君と、約束をしよう


「俊典おじさんは、緑谷くんと知り合いだったんだね」


彼女の病状が悪化する以前の話。
私は彼女と何度か二人きりになった時のことを遡りながら思い出していた。
私からすればnameちゃんが緑谷少年と友達だったことの方が驚きだ。まさか二人が繋がっていたなんて、思いもしなかった。
緑谷少年のことを話す彼女が今まで見たこともないくらい欣喜(キンキ)だった。
そりゃあ彼女にとって、当たり前なのかもしれない。友達という概念が存在しないのだから。
彼女の中では望んではいけないものなんだと知った。それが余りにも悲痛に見えた。
私たちの常識が彼女には通用しない事が心苦しく思えた。彼女だって同じ人間だというのに、こんなにも違うものなのかと。
だからこそ、緑谷少年と友達になったと話すnameちゃんに私自身も心から喜んだ。

いつも面会終了時間ギリギリに現れる私に、彼女はいつだって云う。「もう少し早く来たら緑谷くんと会えるのにぃ」と。
でも、私からすれば少年少女の青春を邪魔したくないわけで、いつも私は苦笑いを返していた。
ある日、彼女はいつものように1日の出来事を話してくれた。
しかし、いつもと違った内容だった。


「おじさんは、恋ってしたことある?」


思わず吐血しそうになった。吹き出す、というリアクションを遥かに上回って吐血しそうだった。
こ、恋だって!!?
nameちゃんを見ると、頬をほんのり紅色に染めて照れ臭そうに笑っているではないか。
それにしても、笑顔が師匠に似ているなぁ。い、いやいやいや!そーではないだろう!何を呑気なことを!
nameちゃんの口から恋という言葉が出たんだぞ!?


「恋ってなんだい!?まさか恋したのかいnameちゃん!」
「えっ?」
「いったい誰なんだ!どこの誰だ!」


おのれ…私の見ていない隙によくもnameちゃんを誘惑して……!彼女の肩を掴んで、私は動揺から声を震わせる。


「こ、恋をしちゃいけないの?」


ショックを受けたように落ち込んでしまったnameちゃん。いや、違うんだ幸音ちゃん。
君がそんなに不安気になる必要はない。恋をするということは素晴らしいことだ。
人を好きになるということは、どんなことよりも大切で欠けがえのないことなんだ。だから不安になる必要はない。
だけど………、


「恋をするのはいいことさ。ただ…」
「ただ?」
「あ、相手は……」


聞いていいものなのか?
nameちゃんだって年頃なのに、こんなデリカシーもないことを女性に聞いていいのかオールマイトよ。
いくら気になるからと言って、そんなことを彼女に訊ねていいものか?


「…み、緑谷……くん……」
「…は?」


小さくボソボソと呟かれた名前は、私の教え子だった。
nameちゃん…緑谷少年が好きなのかい……?


「俊典おじさんは…恋って、いけないことだと……思うかな?」


寂しそうに笑うnameちゃん。
恋か…そーだよね、君はもう、女の子なんだよね。
病室にこもっていても、思うことは年頃の女子学生と一緒なんだ。


「いいや…。恋は、素敵だよ」


誰かを好きになる、誰かを大切に想う。
それは素晴らしいことだと思う。


「緑谷少年か…」


これは複雑だなぁ。
私としては、彼女を娘のような存在だと思っているし、緑谷少年は私にとって大切な教え子だ。


「私ね、俊典おじさん」
「ん?」
「このことは…内緒にしていてほしいな」


照れるnameちゃん。
やはり普通の女の子に見えた。


「…もちろんだよ」


私からは何も言わない。君たちを、見守る第三者であり続けよう。
私にできることなどそれくらいだ。


「ありがとう俊典おじさん!」


やっぱり、親子は似るな…、笑顔がそっくりだ。
無邪気に笑う彼女を眺めながら、私はそんなことを心中で思って瞳を閉じる。


師匠……、あなたの娘は、精一杯生きてますよ。

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