかしまた閉ざし、俯く彼女に首を傾げる。


「firstさん、ちゃんと言ってほしい。僕馬鹿だから、言わなきゃわかんないよ」


君のすべてを理解したいけど、それは無理だから。だから何か思ってるなら話してほしい。僕にもちゃんと背負わせて。


「僕たち、友達なんだから!一人で抱え込まないで!」


「ね?」と顔を覗く。彼女はとても辛そうに笑う。
そして、何か決意したように涙を拭って真っ直ぐと僕を見た。


「緑谷くん」
「ん?」
「私、緑谷くんが好き」


……え?僕は目を見開いて固まった。


「友達として、大好きです」


無邪気に笑ったfirstさんに、僕は顔を真っ赤にした。


「ぼ、ぼぼぼぼ僕も大好きだよ!firstさんは大切な友達だよ!」
「…ありがとう!」


嬉しかった。こんなに素直に言われたことなくて、すごく恥ずかしかったけど…それ以上にとても嬉しく思った。
「これからもよろしくね!」と笑った彼女に、僕は強く頷いて笑顔を返した。


「もちろんだよ!」


君の一番の友達で、居続けるよ。
君のためなら僕は、きっとなんだってできる。僕はそんなことを思いながら、彼女を見ていた。

次の日、改めてみんなを紹介した。
firstさんはみんなに頭を下げて「昨日はごめんなさい。」申し訳なさそうに謝った。僕も一緒にみんなへ謝った。
それからは打ち解けるのが早かった。麗日さんと女子同士で話したり、切島くんと笑い合ったり、飯田くんと語ったり、その様子を隣で見守っていて、とても嬉しく感じた。
友達に囲まれて笑う彼女を見れてよかったと心から思った。
こんな風に楽しそうに笑うfirstさんを見たのは、初めてだった。

彼女の笑顔を見れて…本当によかった。


「幸音の病気って治るんだよな?」
「んー…わかんない」


切島くんとの何気ない会話。僕はそれを聞きながら、オールマイトとの会話を思い出した。
firstさんの病は、今のところ原因不明の不治の病。治るかどーかは現段階ではわからない。
ずっとこんな狭い空間に、身を入れているというのはどんな気分なんだろーか。僕なら耐えられない。
なのに彼女はいつもこの空間の中にいるわけで、考えただけで、嫌になる。僕自身でもそー思うというのにfirstさんからすればこの空間は、牢獄のようなものだろう。


「きっと治るよ!」
「ありがとう!」


麗日さんの言う通りだ、きっと治る。そのために入院しているんだから。firstさんが治ったらいろんな場所に行きたいな。


「なあ!nameが治ったらみんなで集まって遊びに行こうぜっ!」
「それは名案だよ切島くん!」


そーだ、みんなで集まろう。クラスのみんな誘って!


「ね!firstさん!」
「…うん!行こう!!」


春になったら一緒に花見したり、夏になったら海に行くんだ。
そして、秋に祭り行ったり冬にはスキーもいいなぁ。季節ごとにたくさん楽しめる。

firstさんと、みんなで……、


「私…頑張って元気になる」
「おう!」
「がんばれnameちゃん!」


友達に囲まれる彼女。
そーだよ、firstさんだって普通の女の子なんだ。異質なんかじゃない、彼女がおかしい訳でもない。
こんなに綺麗に笑う彼女が、異質な訳ないじゃないか。firstさんは、普通の女の子だよ。切島くん達に囲まれて笑う彼女は、紛れもなく普通の女子に見えた。


「元気になって、みんなと遊びたい」


生き生きした瞳で呟くfirstさん。その瞳が、誰よりも人らしく見えて…何より美しいと感じた。


「今度はクラスみんなで来るからな!」
「ほんと?!楽しみ!」
「約束な!」
「うん!」


切島くんと指切りなんてしていた。
微笑ましく思った。















きっとすぐ叶う約束だと、この時僕は思っていたんだ。








だけど、実際は違った……、














彼女はその日の夜、体調を崩した。
強い嘔吐を訴え、血を吐いたらしい。















彼女の容態が悪化した。
いきなり過ぎる出来事だった……。




悪化した、と聞いたのは翌日の話だった。
いつものように窓から訪ねたが、そこにはfirstさんがいなかった。
いつも彼女が寝ているベッドの布団が、綺麗に畳まれていて嫌な汗が流れたのを覚えている。
容態が悪化したせいで、病室が代わったのだと知ったのはそれから暫くしてからだった。彼女に会いたい。会って無事をこの目で確認したい、でも許されなかった。
とても面会が許される状況ではないらしい。僕は頭の中が、文字通り真っ白になった。


「緑谷少年っ?!」
「オールマイト!」


病院から連絡を受けたらしいオールマイトが駆け付けた。firstさんの親に代わって駆け付けたようだ。


「容態が悪化したって…」
「僕も、今知ったんです」


何もできない自分が無力に感じる。きっと今も彼女は苦しんでいる。
なのに何もできないなんてっ…、握り拳を作り、爪が掌に強く食い込む。痛さも感じなかった。ただただ、彼女の無事を祈った。


「……緑谷少年」


僕の様子を横目に、オールマイトが呟くように名前を呼んだ。


「君は、nameちゃんをどー思っているんだい?」


その言葉に、オールマイトを見た。
どー思ってるってどーいう意味なんだ。
もちろん大切な友達だと思っているに決まっているじゃないか。


「友達…です」


オールマイトの心意が掴めない。なぜ今、それを僕に訊いたのか。


「…そーかい」
「?」


それだけだった。オールマイトはそれ以上、その話題に触れることはなかった。一体どーいう意味なんだ?



「聞いたよ。飯田少年たちを連れてきたんだって?」
「ぁ…はい、紹介したくて」
「ありがとう。礼を言うよ」
「そんな」


礼なんて言われるようなことをした覚えはない。僕はただ、自分のやりたいようにやっただけなんだ。


「私はね、師匠に恩返ししたくて…nameちゃんをずっと見てきた」


遠い目をして話始めたオールマイトを見上げる。


「しかし、いつだって…彼女の望むものを与えてやることは…できなかった」


「無力だと思った」自嘲するように笑ったオールマイト。


「でも、君は違う」


違いますよ、オールマイト…。
僕は自分の思ったことを彼女へそのままぶつけてるだけなんだ。彼女のためじゃなく、自分のために。


「君は、いろんなものを彼女に与えてくれる」
「僕、そんなつもり…」
「ただ、覚えておいてほしい。いつだって…相手の欲しいものを与えられるわけじゃない」


そう…わかっている。僕のやりたいことが、たまたまfirstさんと同じなだけなんだ。


「…すまない。僻(ヒガ)むわけじゃないんだ」
「ええ、もちろん」


いつまでも偶然なんて続かない。


「そーなったら君は…」


「どーする?」そう訊ねられ、僕は答えが見つからなかった。どーするんだろうか、僕は何をするんだろうか。考えてもわからなかった。


「…わかりません」
「そーだろうね。それでいいんだよ」
「え」


「それが正解だ」と笑う彼に目を見開いた。オールマイトは、彼女のすべてを叶えてあげたいと願っているはずだ。
なのにどーして正解なのだろう。


「すべてを叶えてあげるなんて、しなくていんだ」


尚更わからない。オールマイトはなにを言っているんだろうか。


「叶えてあげられることには限界がある」
「!」
「それがお金で買えないものの価値だ」


「現に、君は飯田少年たちを紹介しただけで友達になってくれと彼等を脅したわけじゃない。彼等の意思で彼女に会った。」と語る。


「だからな、少年」


「その時が来ても、無理に叶える必要はない。君は神様じゃないんだ」と言ったオールマイトに、僕はその時何も言えなかった。
いったい何を思ってそんなことを言ったのか…、この時の僕には到底理解できなかった。

僕とオールマイトが病院にいたその日、結局firstさんへの面会は許されなかった。

雄英に行っても、彼女のことが心配で授業に集中できなかった、ずっと上の空だった気がする。


「デクくん、元気ないね…」
「…ぁ、麗日さん!ごめん!何か用?」


話し掛けられてもボーッとしている。自分でもよくわかっていた。麗日さんの気配すら感じられないほどだ。
今日は本調子になれない。そんな僕をよく思わない人がクラスに一人いるのも、僕自身ちゃんとわかっていた。


「おいクソデクぅ、てめぇ嘗めてんのか、あ"あ?」
「かっちゃん…」


かっちゃんが僕の前に来て胸ぐらを掴む。周りの皆はかっちゃんを止めようとするけど、かっちゃんは聞く耳を持とうとせず僕を睨む。


「やる気ねぇなら帰れや」


ごもっともだ。かっちゃんが怒鳴るのも当たり前だと思う。いつもなら少しくらい怖くても言い返せた。だけど、今は……


「…ごめん」


その態度が益々気に入らなかったらしく、かっちゃんが個性を使って僕に殴りかかってきた。しかし、切島くんと上鳴くんがかっちゃんを止めに入ったため痛みはなかった。


「クソデクぅ!常にうぜぇくせにいつも以上にうざくなってんじゃねぇぞ!!消えろ!!目障りなんだよ!!」
「おい爆豪おちつけって!」
「お前等なにやってんだ。席戻れ」


相沢先生の登場に、かっちゃんは盛大な舌打ちをすると僕をギロリと睨んで席へ戻った。今の僕は、彼の暴言に心を痛める余裕すらないほどに、彼女のことで頭が一杯だった。


firstさん、大丈夫だよね?
だって…切島くんと約束したもんね?
次会う時は、クラスの皆を連れてくるって。約束したもんね?

お願いだよ……、遠くへ行かないで。
僕、君とたくさんの場所へ行きたい、まだまだたくさんあるんだ。
firstさんの知らない世界が、まだたくさんある。

見たこともない物に目を輝かせて無邪気に笑う君の隣で、僕は君の幸せを分かち合いたい。僕、いつもfirstさんを泣かせてばかりだったから…笑わせてあげたいんだ。





ねえ……お願いだよっ神様…。
firstさんを助けて。



僕はヒーローになりたくて雄英に入った。
ヒーローに憧れてヒーロー科に入った。なのに、一番助けたい人は神頼みだなんて笑えるよね……、




学校の帰り道、登校中、病院の前を通ることがあるなら、常に彼女に面会できるか訊ねた。しかし、許されなかった。
無事なの?元気になったの?不安が積もる中、何故そこまで頑なに面会が許されないのか訊ねた。彼女が拒んでるんだと、そう言われた。


「なんで…」
「……。…nameちゃん、髪の毛全部抜けちゃったのよ」


「副作用で」看護婦さんの言葉に目を見開いた。ふく…さよう……?髪の毛が、抜けた?


「髪の毛ないなんて、女の子なんだし嫌よね…。可哀想に」


firstさんっ……、やっぱり君は間違ってばかりだ。


「あの!」


「彼女に、少しでいいから会わせてください」僕は悲願するように看護婦さんに願った。


「ぇ…でも」
「お願いします!」



『君は、nameちゃんをどー思っているんだい?』ふと、オールマイトの言葉が脳裏を過った。僕は今でも友達だと言い切る。
だけど、それ以上に…大切だとも思う。


「彼女に、会わせてください」


一人になろうとする彼女は、いくら神様でも救えないでしょ?
看護婦さんに無理を言って、少しだけ会わせてもらえることになった。
firstさんはズルいと思う。いつもいつも一人で抱え込んで、自分から弱さを見せてくれない。僕は…そーやって一人で何でも抱え込んじゃうfirstさんを見たくないのに。

firstさんが移動した病室へ行ってみる。ノックして中に入ると背中が震えた。
firstさんは、人工呼吸機を付けていた。以前見た姿よりもっと弱々しかった。


「first、さん……」
「!」


こちらに気付いた彼女は僕を見て真っ青になる。


「っみない、で!」


無理矢理声を出して顔を背けるfirstさん。そんな悲痛な声ですら僕は聞き入れてあげられそうにない。
ごめん、それは聞けないよ…、聞けるわけないじゃないかッ……、


「firstさん」
「もう、ほっといて…」
「いやだ」
「!」


震えてる彼女に近寄る。そして、弱々しく小さな掌を包むように握った。


「…ごめんっ」


ごめんね、firstさん……、


「ぇ」


こちらを見たfirstさんがどーして?とでも言いたそうに不思議そうな表情をしている。


「来るのが、遅くなってごめん」
「っ…」
「寂しかったよね。辛かったよね」
「みど、りやく…んっ」
「でも大丈夫。もう、絶対っ…一人になんてしない!僕は、ヒーローだから」


一人ぼっちで泣いてる君を助けてみせるよ。


「…っ、駄目だよ…緑谷くん」


大粒の涙を流し、体を震わせる。その姿が痛々しく思えて、ぎこちないながらも背中をソッと撫でるように優しく抱き締めた。


「わた、し…かっこわるいでしょ……?髪の毛、なくなっちゃったんだよ…?」
「firstさん」
「もう、みんなに…会えないよっ…」
「綺麗だよ」


理不尽かもしれない。こんなこと言うのは最低かもしれない。だけど、僕は目の前の彼女が綺麗に見えた。


「…ぅ、そだ」
「君は、綺麗だよ」


こんな僕が触れていいのだろうか。自分の気持ちがあやふやになってしまうくらいに、大粒の涙を流す彼女の頬を撫でる。


「かっこ悪いのは、いつだって僕だ」


オールマイトは僕がfirstさんにたくさん与えていると言った。
でも、そのどれもが空回りしていて、彼女を心から笑顔にさせてあげられることができなかった。そんな僕が一番かっこ悪い。


「でも、君はいつだって優しくて」


笑顔で、ずっと笑って、本当はつらいくせに弱音を吐かない。自分から中々弱さを見せない君は、いつだって優し過ぎて。何より、残酷だった。
君のヒーローになりたいと思うのに、いつだって君は僕のヒーローだった。君に救われてばっかりだった。


「…firstさんは、初めて見た時から…ずっと綺麗な人だった」


あの時、見知らぬ僕に声をかけてくれた君、無邪気に笑ってくれた君。いつだって…君は、僕にとって綺麗な人だ。


「…。…そっか」


自分の気持ちに自分で納得するように小さく笑う。





今、気持ちが込み上げてきた。






『好き』という気持ち。
僕は、firstさんが好きなのか。


友達として好きだとずっと思っていた。
でも、なぜだろう。素直に認めるとこんなにあっさりしちゃうものなんだろうか…?
友達だから、だと思ってた。この焦がれるような気持ちは、友達として感じてるものなんだと…思ってた。


「…firstさん」


君の隣にいたいと思うのも、君に生きてほしいと思うのも、君に笑ってほしいと思うのも、



全部全部、firstさんが…


「もう大丈夫。僕がいるよ」









好きだからなんだ…──。

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