「…もう少ししたら、痛みも引いてくると思う。このまま様子見てるね」
「ああ、有難うございます」
彼のパジャマのボタンを留め、その辺にあった適当な椅子を選んで、ベッドの横に座った。
あっ…身体拭く前に、包帯変えちゃった。ついでだから、拭いてあげれば良かったかな。でも、仰向けになる事すら辛い人に、横向かせたり起こしたりさせるのは…。
はぁ。ほんと、対人になってくると上手くいかない。私、天才のはずなのに。紙面では散々シミュレートしてるのに、こういう時ちゃんとした判断が出来なくなるなんて…どんなに勉強できても、芸術や運動に優れてても、結局は…。
「…大丈夫ですか?」
「……えっ?」
「いや、すっかりしおらしくなったもんで…まぁ、項垂れた花も味がありますがね」
「は、花…?あ、いや…ううん」
『花』って言われて、また心がギュッとむず痒くなっちゃった。うう。なんか、言われた事無い事ばっか言ってくる…敢えてそういう事言って、私を掌で転がそうって思ってるの?だとしたらムカつく!
…って普段の私なら思うけど、何だかそんな風に思う気にもならない。自分の至らなさを実感する事って、普段ほぼ全く無いに等しいから、どうしたら良いのか分からない。
「……えっ、と。その…ごめんなさい」
「おやおや、どうして謝るんです?事ある毎にオレの頬を抓った事でも、謝ってくれてるわけですか」
「それは絶対謝んない。アンタが悪いんだもん。…そうじゃ無くて」
言葉を紡ごうとしたけど、何となく言いづらくて下を向いてしまった。
私の中には、いつだって確固たる自信が駆け巡っている。それをプライドが支えていて、強気でいられている。それなのに、こんなに気落ちしてるなんて私らしく無い。
言葉を考えあぐねていると、布が擦れる音がして顔を上げる。視線の先のドレッバーは、まだ青白い顔を更に青白くさせながらも、平然とした様子で上半身を起こしていた。
「もう大丈夫なの?痛くない?」
「ええ、お陰様で。この塗り薬…痛み止めですかね。何処の物かは知りませんが、効き目が異常に早い。コレを開発した人は、凄いですよ」
「…ほんと?ねぇ、凄い?」
ドレッバーが、私が開発した薬を褒めてくれた!その事実に興奮が収まらず、思わず食い気味で尋ねてしまった。
そんな私を見て、彼は変わらず無表情で――でも、心無しか微笑んでいるようにも見える表情で、私の目を見つめてきた。
「ははあ。やっぱり、アンタが作ったんですね。確かに入浴を邪魔したくないのもありましたけど、一応アンタの腕の良さは知ってるんでね。ギリギリになっても大丈夫だろうって思ったんです。お陰で、助かりました。だから、そんなシケたツラせずに、堂々としていてください」
彼は表情を変えず、双眸の青白い瞳で私を捉えながら、静かに私に語り掛けてきた。その声色は冷たいようで、どこか暖かい。
ああ、やっぱり。ドレッバー…貴方って人は… 。
…うふふ。何だか、元気出てきちゃった。
「ドレッバー…貴方、良い事言うじゃない!褒めて遣わす!」
「まぁ、調子狂うだけなんで…」
「ふふん♪そんな貴方には特別に、私が身体を拭いてあげる!」
「はぁ、有難うございます。…は?今、何て…おぁぁああっ!?」
私は高速でパジャマのボタンを外して、勢い良く脱がせた。
うーん…こうしてゆっくり見てみると、日が当たらない胴体はもっと青白くて、まぁ見た目通りの痩せ型。肋も薄ら出てるし、ちゃんとした物も食べられていない感じ。
この1ヶ月くらいは、良い物食べさせてあげなきゃ。
「あ、あの…良いですよ、そんなの。自分でやるんで」
「良いって良いって。流石に下半身は嫌だけど、上半身くらいはやってあげるから」
彼を大人しくさせた後、ふかふかの新品タオルをお湯に浸けて絞り、彼の細い身体を拭っていく。すると、お湯の温かさからか、青白かった彼の肌が仄かに血色を取り戻していった。
こうして見ると、とっても綺麗な身体なんだよなぁ。
「…ククッ」
「ん?どうかした?」
「いや、オレの身体を献身的に拭ってくれているのを見てたら、アンタが天使に見えてきたんですよ。ほら、その美しさと、可愛いネグリジェも相まってね」
「て、天使…!?」
こ、この人、私の事、『天使』って…!?いや、確かに私って可愛いし、白くてふんわりしたネグリジェ着てるから、見た目天使っぽいかも知れないけど!
…そんなこと、言われた事無いや。女豹みたいだの、悪魔みたいだのは言われた事あるけど、そんなの全然嬉しくないし。天使って、本当に思ってくれてるのかな。お世辞じゃ、無いのかな。
ゔ〜…さっきから何なの?ドレッバーって、実は滅茶苦茶キザな男なのかしら?何か、凄く嬉しくなっちゃうのが悔しい…!
「もう!適当に褒めて手篭めにしようたって、そうはいかないんだからね!」
「いや、純粋に褒めてるだけ…痛タタタ!」
別に悪い事したわけじゃないけど、さっきからやり込められるてるのが気に食わなくて両頬を抓った。
何よ…何よ何よ何よ!!この私の心を、何回も何回もむず痒くさせて!この私が!何も言えなくなって!口で勝てないなんて!ありえないんだからっ!!
「い、いや、あの、ほんと、千切れそうなんで、や、やめ…っ」
彼の悲鳴に似た声で我に返り、いつの間にか思い切り引っ張っていたらしい手を放した。彼は青白い肌の、抓って赤くなった部分を涙目で摩っている。
ふんっ。私より上になれるなんて、思わない事ね!
…でも、
「…嬉しい」
「えっ、何ですって?」
「は?」
「い、いえ、何も」
キッと睨み付けたら、ドレッバーはシュンと目を逸らした。
…うう、つい心の声が漏れちゃった。何だかんだ言って、嬉しいのは本当だもん…だって…だって…。
「あの、一つ頼みがあるんですが」
「…ん?何、お腹すいた?」
「ああ、そう言えば何も食べてませんねぇ。…いや、そうじゃなくて。明かり、少し暗くして欲しいんですよ」
「明かり…この部屋の?良いけど、どうして?眠たいの?」
「いや、そうじゃないんですがね…」
そう話す彼の表情をよく見てみると、何だか眩しそうに見えた。そういえば、さっきからずっとこんな感じだった気がしないでも無い。やっぱり瞳の色素薄いから、余計に眩しく感じるのかな?私もそうだから、この家の照明は普通よりトーン暗めにしてるのだけど…。
「そんなに眩しいの?」
「…ええ、そうです。オレの右目の瞳孔、生まれつき開きっぱなしでしてね」
そう言われて、マジマジと彼の右目を覗いた。
あっ、確かに!左目と比べると、かなり開いてる。なるほど、だからあの黒いモノクル着けてるんだ…にしても、綺麗な瞳。青白いとか思ってたけど、ちゃんと見ると青みがかったライトグレーなんだ…へぇ…。
「…あの」
「んー?なぁに?」
「顔、近いんですけど」
「!?ご、ごめん!貴方の瞳、とっても綺麗だったから、つい…」
無意識に顔面を近付けてた事にビックリしちゃって、思わず余計な事言っちゃった…。それなのに、ドレッバーは表情ひとつ変えない。ポカン、と私を見つめるだけ。
…私は、貴方に褒められると動揺しちゃうのに!
「〜〜〜っ!あぁ、もうっ!!」
「んぐっ!?」
ムカムカした感情をぶつけるように、彼の顔面目掛けて濡れタオルを投げつける。突然の事に困惑している彼を他所に、明かりを暗くしてから部屋を後にしようとした。
…あっ、そうだ。
「ねぇ、残りは自分で拭いて待ってて。使ったタオルは、この籠にどうぞ」
「エッ。ああ、はい」
「…寝ないでね!!」
「ハァ…わかりましたよ。大人しく待ってますから」
返事を聞いて、変える前の布団やら何やらを手に取る。
…もう。こんな時間から頑張るんだから、寝たら許さないもん。
私は、半ば呆れ顔で了解してきたドレッバーを一人残して、部屋を後にした。