4

〇〇
 
「痛タタタタ!!痛い!痛過ぎるんですが!?頬、千切れさせる気ですか!?」
「ふんっ!私を驚かせた挙句、笑った罰だもんね!」
「そんな、理不尽な…イタタタタタタッ!!??の、伸びる!皮膚、伸びて千切れますって!」
 
 寝る支度を終えた私は今、ドレッバーの頬をこれでもかと言うほど思い切り引っ張っている。
 さっき、入浴中に驚かしてきた上に、私の事を笑った仕返しだもん。私の方が、この家じゃ強いんだから!
 それにしても、ドレッバーの頬はよく伸びるなぁ。何だか、楽しくなってきちゃった。へへっ。
 
「へへっ…じゃなくて!ほんと、このままじゃ、千切れ…」
 
 痛みに耐えかねたのか、涙ながらに懇願してきた。もう、大の大人がか弱い女の子に負けてどうすんの…まぁ、この私に勝てるわけも無いけどね!ふふん♪
 
「ドレッバー、良い子は悪い事した時、ごめんなさいって言うんだよ?」
「いや、アンタ、あれは不可抗力で……イ゛ダダダダダ!!!す、すみません!ごめんなさい!オレが悪ぅございました!」
 
 ふふっ、まぁお利口に謝る事が出来たから、良しとしてあげようかな。

 頬を強く引っ張っていた手を離すと、彼は逃げるように掛け布団を頭から被って、そのまま無言になってしまった。
 逃げたつもりかもしれないけど、引きずり出しちゃお。まだ夜は長いし、彼が日中寝てた分沢山お話したいもん。ドレッバーだって、まだ寝られそうにないって言ってたし、良いよね!

 でも、揺すっても、バンバン叩いても、返事をしてくれない。ただ、部屋を静寂が満たすばかりで。
 うう、こんなのつまんない!もっともっと、構ってくんないとやだ!まだ眠れないって、言ってたのに!
 
「ねーぇードレッバー!お話しようよー!」
「…………」
 
 どれだけ私が声を掛けても、布団がモゾモゾと動くだけで、依然として返事は無い。我慢出来ずに引き剥がそうとしたら、強い力で抵抗されて、全然引き剥がせないし。
 うー!こんな力、あんな細腕のどこから出てくるの?全く、歯が立たないんだけど!
 確かに、私だってやり過ぎちゃったのかも知れないけど、こんな意地悪しなくても良いのに。
 
「…うう、ぐすっ」
 
 やだ、なんか涙出てきちゃった。悲しい?悔しい?ムカつく?寂しい?よく分からないけど、なんだか苦しくて涙が止まらない。
 これまで、人前で泣いた事なんて滅多に無かったのに。そもそも、泣く事自体がもう何年ぶりなんだろ。苦しくて、止まりそうも無い。
 
「うぅ…やだ…もっと、貴方とお話したいの…せっかく貴方がいるのに、独りぼっち、つまんない…ねぇ、お話しよ…お話、して…構ってよぉ…ぐすん…うう、うわぁぁあん!」
 
 遂に私は、溢れる負の感情に耐えきれなくなって、声を上げてわんわん泣いた。独りなんて慣れっこで、寧ろ独りの方が落ち着く。なんて普段は思ってるのに、「独りが嫌だ」なんて、どうしてこんな感情を抱くんだろう?正確には、同じ部屋にいるんだから「独り」じゃない。それなのに、どうしてなんだろう?

 自分でもどうにも出来なくて、ただひたすら泣いていると、ポンポンと頭を撫でられた。ゆっくり目を開けると、いつの間にか布団から出て、上体を起こしたドレッバーがいた。相変わらず無表情だけど…瞳の色が暖かい。そんな気がした。
 
「アンタ、意外と泣き虫なんですね」
「ううっ、ち、違うもん!ぐすっ…ドレッバーの、せいなんだもん!ぐすんっ…私のこと、無視するから!」
「ハハッ、まるで子供ですねぇ…いや、まだ子供だったりします?」
「うるさい!ばか!きらい!あっちいけ!ジジイ!」
 
 私が大人気ない罵倒をしながら、思い切りポコポコと叩いても、彼はアハハと笑うだけで、ちっともダメージを受けた様子が無い。泣き怒りしてる私と違って、何だか楽しそう。

 何よ!ちょっと私が取り乱したからって、良い気になっちゃって!うう…ううううーっ!
 
「…すみませんね。ちょっと、仕返ししてやろうって思ったんですよ。やられっぱなしって、カッコ悪いでしょ?」
「…でも、大人気なくてやだ」
「ククッ、それもそうですね。ごめんなさい。アンタが、可愛くてね」
「うぅー…っ!!そう言えば良いって、思ってるんでしょ!」
「オレ、媚びを売るなんてつまらない事、しませんよ」
 
 飄々としながらもそう答えるドレッバーは、真面目そのものだった。彼は、私に対して「怖い」とも、「機嫌を取らなきゃ」とも思ってない。変な遠慮だって、してない。私が『マキシア・ティアード』だからって、無駄に特別視してない。他の人は皆、私に気に入られようと媚びを売ったり、誇大に持ち上げたりペコペコしてくるのに。

 目の前の彼は、ただ私を『一人の人間、一人の女の子』として見てくれている。そんな気がした。
 
「…今晩、ずっと私とお話して」
「えぇ…?アンタ、寝ないつもりですか?」
「寝るもん。でも、私が寝るまでずっと、お話するの」
「そりゃ良いですけど…アンタ、どこに寝るって言うんで…す…?」
 
 彼が言い終わらないうちに立ち上がり、ベッドのスイッチを押して、ベッド下からもう一人分のスペースがある、小さなベッドを出現させる。そして箪笥から敷布団と掛け布団、枕を取り出してベッドに敷き、そのままベッドに入って彼を見つめる。
 目を丸くしてポカンと私を見つめる彼の表情は、堪らなく滑稽で…見ていてとても気分が良い。
 
「ふふっ…これで、私の寝るスペースできたよ。ね、沢山お話しよ!」
「いや、アンタ…このベッド、本当にどうなってんですか?それに、そこに寝るって…いくら何でも、警戒心無さ過ぎでは」
「ふふっ♪じゃあまず、このベッドのお話するね!あのね、私がこのベッドを作ろうと思ったのはね…」
「………」
 
 なんかよく分からないけど、ワタワタしている彼を他所に、私は話し始めた。すると彼は一つため息をついて、ウンウンと話を聞き始めてくれた。
 ああ、楽しい夜になりそう!
 私たちは、そのまま話し続けて、夜を過ごしていった。
 
〇〇〇
 
 ──チチチ…
 小鳥の囀りで、私の意識が徐々に眠りから引き戻される。
 どうやら、彼と話しながら寝ちゃったみたい。寝る前の私の最後の記憶は、うつらうつらしてる私に話しかけてる彼の姿…ふふっ。ほんとに、私が寝るまでお話してくれたんだ。優しいなぁ。

 ぼーっと思い返していると、頭に何か撫でられている感触で目を開ける。すると、先に起きていたらしいドレッバーと目が合った。彼のブルーグレーの瞳は、朝日に照らされてキラキラと光っている。
 
「……きれい…」
 
 彼の左目――その瞳があまりにも宝石みたいに綺麗で、言葉が勝手に口から零れ落ちた。
 私の言葉に一瞬目を丸くした彼は、慌てて手を引っ込めた。どうやら、彼が私の頭を撫でてくれてたみたい。そう言えば、寝る直前も撫でてくれてたっけ…。

 髪に隠れた右目も、きっと同じように綺麗なんだろうな。眩しくさせちゃうから、見ないけど。
 
「…おはようございます。アンタ、一度寝ると全然目が覚めないんですねぇ」
「ふぁ〜ぁ…おはよ、ドレッバー。私、熟睡できるタイプだから。貴方も、よく眠れた?」
「ええ、お陰様で」
 
 心無しか、そう言う彼の顔色は、三日前よりも良くなってる気がする。目の下のクマは、依然として濃いけど。

 …やっぱり、見たいなぁ。

 どうしても気になって、私は身を乗り出し、片手で影を作ってあげながら、指先で髪をかきあげた。やっぱり、隠れていた彼の瞳も、とても綺麗だった。
 
「…あの」
「んー?」
「顔、近いんですけど」
「えっ?…わわっ!」
「いででででっ!な、なんで頬引っ張るんです!?」
 
 彼の声に何とか平常心を取り戻し、彼を解放した。
 うう、顔を至近距離まで近付けていた事にビックリして、つい反射的に頬引っ張っちゃった…。普段他人と関わらないせいで、距離感わかんなくなっちゃうなぁ。
 
「はぁ…全く。三日目にして、アンタといると気が抜けないって事がわかりましたよ」
「う!何よそれ!」
「ククッ。そのままの意味ですよ」
「ううううーっ!この…っ」
 
 ──ぐぅ〜…
 また頬を抓ってやろうとした瞬間、私のお腹が鳴った。…うう、お腹すいた。
 空腹を実感した途端、身体の力が抜けて、ドレッバーの方に倒れ込んむ。彼は突然の事に驚きながらも、しっかり私を受け止めてくれた。
 
「どうしたんです?大丈夫ですか?」
「うう…お腹ペコペコになると、どうもダメで…身体も脳ミソも電池切れちゃって、何も出来なくなっちゃうの…」
 
 身体に力が入らず、ぐったりしたまま答えると、彼はゆっくり私を寝かせた。そして、自分は車椅子に乗り、どこかに行こうとした。

 …やだ、行かないで。
 
「ひとりにしないで…」
 
 なんとか声を絞り出すと、こちらに戻ってきて私の横まで来てくれた。うう、やだな。弱い部分なんて、誰にも見せたくないのに。たった三日で、こんなに弱くなるものなのかな。他人と過ごしたって、だけなのに。
 
「朝食、作ったんですよ」
「…えっ?」
「勝手にキッチン使って申し訳ありませんが、早く起きちまったもんでね…持ってくるんで、良い子にして待っててください」
「あ…うん、ありがと」
 
 そう言うと、彼はカラカラと車椅子を動かして、部屋を出ていった。
 …ご飯、作ってくれてたんだ。この家で、自分が作ったもの以外食べた事無いし、そもそも他人に自分のテリトリーに入られるのが嫌だから、そういったプライベートゾーン、親友にすら入れさせた事無い。でも、ドレッバーが入ったんだってわかっても、不快な思いをしなかったな。
 
 ああ…楽しみだなぁ、彼が作ったご飯。


prev title next
トップページへ