山崎/『残された者の誓い』読了後推奨

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息を吸う度、背中の傷が痛みと熱を発する。
傷が深いことも、自分の命があとわずかなことも、分かっていた。
松本先生に言われたということもあったが、己の身体のことだ、それくらいは分かる。
それに、彼女の様子を見れば一目瞭然だった。

俺の命も、ここまでか。
そう感じたとき心の内に広がったのは、言葉にできない満足感と、ほんの少しの後悔だった。
目を閉じれば、この新選組に入隊したときのことを今でも鮮明に思い出せる。
身分を問わずに隊士として迎えてくれるという副長の言葉に心を打たれ、この新選組の為にこの命を捧げようと誓ったのが、つい先日のことのようだ。
新選組の為に命を落とすなら、これ以上のことはない。
そう思わないわけではない。
だが、手放しにそう思わせてはくれない存在が、俺の傍にはいる。
口の中に未だに残る鉄に似た味に、思わず苦笑を浮かべた。
自分の身を犠牲にすることになると知っていて、それでも他人に血を与えるなど、やはり彼女は無茶をしすぎる。
俺が庇わなかったら、この背の傷も痛みも彼女が負っていただろう。
それを防ぐことができた上に、副長の命も無事だった。
それだけでも、身体を張った意味があったというものだ。
今まで何度、なまえには無茶をするな、無理をするなと言ってきたのか分からない。
幾度となく言ってきたというのに、結局彼女は聞いてくれた試しがなかった。

「なまえ…」

口から荒い呼吸と共に漏れた声は、あまりにも掠れていた。
自分の身体が、悲鳴をあげているのが分かる。
だが、もう少しだけ、待ってくれ。
彼女に伝えなくてはいけないことが、まだ残っている。

「君は、生きろ…」

震える手で、俺の身体に縋りつくなまえの頭に手を置く。
これから俺が言う言葉は、きっと男としては失格だろう。
この先、新選組はどうなるか分からない。
大きな時代のうねりの中で、どんな結末を迎えるのか。
この先、今以上に彼女は苦しむかもしれない。
新選組を出て、普通の娘として暮らす方がきっと幸せになれる。

「新選組を…頼む……」

だが、彼女に幸せになって欲しいと思う反面、俺がいなくなった後を託したいとも願ってしまうのだ。
俺がこうして新選組の今後を託すことができるのは、なまえだけだ。
信頼しているからこそ、他の誰でもない彼女に託したい。
今まで俺の背中を追い続けてくれた彼女に。
そして、できるなら俺のことを覚えていて欲しいとも思ってしまうのだ。
こんな言い訳をして彼女を縛り付けようとする俺は、なんて酷い男なのだろう。

「俺の分も…君は……」

意識が遠のいていく。
ああ、もうだめか。
そう思うと、視界が滲んだ。
新選組の為に散れるなら、本望だと思っていた。
だがそれと同時に、俺が死ぬのは彼女を看取ってから、とも決めていた。
なまえの過去を知ったとき、これ以上彼女に失うことの痛みを感じさせまいと誓ったというのに。
俺は彼女に、また失う痛みを味わわせてしまうのか。

俺が死んだ後、きっとなまえは泣くだろう。
新選組にいてもなお、彼女はどこまでも優しかった。
隊士の誰かが怪我をすれば己の身も構わずに様子を見に行き、誰かが羅刹となれば心を痛めるほどに。
だがその優しさと共に、芯の強さも彼女は持っている。
時にあまりにも脆くなってしまう強さだが、きっと彼女は立ち直れるはずだ。
彼女を支えてくれる人間が、新選組にはいる。
俺の死を乗り越えて、彼女は新選組と共に歩み続けるだろう。
そんな優しさと強さと、そして脆さを持ち合わせる彼女だからこそ、俺は愛した。
その存在を愛しいと思い、守りたいと思った。
なまえを守れたのだと思えば、死ぬことなど厭わない。
残して逝くことだけには少し悔いが残るが、きっと彼女なら大丈夫だ。

遠のく意識の末端で、愛しい声が俺を呼ぶ。
だが、もう身体を動かすことも、声をあげることもできなかった。

どうか、途中でいなくなってしまう俺の代わりに、共に歩んだ新選組の姿を最後まで見届けてくれ。
俺が己の誠を見出し、君と共に歩んだ、この新選組を。

残して逝く者の想い