うふふっ♪ドレッバーとピアノ弾けて、楽しかったなぁ。
彼が芸術には興味無いんだろうなぁっていうのは、何となくわかってた。だから、まさか気になったって言ってくれるなんて思ってもみなかったし、聴いて欲しいって思ってたわけでも無かった。楽器の練習をするのは、あくまでも日課だし。私にはあるのが当たり前の事でも、彼にとっては不要な事もある。生きてきた環境も、価値観も違うもんね。そこまで押し付ける気は、さらさら無い。
あぁ、でも。聴こえてくる音に彼が癒されてくれたなら、嬉しいなぁとは思ってた…かな。
だから、久しぶりに気合い入れて演奏しちゃったし、褒めてくれたのが嬉しくて、一緒にピアノ弾こうって言っちゃった!
いつもは、自分の楽器を他の人に触らせたいなんて思わない。大切な物だから、信頼してる人でも滅多に触らせないの。
でも、どうしてかな?彼には色々な事を体験して欲しいって思うし、その為なら楽器だって触らせてあげたいって思うの。楽器だけじゃない。キッチンや工房にある物、何だって。彼がここに来てまだ数日なのに、こう思えるのがとっても不思議。機材に至っては、来て次の日には使ってねって言っちゃったもんなあ。
…後ろめたいから?彼が科学の世界から追い出されたのに、自分はこうして沢山研究出来ることに。それとも、同情?ずっと日の目を見ずに過ごさざるを得なかった、彼が可哀想だって思ってるから?
いや、違う。後ろめたいからそうしたいわけでも、同情してるわけでも無い。大体同情なんて、するのもされるのも大嫌いだし。後ろめたいのは…この事には関係無い。じゃあ、一体どうしてなのかな?
ああ、本当に不思議。世の中には、まだ私が知らない事が沢山あるんだなぁ。
「はぁ。集中力、途切れちゃった」
次のかわい子ちゃんを作ろうと思って、お昼ご飯食べてからずっと製図の続きしてたんだけど、彼の事が頭に浮かんだ途端、そっちばかりに意識が向いちゃって捗らない。
どうしよっかな。一旦、休憩しちゃおっかな。でも、普通に休憩するんじゃつまんないなぁ。
…ドレッバー、今は何してるのかな?なんだか、気になっちゃうな。
よし、今回の休憩はドレッバーに構ってもらおっと!まぁ、最近はずっと構ってもらってるんだけどね。いつも面倒くさそうな顔するけど、今日はヴァイオリン弾いてあげたんだし良いよね。ふふっ。
そうと決まったら、ドレッバーを探さなくちゃ。と言っても、ここの隅っこのスペースに居ないなら、大体お部屋か書斎にいるはずだけど。今は多分、書斎かな?
そう決まったところで作業の手を止め、書斎に向かってみる。書斎にいると思ったのは、約束してた置き時計の設計図を書いてると思ったから。
確信にも近い予想を抱いて、書斎のドアをノックしてみると、気だるそうな声が聞こえてくる。
ほら!やっぱりここに居た!
「ドレッバー、入っても良い?」
「あー…はい」
少しの沈黙の後、「どうぞ」って声を掛けられる。部屋に入ると、面倒くさそうな顔でこっちを見る彼の姿があった。
机を覗き込むと、裏返された大きな紙と筆記用具がある。きっと、設計図を書いてたんだ。これも、予想通り!
私、名探偵になれるかも!なんてねっ。
「で、何の用です?」
「んー、集中力切れちゃったから、構って欲しいなぁって」
「はぁ…自分で自分の事を構えば良いんじゃないですかね」
「む!」
彼の心無い言葉にムカムカして、頬を思い切り引っ張ってやる。でも、痛いと喚いてすぐ謝ったのを見て、すぐに離してあげた。
全く。こうなるのわかってるはずなのに、どうして意地悪な事言うんだろ?もしかして、私に頬を引っ張られたいとか?やっぱり、そういう趣味があるのかな?
色々考えちゃうけど、やめとこ。性癖なんて人それぞれだし、迷惑かけなきゃ自由だもんね、うん。
「アンタ、何か的外れな事考えてません?」
「んーん。貴方って、意地悪されたいタイプなのかなって考えてた。だって、わざわざ頬抓らせたり、引っ張らせるんだもん」
「何言ってんですか。そんなわけ無いでしょ…マゾじゃあるまいし。はぁ」
彼は深くため息をついて、その辺にあった本を読み始める。この様子だと、そういうわけでは無いみたい。じゃあ、素で私を怒らせちゃうんだ。とっても頭が良い癖に、そういうところ鈍いんだから…もう。
仕方ないので、私もつられて本を読もうとした。でも、ここにある本は何度も読み終えちゃってるし、これじゃいつもと変わり映えしない。読書は大好きだけど、折角なら彼とお喋りしたり、遊んだりしたいよ。
ふと、戸棚にあるトランプが目に入る。以前、何となく買って置いた物がそのままになってたのを忘れてた。2人だけでやるトランプも、悪くないかも。神経衰弱とか出来るもんね。
…あっ、そうだ!トランプと言えば、手品で使うよね。そして、手品と言えば…
「ねぇねぇ」
「……」
「ねぇってば!」
「あ?…はい、何でしょうか」
私の呼び掛けに、彼はワンテンポ遅れて反応した。その顔には、「早く読書を再開したい」ってわかりやすく書いてある。
でも、そんなの関係無いもん!私は戸棚からトランプを出して、彼の前につきつけた。
「ドレッバーって、手品師なんでしょ?」
「ええ、まぁ」
「じゃあさ、折角だから手品やって!私ね、手品って見た事無いんだ。だから、貴方がやってるところ見たいの。お代だって出すから。ね、やってよぉ」
猫撫で声を出して、彼にお強請りしてみる。きっと面倒くさがると思うけど、たとえ断ったとしても、強制的にやらせちゃうけどね。
そんな事を考えていると、彼は一つため息をついて、私の手からトランプを受け取った。予想に反して、結構素直にやってくれそう。
やってもらうにしても、普段はお仕事として手品をやってるんだもんね。プロの技を見るんだから、ちゃんとお礼しなくちゃ。
「…お代は、結構です」
「んぇ?」
「ちゃんとした道具も無いんじゃ、簡単な物しか出来ませんし…さっき、聴かせてくれたでしょ?それでチャラです」
彼はそう言って、その辺にある作業台を引っ張り出してきた。最初はポカンとしちゃったけど、淡々とカードをシャッフルする姿を見ているうちに、嬉しくて堪らなくなってきた。
だって、私の演奏に、それ程の価値を見出してくれたって事なんだもん!
「えへへ。ありがとう、ドレッバー!」
「はいはい…じゃあ、この中から1枚選んでください」
彼に言われて視線を落とすと、机の上にカードが広げられていた。美しくズレも無い程均等に並べられているのが、何だか彼らしい。
この中から1枚かぁ。一体、どの子にしよっかな?選べられず吟味してたら、「早くしてください」って急かされちゃったから、何となく目に止まった子にした。
「じゃあ、絵柄を確認してください。オレには見えないように」
言われた通りに確認してみると、スペードのエースだった。スペードって格好良いから、私にとって1番好きな絵柄!引けて嬉しいなぁ♪
「じゃあ、適当な所に入れてください」
「えっ、入れちゃうの?」
「はい、絵柄が見えないように」
折角引いたのにな…って思いながら、他のカードに紛れるように適当に入れる。すると、彼は広げられたカード達をぐちゃぐちゃに混ぜてから集めて、再び慣れた手つきでシャッフルし始めた。
その指先に、視線に、目が離せなくなる。滑らかで、ひんやりしてて、艶やかにも見えて。どうして、こんなに心臓が脈打つんだろう?
…今日は、不思議な事ばかりだなぁ。
そんな事を考えてたら、彼はシャッフルを止め、一番上のカードを指先でトントンした後、テーブルに束を置いてこちらを見てきた。
「…アンタが引いたのは、このカードですか?」
彼が一番上のカードを手に取り、私に絵柄を見せてきた瞬間。驚きのあまり、息を飲んだ。
だって、彼が見せてきたのは"スペードのエース"のカードだったから。
「そう、そうなの!スペードのエース引いたの!えっ、なんで?どうしてわかったの!?ほんと適当に入れちゃったし、貴方だってぐちゃぐちゃに混ぜてたのに!」
「まぁ、これが手品なんで」
私の反応が面白いのか、ドレッバーはクツクツ笑ってる。彼の笑顔を見る事が出来て嬉しいけど、今はカードの謎を解き明かすことで頭がいっぱいだった。
でも、どれだけ考えてもわからない。最後、一番上トントンした時に移動したの?いや、そんなの現実的じゃない。うう、わけわかんないよぉ。
今日は、不思議な事が沢山溢れてくる。天才の私にもわからない事は、この世に沢山あるって事を知る日なのかもしれない。
「楽しんで頂けましたか?」
「うん!とっても楽しい!ねぇねぇ、もっと見たい!他にも見せて!」
一度だけ見るつもりが、もっと見たくなっちゃって続きをせがんだ。きっと、彼は他にも色々な事ができるんだ。それなら、他の手品だって見てみたいもん!
「他…他、ねぇ」
キョロキョロ辺りを見回したかと思えば、棚に置いてあった小さなコインを見つけて、私に見せてきた。
確か、何かの記念に貰ったコインだったような気がするけど、これがどうしたんだろう?そう思った次の瞬間、彼の手からコインが消えちゃった!
「わ、わ、わ!コイン、どこ行っちゃったの!?」
別に思入れがあるコインじゃないけど、目の前で消えたらびっくりしちゃうというもの。一生懸命コインの在処を探してると、彼はまた可笑しそうにクツクツと笑って、私の白衣のポケットを指し示してきた。
ポケット…まさか?疑いながらもポケットに手を入れてみると、さっきまでドレッバーの手の中にいたはずのコインがそこにあった。
「えっ!!!??なんで!?さっきまで、貴方の手の中にあったのに!」
「クックックッ…やっぱりアンタ、面白い人ですねぇ。実に、良い反応をする…」
「ねぇねぇねぇ!他にもやって!まだあるんでしょ!?」
「は…あー…」
少し考えた後、今度はその辺にあったグラスを手にして、私をジッと見つめてくる。
何だろ?私、何かついてる?
「…コイン、ください」
「あ、はい。どうぞ」
なんだ、さっき使ったコインが欲しかったのね。ふふっ。
大人しく渡してあげると、そのコインでグラスの底を軽く叩き始めた。きっと、種も仕掛けもありませんって事ね!でも、こっからどうなるんだろ?
すると、コインとグラスを持つ手を入れ替えて、今度はグラスでコインを叩き始める。コインに仕掛けが無いのは、さっきのマジックでわかってるんだけどな…と思って見ていたら、コインがグラスを貫通した!
「!?」
カランカラン──グラスの中で、コインが窮屈そうに踊ってる。思わぬ出来事に呆然としている私に、彼はニタッと笑ってこう言った。
「…お楽しみ頂けましたか?」
スッとグラスを手渡されて、私は急いで確認した。
グラスは割れてないし、コインだっておかしくない。どうやったって、貫通するなんてありえない!
「すごい、すごい!どうして!?」
「まぁ、これは手品ですから。コイツは覚えれば、アンタにだって出来ます」
ドレッバーはそう言うけど、出来る気がしない。だって、どういう仕組みでこうなったのか、全然わかんないんだもん!
彼って、科学の事だけじゃなくて、こんなに凄い事も出来ちゃうんだ。これって、まるで…
「魔法みたい…!貴方って、素敵な魔法使いね!」
考えるより先に、言葉に出ていた。だって、そうでしょう?見てないはずのカードを当てたり、コインを移動させたり、貫通させるなんて、魔法以外の何物でも無いもの!
美しい理論を構築出来るだけじゃなくて、魔法まで使えちゃう。貴方って、どこまでも私の予想を上回るのね…!
「バカな事を…さっきも言ったでしょ?魔法じゃなくて、手品です。覚えれば、アンタにだって出来るって」
「えー!でも私、全然わかんないもん!凄いよ!」
「…オレは、ただの詐欺師です。これだって、要はまやかしを見せているだけに過ぎませんから」
「まぁ、楽しんで頂けたなら良かったです」って、淡々と──でも、少し自嘲しているようにも聞こえる声で呟いて、使った小物達を返してくれた。
…貴方はそう言うけど、現に心から楽しんだ人間がここに居るんだから、それで良いのになぁ。ドレッバーって、何だか人間らしい感情を抱く事を、怖がってるように見える時がある。きっと、誰よりも自分を認めて欲しいって思ってるはずなのに。
それって、あの事件が原因なのかな。
だとしたら、とっても哀しいよ。
「ドレッバー、ありがとう。本当に楽しかったよ。また、私に魔法を見せてくれる?」
憂いを帯びた双眸を覗き込んで、彼に尋ねる。彼はもう"魔法"を否定する事も無く、
「…構いませんよ」
静かな声で、淡々と答えてくれた。