「近藤さん、撤退命令を出してくれ。戦力が違いすぎる、勝てっこねえ!」
彼の訴えに、近藤さんは椅子に腰をかけたまま眉を寄せた。
そして険しい表情で左之さんを見つめ、口を開く。
「馬鹿者!敵を目前にして怖気づいたか?貴様それでも男か!」
厳しい近藤さんの言葉に、左之さんも私も驚きのあまり言葉を失う。
近藤さんは、分かっていないのだ。
どれほどの隊士の命が無惨に奪われているか、どれほど私たちと新政府軍の戦力に差があるのか。
何か言わなければと口を開こうとしたとき、斎藤さんが本陣へと戻ってきた。
その表情には焦りが浮かんでいる。
「局長!南から敵が押し寄せてきます!」
「なに!?」
斎藤さんの知らせに、近藤さんは立ち上がった。
その間に、新八さんも本陣へと戻ってくる。
「北からも来てるぜ。このままじゃ挟み撃ちにされて、全滅だ!」
全滅という言葉に、血の気が引く感覚を覚える。
早く、早く撤退しなければ。
斎藤さんと新八さんの報告を聞いた左之さんが、近藤さんに向き直る。
「近藤さん、撤退は負けじゃねえ。ここはひとまず退くべきだ」
「武士ならば、命ではなく名をこそ惜しめ!本陣隊!ついて来い!」
左之さんの説得も空しく、近藤さんはそう言い放つと刀を抜き、本陣に残っていた隊士たちを連れて駆け出した。
「近藤さん!」
慌てて後を追うけれど、近藤さんは本陣を出て戦場へと足を踏み入れる。
私が追いつく前に、近藤さんたちのすぐ知覚に大砲の弾が落ちて、粉塵が舞い上がった。
響く振動に足をとられないようにしながら、縋る思いで土煙の中へと飛び込む。
近藤さんの姿を見つけたとき、その人は地面に座り込んで、目の前で倒れている隊士を呆然と見つめていた。
その隊士の傷を見て、一目でもう生きてはいないことを悟る。
「近藤さん、退きましょう」
近藤さんをじっと見つめて、私は静かに告げた。
いつも大きく見えていた近藤さんの背中が、なんだかとても小さく見える気がした。
「これが、私たちと新政府軍の差なんです。このまま戦い続けても、また隊士を失ってしまうだけです」
「近藤さん」
近藤さんを追いかけてきていた左之さんが、座ったままの近藤さんに手を差し出す。
「気合で戦ができる時代は、もう終わっちまったんだよ」
その手を掴んで、近藤さんはゆっくりと立ち上がった。
左之さんの後ろには、同じく追いかけてきた新八さんや斎藤さん、千鶴ちゃんの姿もある。
「頼む、もう部下を無駄死にさせねえでくれよ」
新八さんの懇願するような言葉に、近藤さんは悔しげに俯いて目を閉じた。
「…撤退だ」
「恩に着るぜ、近藤さん。前の隊士たちを退かせてくる」
そう言って、新八さんは再び戦場へと走って行った。
原田さんも同じように隊士たちに撤退を告げるため、その後を追う。
「千鶴ちゃん、私も怪我人がいないか見てくるから…近藤さんをお願い」
「え、なまえちゃん…!」
引き止めようとする千鶴ちゃんに構わず、私も踵を返して戦場を駆けて行く。
後ろの方で私を呼ぶ声が聞こえたけれど、振り返らなかった。
私が駆けつけることで助けられる命があるなら、助けたい。
ただでさえ戦況が悪化している中で、それでも自らの命を賭して戦ってくれた人たちがまだ生きているのなら、尚更だ。
舞い上がる土埃の中、私は懸命に突き進んで行った。
「みょうじさ……おれ……」
伸ばされた手をしっかりと掴んで、苦しそうに息をする隊士の顔を覗き込む。
「喋らないでください。話ならあとでいくらでも聞きますから!」
「役に、た……」
それを最後に、私が掴む手からがくんと力が抜けた。
目の前の彼の瞳は、もう何も映さない。
戦場でまだ息のあった彼を見つけて、森の中まで連れて来たまでは良かった。
けれど、彼が負っていた傷は思っていた以上に深く、出血が多いせいで助からなかった。
戦場を駆け廻ったけれど、倒れていた隊士の中で、かろうじて息があったのは彼一人だけ。
きっと、生きている隊士は既に撤退の命を受けて退いていたのだろう。
結局、私は助けられなかった。
あのときと、同じ。
また、遅かったのだ。
「ごめん、なさい……」
私は何故、ここにいるのだろう。
何の為に、ここまで来たのだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい…!」
何か役に立てるならと、ここまで来た。
愛した人に託されたものを守るために、戦い続けることを誓った。
それなのに、私はまだ何もできていない。
涙を必死に堪えながら悔しさに唇を噛みしめ、地に置いていた手を握りしめる。
指と爪の間に土が入るのも構わずに、指先で地を抉った。
助けたいと願うのに、それに繋がることを何一つできていない。
私は、無力でしかないのだ。
「新選組は、女ですら戦に駆り出すのか?随分と人手不足のようだな」
不意に背後からかかった声に、ゆっくりと振り返る。
「…風間……」
一体いつの間にそこにいたのだろう、と疑問には思っても、口に出すことはなかった。
風間は私を見下ろし、そして私の前の遺体を見やって口を開く。
「命を落とした者に縋っても、その者が戻ってくるわけでもあるまい」
「あなたには、関係ないでしょう」
ゆらりと立ち上がって、じっとこちらを見据える紅の瞳を睨んだ。
分かっている。
死んでしまった人間にいくら縋ったって、その人は戻ってこない。
そんなことは、痛いほどよく分かっている。
「それに、私は自ら望んでこの場にいるんです。女だろうが男だろうが、関係ない。私自身が、ここで新選組と共に戦うことを決めたんです」
拳を握りしめながら言い放つと、風間は眉を寄せて険しい表情を浮かべた。
「お前は本来、人間共の争いに巻き込まれることなく生きるべき者。我らと共に在るべき者だ」
「前にも言ったはずです。私は、新選組の人間。鬼だとか雲居だとか、私にとってはどうでもいい。私の居場所は、新選組だけ」
それに、私は途中で投げ出すわけにはいかない。
あの人の代わりに、あの人が守ろうとした新選組を行く末を見届けなくてはいけないから。
「何故、そこまで新選組に肩入れをする?わざわざ戦に身を投じ、命を懸ける程の価値があるとは到底思えぬ」
「あなたには、分からないでしょう。人間を弱い存在としてしか捉えないあなたには、きっと分からない」
徐々に落ち着きを取り戻しながら、私は言葉を紡ぐ。
「あなたのような鬼に比べれば、人間は脆くて弱くて、そして愚かなのかもしれない。だけどその中でも、志を掲げて誠を抱き、戦う人たちがいるんです。自分の信じたもの、守りたいもののために、戦い続ける人たちが」
そんな彼らを、私は心から愛おしいと思う。
どんなに弱いと言われようが、どんなに愚かだと言われようが、己の誠を貫く姿は美しい。
だから、共に戦おうと決めたのだ。
「それに、私に新選組の行く末を託した人もいます……だから、私は何があっても、新選組を離れるわけにはいかないんです」
そう告げると、風間は目を細めて私を見つめた。
そして少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。
「恨んでいるか、俺を」
なぜそんなことを尋ねるのかなんて、すぐに分かった。
きっとこの人は、私と山崎さんの関係を知っているのだろう。
ひたすらに隠されていた私の素性を調べ上げた人だ、そのくらい造作もないはず。
「…幼い頃、私を育ててくれた両親に言われました。何があっても、他人を恨むようなことはしてはいけない、と。どんなに怒りを感じることがあったとしても、それを憎しみに変えてはいけないと、何度も言い聞かされて育てられました」
あの頃の私は、ただ言われたことを鵜呑みにして元気よく頷くばかりだった。
今なら、なんとなく分かる気がする。
恨みや憎しみを抱いても、何も変わらない。
風間を恨んだとしても、あの人が戻ってくるはずないのだから。
「山崎さんを斬ったのは、たしかにあなたです。だけど、あなたを恨んだところで、何かが変わるわけでもない。だから、私は恨むようなことはしません」
これは、紛れもなく私の本心だ。
この男の刃によって、山崎さんの命が奪われたのは事実。
それでも、不思議と恨む気持ちにはなれなかった。
私の答えに、風間の表情がほんの少しだけ和らいだ気がした。
でもそれはたったの一瞬で、彼は何かに気付いたように眉を寄せて私から視線を外す。
それに少し遅れて、私も気味の悪い気配を感じてあたりを見渡した。
「お前も、気が付いたか」
そう言いながら、風間は私の背後、ある一点をじっと凝視している。
その視線の先を追うと、木々の向こう側にふたつの影が見えた。
まだ距離があるせいか、その姿はよく見えない。
けれど、その存在を目にした途端に、言いようのない悪寒が身体中を駆け巡った。
「あれは……?」
「羅刹、だな」
風間が、私を庇うように前に出ながらそう告げる。
私はその言葉に驚きを隠せず、目を見開いた。
羅刹は、新選組にしかいないはずだ。
それに、今回の戦では羅刹隊は待機を命じられている。
「どうして、こんな昼間に羅刹が?」
「その様子では、お前たちの仲間ではなさそうだな」
影が近付いてくるにつれて、その姿がはっきりと見えてきた。
鈍い光を放つ鮮血の色を宿した瞳が、こちらをじっと見つめている。
それを目にした瞬間、左肩の古傷が痛んで思わず右手で押さえる。
彼らがその身に纏っているのは、新政府軍の軍服。
その手には銃が握られているが、こちらに構える様子はない。
「差し詰め、綱道の仕業だろう…忌々しい」
そう言って、風間は舌打ちをして抜刀した。
二人の羅刹は私たちから少し離れた場所で立ち止まる。
その双眸は、風間を通り越して私に注がれていた。
「お前が、みょうじなまえか」
一人が、淡々と尋ねる。
私が口を開くより早く、風間が言葉を紡いだ。
「この女に何の用がある。綱道の命か?」
「新選組のみょうじなまえという女は、生かして連れて来いとの命が下されている」
まだ昼間だと言うのに、その羅刹は全く弱った様子を見せない。
それが、ひどく恐ろしく感じた。
「下らん。お前たちは俺が成敗してくれる」
そう言うが早いか、風間は素早く羅刹たちに斬りかかった。
相手が銃を構える前に、彼は二人の心臓を貫く。
その腕前は、さすが鬼の統領と呼ばれる者だった。
「やはり、所詮は紛い物だな。この程度でしかない」
風間はそう吐き捨てながら、血糊を払って刀を納める。
「どうして、綱道さんが私を……」
綱道さんが新選組にいた頃、もちろん私と面識があった。
けれど、私の出生については何も聞いた覚えがない。
ひた隠しにされた私の素性を知らなかったのならば、それは納得がいく。
しかし、どうして今更私を探しているのだろうか。
「奴は南雲薫と共に、羅刹によって雪村家再興を目論んでいるようだ」
「南雲、薫……」
その名前はしっかりと覚えている。
沖田さんが変若水を飲む原因を作った張本人。
忘れもしない、千鶴ちゃんと瓜二つの顔をしたあの人。
「差し詰め、雲居の血を使い羅刹を増強するつもりだろう。奴らは、鬼の一族を外れた。このまま野放しにしておくわけにはいかぬ」
そこまで言うと、風間は私に向き直った。
「これから、南雲薫のところへ行く。おそらくそこに雪村千鶴もいるだろう。共に来い」
「まさか、南雲は千鶴ちゃんに危害を加えようとしているんですか?」
すたすたと歩き出した風間に着いて行きながら、疑問をぶつける。
南雲は、千鶴ちゃんに対して歪んだ感情を抱いている。
一度しか会ったことはなくとも、あの様子は異常だ。
それに、千鶴ちゃんは自分が彼の妹ということを知らない。
沖田さんと私は知っているけれど、彼女を混乱させないために伏せていたのだ。
でも、こんなことになるなら話しておけば良かったのかもしれない。
彼らの過去に何があったのかは知らないけれど、南雲は危険だ。
「さあな。どちらにせよ、奴は斬らねばならん」
淡々と告げた風間の言葉には、冷たさが滲んでいた。
風間の向かうままについて行くと、道の先で誰かが刀を交える音が聞こえてくる。
「南雲と……沖田、さん…?」
視界に入った姿に驚きを隠せず、気付けば風間に止められるのも聞かずに駆け出していた。
南雲と対峙しているのは、どう見ても沖田さんだ。
羅刹化しているのか、その髪は陽の光を反射して白銀の光を放っている。
その後ろには、千鶴ちゃんと近藤さんの姿が。
たしか、あの二人は斎藤さんと一緒にいたはずなのに、彼の姿は近くにない。
まさか、どこかで羅刹と戦っているのだろうか。
私が駆け出した直後、沖田さんが膝をついた。
その髪がみるみる茶に変わる様子に、息を飲む。
「弱者は、こうやって切り捨てられるしかないんだよ」
そう言って、南雲は刀を振り上げる。
間に合え、と願いながら、小太刀を抜いて二人の間に割り込んだ。
南雲の刀を防ぐように、刃を横にして構えを取る。
「なっ……」
突然現れた私の姿に、案の定、南雲は目を見開いて動きを止めた。
その隙をついて、風間の刀が彼を背後から貫く。
目の前の南雲の顔が、痛みに歪む。
彼は震えながら背後を見やり、口を開いた。
「風間、千景…?」
「鬼の誇りを忘れ、雪村の名を穢す真似は許さん」
風間の刀が引き抜かれ、南雲の身体が傾いで地に倒れる。
それでもまだ息があるのか、彼は震える身体で顔をあげた。
視線を巡らせ、遠い日に別れた妹を見上げる。
「千鶴…千鶴……千鶴、どうして……」
譫言のように呟きながら、彼は泣いていた。
震える身体を引きずって地を這い、千鶴ちゃんの方へ向かう。
「どうして、どうしてお前だけ…」
「薫…」
瞳に涙を浮かべる千鶴ちゃんは、南雲が伸ばした手を受け止めるように腕を伸ばした。
しかし、その手が届く前に南雲は事切れ、その手は交わることのないまま再び離れる。
あまりに、呆気ない死だった。
風間に視線を移すと、表情を変えないまま刀を鞘に収めている。
「聞かされただろうが、綱道が薩摩藩を離れ、鬼の一族として道を外れた。奴も斬らねばならん」
千鶴ちゃんに向けてそう告げると、風間は踵を返す。
その背中に、私は慌てて口を開いた。
「あ、あの…!」
彼は、無言のまま振り向く。
「…助けて下さって、ありがとうございました」
「託されたのなら、それに見合うよう生きてみろ」
それだけ言って、風間は再び踵を返した。
去っていくその人の背中を千鶴ちゃんが追いかけていく。
きっと、綱道さんのことについてだろう。
風間に助けられたとき、内心このまま鬼の一族の元へ連れて行かれるのではないかと心配していたけれど、そうではないようだ。
私の意志を尊重してくれたことに、少しだけ安堵した。
「なまえちゃん…」
不意に背後からかけられた声に、振り返る。
案の定、沖田さんの顔色は良くない。
「風間に、何もされてない?」
「彼は、私を助けてくれただけです。それより……」
「そう…無事で良かった」
どうしてこんなところに、と尋ねる前に、沖田さんはそう言って笑みを浮かべた。
その笑顔に、私は口にしようとしていた言葉を飲み込む。
沖田さんも、きっとこうして戦いたかったはずだ。
だけど、体調のせいで残るしかなかった。
もし私だったらと考えると、同じようにしていたかもしれない。
「沖田さんは、もう少し自分の心配をして下さい。きちんと治してからって言ったでしょう?」
「僕が素直に聞くって、本気で思った?」
「聞いてくれるように願ってはいましたよ」
青白い顔で笑みを浮かべているその人に、思わずため息をついた。
不意に巡らせた視線が、南雲の遺体を捉える。
死に際のこの人は、ただ純粋に千鶴ちゃんを求めていたようにも見えた。
南雲と千鶴ちゃんがどのようにして離れ離れになってしまったのか、私には分からない。
詮索するつもりはないし、私のような部外者が口を出していいことではないだろう。
でももし離れることがなければ、こうして南雲が死ぬことはなかったのかもしれない。
そう思うと、空しさを覚えずにはいられなかった。
それから私たちは江戸へと落ち延び、旗本屋敷に身を寄せることとなった。
鳥羽伏見に加えての甲府での敗戦に、隊内の空気はさらに悪化している。
だから、あちこちに奔走していた近藤さんがようやく戻ってきたときに、新八さんが話があると言い出したことにも驚かなかった。
「平ちゃん」
夕暮れに染まる縁側でお酒を煽る姿を見つけて、苦笑を浮かべながら声をかける。
「なんだよ、なまえ」
「もう行っちゃうよ、新八さんと左之さん。一緒に見送りに行かない?」
「知らねえよ、あんな奴らのこと」
不機嫌を前面に出しながら、平ちゃんはまたお酒を飲み干す。
近藤さんと話し合った結果、新八さんと左之さんが離隊することになった。
以前から新八さんは釈然としないものを抱えていたようだし、左之さんも少なからずその思いはあったらしい。
きっとあの二人のことだから、もう彼に挨拶は済ませてあるんだろうけれど、一応声をかけておこうと思ったのだ。
「それじゃ、平ちゃんの分も見送って来るね」
「ん」
この状態の平ちゃんを強引に誘うのも如何なものかと思う。
相当不貞腐れているのか、彼はこちらを見ずに頷いて、またお酒を煽った。
そんな平ちゃんを尻目に門前へ行ってみると、そこには新八さんと左之さん、千鶴ちゃんと斎藤さんと島田さんがいた。
「お、なまえ。てっきり見送りに来てくれないのかと思ったぜ」
ようやく姿を見せた私に、新八さんは笑って見せた。
「平ちゃんに声をかけてたんです。不貞腐れて、お酒飲んでましたよ」
「なんだ、寝てたんじゃねえのか」
「ま、どっちにしてもあいつらしいけどな」
左之さんと新八さんが、顔を見合わせて声をあげて笑う。
この二人のそんな姿を見ることもなくなると思うと、やはり寂しい。
「本当に、行っちゃうんですよね…」
しみじみと呟くと、余計に寂しさが増す。
死別というわけでもないし、この先ずっと会えないというわけじゃない。
それは分かっていても、寂しく思ってしまうのだ。
「どうしても、離隊しないといけないんですか?」
「ま、いろいろあるんだけどな。俺は近藤さんとか土方さんみたいに、侍になりてえって思ったわけじゃねえからさ。自分が選んだわけでもねえ殿様に、命懸けで尽くすっていうのは、どうも性に合わねえ」
寂しそうな千鶴ちゃんに、新八さんは苦笑を浮かべている。
それでも、口にする言葉に迷いはない。
「あのとき、ああしてりゃあ良かったなって思うのだけは、絶対に嫌なんだ」
以前にも同じような言葉を、平ちゃんの口から聞いたことがあった。
後悔しない為に、自分が正しいと思った道を進む。
それなら、私に止める権利はない。
「目指す場所は、同じですよね」
泣きそうになるのを堪えながら笑みを浮かべると、左之さんが大きな手で私の頭をわしわしと撫でる。
いつもなら髪が崩れると手を払いのけるけれど、そんな気にはなれなかった。
「ああ。別に今生の別れじゃねえんだから、そんな顔すんなって」
「薩長の連中と戦い続けるのは変わらねえ。これが最後の別れじゃねえんだ」
左之さんと新八さんの言葉に余計に泣きそうになりながらも、私は何度も頷く。
この二人は、いつも頼もしかった。
たまに呆れてしまうことはあったけど、いざとなったときにはとても頼りになったし、何より優しかった。
試衛館からずっと一緒にいた分、これまでの日々が走馬灯のように甦ってきて、また涙が零れそうになった。
道は違っても、目指す場所は同じ。
同じ空の下で、これからも戦い続けるのは変わらない。
そう言い聞かせて、零れそうだった涙を拭って笑顔を浮かべた。
さすがに、泣きはらした目で見送るのは、少し恥ずかしい。
「じゃ、そろそろ行くからよ」
そう言って、二人は踵を返して歩き出す。
「お二人とも、お元気で!」
「千鶴もな!」
遠ざかって行く背中に声をかけた千鶴ちゃんに、左之さんは一度だけ振り返って手を振った。
離れていく背中を眺めながら、私はふと口を開く。
「斎藤さんは、まだ残っていてくれるんですね」
「俺にはまだ、ここで為すべきことがある。あんたと同じだ」
斎藤さんを見ると、相変わらずその瞳に迷いはない。
その様子に安心して、思わず口元に笑みが浮かぶ。
「斎藤さんらしいですね」
再び視線を前に戻すと、夕焼けの中を離れていく背中はもう見えなかった。
想い
戻