うーん…こういう時、当分は車椅子の方が良かったりするのかなぁ。マリーに聞いたら、一発なんだけどなぁ。でも、だとしたら少しでも広い部屋の方が良いよね。ドレッバーは背が高いから、ベッドだってスペース取りそうだし…ベッド大きめ、かつ広めの…
「…はい、到着しました〜。お客様のお部屋は、こちらのオスミウムルームになりまーす」
「オスミウムルームって…アンタ、変な名前付けるの好きですね」
「今、パッと思い付いたの。硬くて、脆くて、青白い。まるで、貴方みたいだし…って、変な名前って何?私、今まで変な名前なんて言ってなくない?」
「あ、いえ。今のは口が滑っ…痛いっ」
何かよく分からないけど、失礼な事を言った不届き者の頬を、思い切り抓ってやった。
ふんっ!今は、私の方が有利だもんね。立場ってものを、分からせてやらなくちゃ。ちょっとでも嫌だと思ったら、抓ってやる。
ドレッバーの頬を抓るだけ抓って満足した後、他の部屋よりも少し大きいドアの鍵を開けて、車椅子を押し入れ…ようと思ったけど。
うぅ。ちょっと、埃っぽいや…。
「ごめんね。ちょっとだけここで待ってて」
「ああ、ハイ。わかりました」
「…覗いたら、ほっぺ千切れるくらい抓るからね!」
「ハイハイ、覗きませんよ」
念の為、車椅子をドアの背に向けて、掃除道具を持って一人部屋に入る。
人なんて呼ばないのに部屋ばかりあるから、こういう時困るんだよなぁ。…いや、こういう時も何も、こんな事自体初めてなんだけど。
工房は大きく建てられて良かったけど、母屋自体はこんな大きくなくても良かったのに。土地を買ったのだって私のお金なのに、許して貰えなかった。
貴族ってのは、何でこうも見栄を張りたがるの?ほんと、バカみたい。
…もう!ただでさえ掃除面倒くさいのに、大きい部屋だから余計面倒くさい!
文句タラタラな思考で脳内を満たしながら、部屋の埃を除き取り、窓を拭いて、掛け布団やら枕やらを綺麗な替えに取り替えて…うん。これなら、何とか…。
「お待たせ!さて、改めまして…お客様のお部屋は、こちらのオスミウムルームになりまーす」
「あ、またやるんですか?それ…はい、わかりました」
抓ろうと手を伸ばしたら、大人しく乗っかってきた。
ふふん。まぁ分かれば良いのよ、分かれば。
今度こそドアを開けて、車椅子を部屋に押し入れた。ベッド横に車椅子を動かして、ストッパーを掛けて…と。
肩貸そうか?って一応聞いてみたものの、「いえ、結構です」って、淡々と断られちゃった。断ってきた割には、足元滅茶苦茶フラついてたけど。ちょっとでも距離があったら、絶対に倒れてただろうなって思うくらい。車椅子、ベッドのすぐ横に付けてあげて良かった。
「しかし…この部屋、豪華過ぎやしませんか?」
「む?何、不満なの?」
「違いますよ。オレなんかには勿体無いくらい、良い部屋だって事です。煌びやかで、広くて、ベッドもこのオレが伸び伸びできる程大きい。こんなふかふかのベッドで寝るの、何年ぶりですかねぇ…」
「そりゃもう、お客様には上質な物を提供するものでしょ?大きさに関しては、ドレッバーサイズの部屋選んだからね」
「ドレッバーサイズて、何ですかそれ。…有難うございます。助かります」
「有難う」…彼のその言葉に、何だかむず痒くなってくる。さっきの「可愛い」発言もだけど、彼の言葉は、何故か私をむず痒くさせる。こんなの、知らない。何なんだろう?
…なんか私、変なの。
「どういたしまして。…じゃ、私お風呂入ってくるから。何かあったら、そのボタン押して」
「ボタン…?ああ、これですか」
「うん。全ての部屋に付けてるんだけど、そのボタンを押すと、私がよく使う場所に付いてるランプが光る仕組みなの。部屋毎に光る色が違うから、どこから呼ばれてるかすぐにわかるってわけ。ランプは工房と私の部屋は勿論、お風呂場とキッチンにもあるから、すぐに駆け付けられるし…何かあったら、遠慮無くそれ押して。痛くなった時とか」
「なるほど…わかりました」
「まぁ、取り敢えず…んしょ。コレに着替えといて。じゃ」
彼が了承したのを確認して部屋を後にし、お風呂場に向かう。
引き出しから着替え一式を取り出して、籠にオイル塗れの服を無造作に放り捨てる。それから、バスタブにお湯を張りながらシャワーを浴びた。
…ああ〜!生き返る!オイルや薬品の匂いだって好きだし、科学の為ならドロドロになるのも気にならないけど、それでもやっぱり清潔でいたいもの!私だって、女の子、だし…えへへ。
…いや、何が「えへへ」よ。何浮かれてんの、私。今の状況、浮かれたくなる事もあるけど…そんなの、余りにも格好悪いでしょ。
だって私は!世界で一番クールで!格好良くて!美しくて!綺麗な!天才科学者なんだから!
…ううん、違う。だって、世界で一番格好良くて、美しい科学者は…。
いやいやいやいや、要らない事考えなくても良いの。事実、このイギリスで一番優秀な科学者は私だもん。て事は、世界で一番なんだもん!それは、誰にも譲らないんだから!
…何だか考え過ぎて、頭クラクラしてきちゃった。ちょっと落ち着こう。
全身をくま無く洗い終わって、やっとお湯を張り終わったバスタブに浸かった。
んん〜!気持ち良いっ!一仕事終えた後のお風呂って、何て最高なんだろう!正に、天国…!
…でも、今日一日がこんな風に終わっていくなんて、夢にも思わなかった。マリー以外滅多に居ない来訪者が、まさか彼だったなんて。昨日の私がこれを聞いても、絶対信じないだろうなぁ。
『イーノック・ドレッバー』…このロンドンの科学会において、ここ数年で注目が集まっている名前。どんな意味があるにせよ、彼の名前は特別な存在。勿論、私にとってもそうで…。
「…イーノック・ドレッバー。手品師で機械技師で…詐欺師、ね」
このまま彼を警察に突き出してしまえば、今後の科学の発展への濁りが少なくなるし、私の立場も更に上がるんじゃないかとは思う。感謝状とか貰えそう。
でも、そんな事しない。…いや、出来ない。私には、そんな事出来ない。彼を、警察に突き出すなんて事。
そもそも、そんなの全く心が動かない。しょうもないポストや表彰の為に、つまらない事をする義理は無いもの。
それに、彼の技術がどれだけ科学を騙す事が出来るのか、ちょっと見てみたい気もするじゃない。手品に騙される程度の眼を持つ科学者を、ふるいにかけられるしね。その辺も、『経過観察』という事で。
つまらない結果を残すようなつまらない男だったら、何時だって探し出して…突き出せば良い、でしょ。
「…出よう」
入浴を堪能して、浴室から出た。…ああ、もうこんな時間。彼の身体拭くタオルも、着替えたら準備しなくちゃ。
気持ち早めに夜の身支度を終えて、ドレッバーの身体を拭くタオルやら何やらを準備する。
折角だし、下ろしたてのふかふかタオルを使ってあげよう。お湯の温度もまぁ、こんなもんで良いかな。あと、この開発中の塗り薬と、包帯の換え、それから…。
──ピコン。壁に立てかけられたランプのうち、緑色のランプが点滅した。
流石に、麻酔切れちゃったかな。この一式持って、早く行ってあげようか。
道具を乗せたトレイを持って、早歩きで部屋に向かった。ドアの前に立って開け…いや、まずはノックするのが先でしょ。一人でいる事に慣れ過ぎて、こんな簡単な事も忘れるなんて。
そんな事より、取り敢えずノックして、適当に声を掛けて、ドア開けて…。
…うわ、滅茶苦茶悶絶してるじゃん。
「ちょっ…ちょっと!?ねえ、いつから痛み始めたの?」
「っ…あ、いや…アンタが風呂行って、それから少ししてから…着替えだけは、頑張ったんですけどねぇ」
ドレッバーは相変わらず無表情だけど、タダでさえ青白い顔を更に青白くして、額に脂汗を浮かべながら絞り出すように声を出してきた。
私がお風呂行ってすぐてことは…えっ、一時間以上も前から?
「バ、バカじゃないの!?一時間も我慢したところで、治らないのわかるでしょ!?」
「…折角、アンタが一日の疲れを癒してるんだ。邪魔するのは、悪いでしょ?」
彼はそう言って、一瞬ヘラッと笑ったかと思うと、すぐに眉間にヒビを作って低く唸った。
私の為に、我慢してたっていうの?私の疲れなんかよりも、貴方の怪我の方が辛いのに。
…本当に、
「…バカな人」
塗り薬と換えの包帯を手に取って、苦しそうに丸まっている彼を無理矢理仰向けにさせて汗を拭から、パジャマのボタンを外していく。もはや仰向けになる事自体が辛そうな様子の彼を見ていて、チクリと胸の奥が痛んだ。
怪我人をほっといて、呑気にお風呂で浮かれてる場合じゃ無かったな…。
「…何、シケたツラしてんですか」
「えっ…う、ううん。何でも無い」
やだ…要らない事考えてる間にも、彼は痛みに耐えてるんだから…しっかりしよう。気を取り直して、傷の具合を見てみなくちゃ。
…うん、特に拒絶反応も無さそうだし、状態は良さそう。純粋に、麻酔が切れた事による痛みね。これなら、コレ塗っとけば大丈夫…。
「ちょっと沁みるかも知れないけど…ごめん、我慢して」
「ハハッ。もう、我慢はし慣れてるんでね…ッ、く…」
自虐的に笑うドレッバーを後目に、手を消毒して塗り薬を手に取り、ゆっくりと丁寧に患部に塗り広げて包帯を巻き直した。
ああ、痛いよね…ごめんね…。
早く治って、痛いの飛んでいきますように。