あの衝撃的な出来事から一夜が明けた次の日の朝、私はと言いますとまったく寝れなくて布団の上で何度も何度も寝返りをしていた。
あの人のことをいろいろ考えた結果、まったくわからない上に一晩の大事な睡眠時間が無駄になった。
いや、そもそもそんな呑気なものではない気がする。
私は睡眠時間を削ってまでいろいろ仮説を立てたのだ。
もしもあの人がストーカーだったら?
いやいや自意識過剰かよって私も最初は思ったよ。
ないよなさすがにって思いましたとも。
だってあの人すごくイケメンだったし、ストーカーするような人にはまず見えなかった。
これはただの仮説だから別に確実ということではないけど、そういうこともちゃんと頭に入れとかなきゃって意味であって……、
……、というか待って。
私今日仕事なんですけど。
え?あんなことがあった後に家出なきゃいけないの?それってなかなか残酷過ぎませんか?
私に個性があるならまだしも、個性どころか何の力もないただの一般人なんですけど。
どーしよう、さすがに休みたいな…、だけどこんな時に限って人が足りないんだよな今日はぁ……。
項垂れながら重い腰を上げて準備する私ってなかなか偉いんじゃないだろうか。
私が仕事帰りだって知ってた時点であの人は、私がどの道を通って仕事に行くのかわかってるってことだよね?
だったらいつもとは違う道を使って行けば大丈夫なんじゃないだろうか。
まあ、家の前で出待ちされてたらアウトだけど過去にそんなことはされたことない。
なんせ昨日の出来事がなければ私は、こんな風に警戒心を強めなかったくらいだから。
大丈夫、いける!
この作戦はなかなかいい!
仕事に出る準備をして、鞄を持つと私はさっそく仕事に向かうことにした。
早く行かなければ遅刻してしまう。バイト先は遅刻にかなり厳しいので遅刻はしたくない。
遠回りすることになるからいつもより早めに家を出た。もちろん、護身用に昨日使ってまだ乾いてない傘を持って行く。
何か持ってないと怖いのは当たり前だ。
私の仮説が間違っていたなら間違っていたでいいし、それに越したことはない。
勘違いだったならそれでいいから、もう会いませんように……!
「お、今日は早いな」
昨日見た顔に曲がり角でばったり出会って、悲鳴すら出てこなかった。
こんなにも早いフラグ回収ってあるのか…!?とツッコミを入れたいくらいに早い出会いだった。家から出て数分後の出来事だ。
「昨日は災難だったな」
「く、来るなぁぁ!」
「?」
傘の先を向けて身構える。
どどどどどーしようどーしよう!?
出会った時のこと考えてなかった。
出会うわけないと思ってたから動揺が半端なくて震えが止まらない。
「ななななんであなたがここに…!!」
「?俺の家すぐそこだからな」
衝撃という名の雷をこの身に受けたような気分だ。
あまりにも意外過ぎる回答だし、そりゃご近所さんならばったり会っても仕方ないだろうけども。
こっちは昨日の今日だからさすがにびっくりした。
……否、そんな簡単に信用できるわけない。
ご近所さんなら何故今まで会わなかったんだ。
「い、今まで会ったことない!」
「そーか?俺はよくお前のこと見掛けるぞ」
「それはストーカーの言い訳だよ!」
間違いない!この人ストーカーだ!
傘を構えて敵視する私に、彼は目を見開いて驚愕したような表情を見せた。
「お前、ストーカーされてるのか」
「何故そーなるの!!?」
「誰にされてんだ!」
「お前だよ!!」
こんなことがあっていいのだろうか。
ストーカーと漫才のようなことをしているこのカオスな状況はなんなんだ。
「安心しろ、俺がぶっ倒してやる。ストーカーはどこだ」
「まったく安心できないよ」
「くそっ、俺は何をやってんだ」
「いや本当に何やってんだよ」
ストーカー相手にこんなツッコミが炸裂する人なかなかいないんじゃないだろうか。
悔しそうに歯を噛んで握り拳を作っている彼を見て私は思った。
「お前これから仕事だろ、送ってく」
「いや、あの、遠慮します」
「危ねぇだろ」
「間違いなくあなたといた方が危ないと思う」
この人もしかして、自分がしていることに対しての自覚がないのだろうか。
どーしよう、そういうタイプってかなりヤバそうじゃないか?
あまり刺激を与えすぎたら何をされるか……。
「お前彼氏とか頼れる奴いないのか」
「へ!?」
予想外すぎる言葉を聞いて、鳩が豆鉄砲くらったような表情になったのは仕方ないと思う。
先程から私の思考回路がわかってるみたいに見事にフラグを回収していく目の前の男には、さすがの私もお手上げだ。驚くなんて言葉通り越してしまう。
刺激するようなことを言いたくないのに、何故そんなことを訊いてくるのか。
というか、普通のストーカーとははてさてこんなことを訊ねてくるものなのか。
「た、頼れる人、ですか」
「ああ」
「い、いるって言ったらどーするんですか」
「助けを求めるべきだぞ」
真顔でとても普通のことを言っている彼だけど、一言言わせていただきたい。
私が悩まされているのはまさしくあなたなんですよ、と。
こんな素っ頓狂なことを言われて拍子抜けした私は、警戒心も忘れて口にした。
「彼氏なら、いるよ」
「!」
言って後悔した。
もちろん彼氏なんていないし、頼れる人もいない。
だけどどーしてもこの状況を打破したくて思い浮かんだ言葉はあまりにも土壇場過ぎて、自ら修羅場へと持ち出しているような言葉を吐いてしまっていた。
ヤバい、下手したら殺されるかもしれないって恐る恐る彼を見上げたら視線が合った。
「……なんで電話しねぇんだよ」
「へ?」
「なんで助けを求めねぇんだよ!」
「えっと…」
「お前は女なんだぞ!危ない目に合ったらどーするつもりだ!?」
肩を思いきり掴まれ、怒りの感情に任せて怒鳴る彼は、普通に見ればとても素敵な人なんだろうし、もしもこんな状況じゃなければ胸が踊ってたかもしれない。
だけどよく考えてみて。
私は、あなたに悩まされてるんだ。
「じゃ、じゃあ彼氏に電話するよ」
「お前危機感無さすぎだぞ」
なんで私が説教されてるのか、誰か親切な人いたら教えてくれないだろうか。
私はとりあえず、早く仕事に行かなきゃいけないから急いで携帯を手に持って電話帳から、助けてくれそうな人の連絡先を見付け出した。
耳に電話を当てている間、彼は何もしてこなかった。
この滑稽過ぎる状況は、私の頭を混乱させているのは間違いない。
呼び出し音が響く中、「早く出て」という願いが通じたかのように、電話の向こうから聞き覚えのある声がした。
『もしもし?』
「もしもし出久?」
『うん』
「助けてください」
『ん?!』
頼れるのは君だけなんだ。