「あいつらが、人斬り集団の新選組か?」
「気に入らなきゃ仲間さえ斬り捨てる、狂犬の集まりだ」
街道沿いに歩みを進めながら、聞こえてくるのはそんな会話ばかり。
人斬り集団だとか言われているのは、以前から変わらない。
昔からそう呼ばれていたし、恐れられる存在だからこそ、できることがあった。
でも、今は状況が大きく変わってしまっている。
少し前に、新政府軍が錦の御旗を掲げたのだ。
錦の御旗は、朝敵征伐の証として天子様から官軍に与えられるもの。
つまりは、官軍に対する私たちが賊軍ということだ。
「黙らせてきましょうか?」
「言いたい奴には言わせときゃあいい」
島田さんの問いに、土方さんは前を見据えたまま答える。
その土方さんの顔色は、まるで病人のように白かった。
「あの、土方さん。大丈夫ですか?お顔の色が良くないみたいですけど…」
「別に、大したことはねえ」
心配そうに尋ねる千鶴ちゃんにも、土方さんはそう言い放つだけだった。
近藤さんが捕縛されたあと、土方さんは一度江戸へと戻り、助命嘆願のために手を尽くしていた。
しかしその願いも聞き入れられず、今となっては近藤さんの消息すら掴めていない。
嫌な予感がしていた。
そして、慶応四年四月十一日、幕府による江戸城の無血開城が為された。
この無血開城は、戊辰戦争における新政府軍の優勢を意味する。
行軍の途中、私たちは旧幕府軍総督の大鳥圭介率いる旧幕府軍と合流し、さらに北へと向かうことになった。
「なまえさん」
夜が更けて、千鶴ちゃんと一緒に陣を張る手伝いをしていると、島田さんに声をかけられた。
「どうかしましたか?」
「副長が、俺となまえさんを呼んでいるそうで…」
「分かりました。千鶴ちゃん、ちょっとお願いするね」
「うん、行ってらっしゃい」
千鶴ちゃんに後のことをを頼むと、私は島田さんと一緒に土方さんの元へ向かった。
会津へ向かう前に宇都宮城を攻めると聞いたから、その話かもしれない。
私たちを呼び出した土方さんは、木の幹に寄り掛かるようにして立っていた。
その目の下の隈は昼間より濃くなり、彼の疲労を物語っていた。
「呼び出してすまねえな」
土方さんは私たちに気づくと、寄り掛かったまま顔をこちらに向けた。
「いえ…それより、何かあったんですか?」
「ああ、宇都宮での戦だが…島田は中軍、なまえは千鶴と一緒に陣に残れ」
発された言葉に、私は驚きに目を見開く。
私自身が陣に残れと言われるのは予想していた。
戦況は劣勢だし、戦そのものだって以前にも増して激しいものとなっている。
どんなに身のこなしが軽くても、私では足手まといになるのは分かっていた。
でも、島田さんが中軍だなんて。
「自分が中軍に?副長と同じ隊ではないのですか?」
私と同じで、驚いた様子の島田さんが尋ねる。
おそらく、土方さんは先陣を切って宇都宮城を攻めるだろう。
もちろん島田さんも連れていくと思っていたのに。
「お前は、鳥羽伏見の戦を経験してるんだ。向こうには理論はあるが、実践経験はねえ。いい組み合わせじゃねえか」
「…副長の命令であれば従います。ですが、ひとつ確認させてください」
島田さんは一度閉口して、それから静かに口を開いた。
「新選組が、なくなってしまうわけではありませんよね?」
その問いに、土方さんは無言のまま。
「自分は、新選組の島田魁として、この戦に参加するつもりです。誠の隊旗を掲げます」
「…好きにしろ」
土方さんはそれ以上は何も言わず、溜息をついただけだった。
「副長、まだ立ち直れてはいないんでしょうね…」
土方さんの元を立ち去ってから、島田さんが静かに呟いた。
その言葉に、少し考え込んでから首を横に振る。
「立ち直れていないと言うか……多分、どうしたらいいか分からないんだと思います」
「分からない、ですか…?」
首を傾げる島田さんに、私はぎこちなく頷く。
「近藤さんはずっと、武士になりたいと言っていました。そして土方さんも、その近藤さんの願いを叶えてあげたくて…きっと何かがあると信じて、新選組と共に歩んでいたんです。でも、近藤さんはいなくなってしまったから…」
武士になりたいと、その思いだけを胸に抱いて彼らがここまで来たのを、私はずっと傍で見ていた。
そして、その思いが叶うことを、私も願っていた。
土方さんが押し上げようとしていた近藤さんがいなくなってしまった今、土方さん自身が、信じるものを見失っているのかもしれない。
「だけど、土方さんならきっと大丈夫です。次の戦までには、以前のように戻ってくれると思います。私たちは、土方さんを信じましょう」
土方さんなら、ここで挫けるはずがない。
私たちはただ、信じて待っていればいいのだ。
信じているものさえあれば、志は揺るがないのだから。
それから数日後、私たちは鹿沼宿にて休息を摂ることとなった。
そしてその鹿沼宿にて、新選組と同じく新政府軍と対峙している靖共隊が合流したのは、間もなくのことだった。
「よう、久しぶりだな!なまえ」
背後からかけられた大きな声に、びくりと身体が跳ねる。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは新八さんだった。
「新八さん…!どうしてここに?」
嬉しさに顔を綻ばせながらも首を傾げると、その人は呆れたような表情で肩を落とした。
「おいおい、これでも一応、靖共隊の副長なんだぜ?」
「あ…そういえばそうでしたね」
「そういえば、じゃねえよ!傷ついただろ!」
相変わらずの様子に、思わず笑い声をあげる。
新八さんと左之さんは新選組を離脱したあと、靖共隊の副長となっていたことを思い出した。
最近はいろいろとあったせいか、すっかり頭から抜けていた。
その新八さんがここにいるということは、とまわりを見渡すけれど、見慣れたあの姿はない。
「あの、左之さんは?」
「詳しくは知らねえが、何か大事な用件があるとかで、江戸に戻ったんだ。だから、ここには来てねえよ」
「そう、ですか…」
せっかくなら会いたかったのに、と内心私は肩を落とした。
そんな私に、新八さんは真剣な表情で口を開く。
「さっき島田に聞いたんだが…近藤さんが、捕縛されたそうだな」
その言葉に、肩がびくりと震える。
脳裏に蘇る下総流山での光景に、思わず俯いて拳を握りしめた。
「…あんま、無理すんじゃねえぞ」
そう言って、新八さんは私の肩を軽く叩く。
唇を噛みしめてから、笑みを浮かべて顔を上げた。
それでも、ちゃんと笑えているか自信はない。
「分かってます。大丈夫ですよ」
そんな私に、新八さんはそうか、と言っただけだった。
慶応四年、四月十九日。
新選組と靖共隊を含む旧幕府軍は、新政府軍に味方する宇都宮城に攻め入った。
旧幕府軍の兵力は、宇都宮兵の二倍以上。
その兵力差で敵を圧倒することはできたものの、城が盾となったせいで戦況は膠着状態のまま、時が過ぎていく。
そして、土方さんの働きで宇都宮城を落としたという知らせと共に、意識のない傷だらけの土方さんが陣へ戻ってきたのは、日が暮れてからのことだった。
「なまえ、手当てを頼む」
意識のない土方さんを、担いできてくれた新八さんの手を借りて寝かせ、傷の様子を看ていく。
幸い、命に別状はなさそうだ。
でも、不可解な点がある。
「命に関わる傷ではなさそうです。しばらく安静にしていれば大丈夫だと思いますけど……」
「問題は、どうして傷が癒えねえのかってことだな」
新八さんの言葉に、私は頷く。
千鶴ちゃんも、心配そうに土方さんに視線を向けている。
「羅刹は、傷を受けたその瞬間から治癒が始まるはずです。それが始まらないということは、銀の銃弾のような刀があったのか、あるいは……」
不意に、灰となって消えた羅刹の姿が浮かんだ。
羅刹の力を使いすぎた、成れの果て。
一度言葉を詰まらせながらも、口を開く。
「羅刹の力を使いすぎると……」
「そんなんじゃねえよ、安心しろ」
紡ごうとした言葉を、掠れた低い声が遮った。
驚いて土方さんを見ると、意識の戻ったその人は、苦しげに眉を寄せている。
「土方さん……!」
「城の中で、風間に会っただけだ……あいつ、大層な刀を使いやがって…」
土方さんの言葉に安堵しながらも、身体を起こそうとするその人を慌てて押さえる。
「駄目です。ちゃんと休んでいてください」
「うるせえ、こんなところで寝てる場合じゃねえだろ」
「いいえ、寝てる場合です。布団に縛り付けてでも寝ていてもらわないと困ります。」
こんな傷だらけの人を歩かせるわけにはいかない。
気持ちは分かるけれど、こんなところで死なれたらもっと困る。
私の剣幕に気圧されたのか、土方さんは溜息をついて大人しく身体を横たえた。
「ったく…かなわねえな」
「今は、傷を治すことに専念してください。無理をして、私や千鶴ちゃんの仕事を増やされたら困りますから」
「なまえの言う通りだぜ、土方さん。宇都宮城は落としたんだ、少しくらい休んでおけよ」
私や新八さんの言葉に、土方さんは渋々ながらも頷いてくれた。
しかし、土方さんが決死の思いで落とした宇都宮城は、再び新政府軍に奪い返されることとなる。
皮肉なことに、それは旧幕府軍が宇都宮城を落としてから、たった四日後のことだった。
この宇都宮の戦いの後、私たち新選組は、さらに北へと進軍していくこととなった。
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