会津に斎藤さんを残し北上していた私たちは、仙台へと到着した。
仙台には山南さん率いる羅刹隊が先行してるはずだったけれど、羅刹隊からの報告は何もなく、連絡が取れない状況が続いている。
私たちが仙台入りして間もなく、旧幕府軍副総裁 榎本武揚が土方さんを訪ね、仙台藩におかしな部隊がある、という噂を運んできた。
「ここのところ、城下で辻斬りが横行してるらしい。そしてその犯人が、仙台城に出入りしてるって噂だ」
榎本さんが帰った後、土方さんに呼び出されて伝えられた言葉に血の気が引いていく。
「まさか、山南さんが……」
「今はまだ憶測の段階だ。だが、もしあの人が首謀者なら、そのときは斬らなきゃならねえだろうな」
そう告げる土方さんの顔は険しい。
彼の言う通り、山南さんが辻斬りによって羅刹たちの衝動を抑えているのだとしたら、斬らなくてはいけない。
それがたとえ、共に新選組として歩んできた人であったとしても。
そしてその役目は、おそらく土方さんにしか成せないことだ。
拳を握りしめ、意を決して土方さんを見上げた。
「土方さん。私に少し、調べさせてください」
斎藤さんまで離れてしまった今、私まで部屋に籠っているわけにはいかない。
そうしていなければならない自分が、もどかしくてたまらないのだ。
予想した通り、土方さんは首を横に振る。
「やめておけ。連絡が取れねえ今、下手に動いたって無駄足になる」
「それでも構いません。お願いです」
「あのな……」
「土方さんだけに、背負わせたくないんです」
首を縦に振らない土方さんを遮って、強く言葉を発する。
彼は少しだけ驚いたような顔で、私を見下ろした。
「土方さんは、もう十分いろいろなものを背負っています。新選組の局長なら、それは当たり前です。でも、少しくらい私にも背負わせてください」
この人は、たくさんの人たちに新選組を託されてきた。
でもそれは、私だって同じ。
土方さんは近藤さんの志を継いで局長となった。
それは、彼にしかできないこと。
ならば私にできることは何か。
この新選組で、土方さんを支えることだ。
「山崎さんは、新選組を頼むと私に言いました。彼だけじゃない、近藤さんにも、沖田さんにも、斎藤さんにもそう言われてここまで来ました。なのに私は、いつも奥に控えて怪我の手当てをすることしかできない。それしかできないのは、もう嫌なんです」
「なまえ…」
「新選組は、私にとって生きる意味そのものです。その新選組を守るために、私にも何かさせてください。私から、生きる場所を奪わないでください」
そこまで言って、頭を下げる。
私の言葉で、土方さんを困らせることは分かっている。
それでも、もう何もせず待つだけは耐えられなかった。
ほんの少しでもいい、私にできることをしたい。
ただ、その一心で。
少しの沈黙のあと、土方さんが深く溜息を吐いた。
「…お前まで、新選組に縛られるこたぁねえんだぞ」
消え入りそうなほど小さな声に、顔を上げる。
鬼の副長と呼ばれていたその人は、眉を寄せて哀しげな瞳に私を映していた。
「いくら山崎の分も、って言ったってな、鳥羽伏見の頃とは状況がまるで違うんだ。その上羅刹隊と連絡が取れない今、最悪の場合はあいつらとも戦うことになる。お前にそれはさせられねえ」
「だから、黙って見てろと言うんですか?」
「ああ、そう言いたいところだが……」
不満気な私を見て、土方さんは困ったように笑った。
「お前は昔っから、一度決めたら俺たちの話なんざ少しも聞き入れちゃくれねえ。こっちの心配も知らないで、勝手に突っ走っちまう。今回だって、その調子じゃ俺がいくら止めたところで、お前は行っちまうんだろ?」
「…それは、まあ……」
「まったく、困った妹を持っちまったもんだな。お前に何かあったら、山崎に叱られるのは俺なんだぞ」
「叱られる時は、私も一緒なので安心してください」
「そういう問題じゃねえよ」
土方さんの言葉に、思わず笑みを零す。
少しだけ笑うと、彼は再び真剣な面持ちをこちらに向けた。
「そこまで言うなら、辻斬りの件、調べてくれるか。ただ、無茶だけはするな。何かあったらすぐに知らせろ」
「分かりました。ありがとうございます!」
告げられた言葉に、しっかりと頷く。
すぐに動こうと、土方さんに一礼して踵を返した。
「ここでしか生きられねえんだな……俺も、なまえも」
小さく呟いた土方さんの言葉は、私の耳には届かなかった。
夜の仙台の町を、暗闇に紛れて駆ける。
辻斬りが横行しているせいか、往来に人の姿はない。
辻斬りの犯人を見つけるならば、と昨日は城下町を張ってみたけれど、辻斬りも羅刹も見つけることができなかった。
そんなにすぐに情報は得られないと分かっていたけれど、やはり気持ちは焦ってしまう。
仙台城が見えたところで、足を止める。
城門はしっかりと閉じられているが、そこに兵の姿はない。
そして、聞いていた通り、仙台城は不気味なほど静まり返っていた。
城の周りをぐるりと回って、様子を窺う。
松明くらい焚かれていてもいいはずなのに、それすらない。
お陰で人目を避けやすくはあるが、これはあまりにも不気味だ。
一周して再び城門の前へと戻ったものの、やはりどこにも兵の姿はなかった。
どうしたものか、と思案したところで、城門が軋んだ音を立てて動き出す。
はっとして身を潜め、ゆっくりと開く門を凝視する。
その隙間から現れた姿に、息を呑んだ。
「山南さん…」
彼は城門から出ると、そのまま何かを探すように城下の往来へと出て行く。
どうやら、私には気付いていないようだ。
目的を持って城下を進んでいく山南さんを追って、闇に紛れるように私も移動する。
そして辿り着いたのは、仙台の城下に流れる川だった。
そこで目にした光景に、ぞわりと悪寒が走る。
川に架けられた橋の下に、一人の羅刹が立ち竦んでいた。
足元には、既に絶命しているであろう女性。
その首は鮮やかな紅に染まっていて、もはや瞳に光はない。
山南さんが刀を抜くと、羅刹はびくりと肩を震わせて振り返った。
そして叫びをあげる間もなく、山南さんの刀が振り下ろされる。
羅刹は慄きの表情を浮かべたまま、その場に倒れて動かなくなった。
「…そこにいるんでしょう、なまえさん」
一連を息を殺して眺めていたところで、山南さんがこちらを見ずに告げる。
これ以上隠れていても仕方ないと感じて、大人しく姿を現す。
「どうして、連絡をくれなかったんですか?山南さん」
私の問いに、山南さんは答えない。
「仙台城のあの空気は異様です。一体何が起きているんですか?」
沈黙が下りる。
自分の心臓の音がうるさい。
山南さんはゆっくりとこちらを振り返り、何の感情も読み取れない瞳を私に向けた。
「雪村君は今、仙台城にいます。あなたも来るといい。そうすれば、全て分かります」
「千鶴ちゃんが…?どうしてですか?」
私の問いに答えないまま、山南さんは城へ向けて歩き出す。
付いて来い、ということなのだろう。
まだ胸の内に渦巻く不安と疑問を抱えながら、私はその背を追って仙台城へと向かった。
山南さんに連れられるままに城の中へと入ると、ぞわりと悪寒が走った。
外から見れば驚くほど人がいなかったが、城内にはさすがに兵の姿がある。
しかし、彼らは一様に白い髪を持ち、その赤い瞳は暗闇の中でぎらぎらと輝いていた。
「彼らは、新選組の羅刹ですか?」
すれ違う羅刹たちを見やりながら、山南さんの背中に問いかける。
「新選組の羅刹もいますが…多くは綱道さんの作り出した羅刹ですね」
「綱道さんの…?」
「ええ。彼もここにいます」
それを聞いて、なぜ千鶴ちゃんが城にいるかを察する。
風間千景は、綱道さんは羅刹を使って雪村家を再興するつもりだと言っていた。
それには、彼女が必要なのだろう。
千鶴ちゃんが自らの意志でここへ来たのか、それとも連れ去られたのかは分からないけれど。
残る疑問は、山南さんが何を考えているかだ。
綱道さんは、新政府側にいるはず。
その綱道さんと一緒にいるということは。
「山南さん…新選組を、裏切るつもりなんですか?」
私の言葉に、山南さんは足を止める。
そして、ゆっくりとこちらを振り返った。
その視線を受け止めながら、拳を握りしめる。
「もし…もしそうであれば、私は……あなたと、戦わなくちゃいけない」
考えたくもない。
山南さんと戦いたくなんてない。
でも、彼が新選組に反することになるなら、私がしなければならないことはひとつ。
土方さんと共に、彼らと刃を交えなければ。
「なまえさん」
山南さんは、表情を変えないまま私の名を呼ぶ。
その後に続く言葉を、息を飲んで待つ。
「…あなたは、優しすぎる」
ほんの少しだけ、山南さんが哀しげな表情を浮かべた。
「泣きそうな顔で、そんなことを言うものじゃありませんよ」
彼はそれだけ言うと、再び前を向いて歩みを進める。
言われてようやく、涙で視界が滲むのを必死で堪えている自分に気付いた。
押し寄せる不安を振り払うように首を振って、離れていく背中を追って私も足を踏み出した。
山南さんが足を止めたのは、城の奥の座敷の前。
「失礼してもよろしいでしょうか?」
「入りたまえ」
襖越しに、聞き慣れない声が返ってくる。
山南さんが襖に手をかけて開くと、そこには綱道さんと千鶴ちゃんがいた。
千鶴ちゃんは驚いた様子で、私と山南さんを交互に見やる。
「山南さんと、なまえちゃん…?」
「お久しぶりですね」
山南さんはそう言って笑みを向ける。
対して私は緊張した面持ちで綱道さんを見ていた。
彼は私の姿を見るなり、驚きの表情を浮かべたと思えば嬉しそうに笑う。
「おやおやこれは…まさか、雲居の血を引く鬼がここに来てくれるとは…気が効くな、山南君」
「私は、あなた方に協力しに来たわけじゃありません。ここで何が起こっているのかを知るために来ただけです」
小太刀に手をかけながら、綱道さんを睨んだ。
千鶴ちゃんに視線を向けると、彼女は山南さんから距離を取るように立ち上がっている。
「山南さん、これはどういうことなんですか!?」
山南さんは、綱道さんの傍らに座る。
「羅刹の研究を行うため、私は密かに綱道さんと協力関係を結んだのです」
彼の答えに、私は意を決して踏み出す。
千鶴ちゃんを庇うように立ちはだかって、小太刀を抜いた。
「山南さん、もう一度聞きます。あなたは新選組を…土方さんを、裏切るつもりなんですか!?」
彼は黙ったまま答えない。
それがまるで、肯定を示しているようだ。
そうだと言うのなら、私は。
嘘だ、嫌だと叫ぶ心を抑えつけるように、小太刀の柄を握り締める。
そのとき、襖の向こうから呻き声が聞こえてきた。
ばたばたとこちらへ向かってくる足音が響いたと思えば、襖が勢いよく開け放たれる。
「千鶴!大丈夫か!?」
「平助くん…!」
現れたその人は、私の姿を見て驚きの表情を浮かべる。
「なまえ、なんでここに?」
「城下で、山南さんに会ったの」
「ったく…何度無茶すんなって言われたら分かってくれるんだよ、お前は」
そう言いながら姿を現したのは、土方さんだった。
呆れた様子で溜息を吐くその人に、思わず頭を下げる。
「…すみません」
「まぁ、無事ならいいさ。それにしても、妙な城だな。人もいねえし守りも手薄だ」
土方さんの言葉に綱道さんが悔しげに歯を食いしばる。
その隣で、山南さんは動じることなく口を開いた。
「そろそろ来る頃かと思っていましたよ」
土方さんは山南さんに歩み寄ると、刀の切っ先を山南さんに向けた。
「説明してもらおう、山南さん。城下の辻斬りは、あんたの仕業か?」
「いいえ。暴走する羅刹を斬ったことはありますが、辻斬りは決して」
「ではなぜ、俺たちへの連絡を怠った?そして、なぜ綱道さんと一緒にいるんだ?」
山南さんは座ったまま、土方さんを見上げる。
「仙台に、君が求めるものはありません。奥羽同盟は戦争回避を目論んでいます。会津の惨敗に怖気づいたのでしょう」
その言葉に、土方さんは驚きの表情を浮かべる。
私や千鶴ちゃんも例外ではなかった。
奥羽同盟は、陸奥、出羽、越後の諸藩が新政府に対抗するために結んだ同盟だ。
それを頼りにここまで来たというのに。
脳裏に、会津に残った斎藤さんの姿が浮かぶ。
彼は、どうなったのだろうか。
「敵を探るうちに、私は綱道さんが新政府軍に不満を持っていることを知りました」
「新政府軍の密命でここへ来たが、いい加減人間どもの抗争にはうんざりでね」
「そこで、私は彼と手を結び、彼の目指す鬼の王国と我々羅刹隊の共存を目指すことにしたのです」
「なんだと…!?」
土方さんは切れ長の瞳を大きく見開いて、山南さんを凝視する。
明らかになった山南さんの目的に、背筋が凍る気がした。
「そしてこの城に乗り込み、仙台を掌握するに至りました」
「通りで城の様子がおかしいわけだ」
襖の向こうから、足音が聞こえてきた。
一人や二人じゃない、もっと大勢の足音がこちらに向かってきている。
開いた襖から姿を現したのは、刀を差した羅刹たちだった。
山南さんが立ち上がりながら、口を開く。
「この国全ての羅刹が今、この城に集結しています。新政府軍を確実に打ち倒せるだけの、最終兵器になります」
綱道さんは、私の背後にいる千鶴ちゃんに向けて手を差し伸べる。
「さあ、手を貸しておくれ、千鶴。我々の旗頭には、お前が必要なのだよ。この羅刹隊を使い、雪村家を再興しよう」
「父さま、もし考えを変えてもらえないなら私、父さまとはもう…」
千鶴ちゃんは視線を落としながらも、はっきりと首を横に振った。
そんな彼女の返答に、綱道さんは険しい表情を浮かべる。
「どうです?土方君。この羅刹たちを率いて、共に新政府軍と戦うつもりはありませんか?」
「俺たちの戦いに、羅刹隊は必要ねえ!」
山南さんの誘いに、土方さんは構えを取る。
その様子に、山南さんも刀の柄に手をかけた。
「では、仕方ありませんね」
そう言うと、彼は鞘から刃を引き抜く。
露わになった銀色が光を反射した。
「戦うことしかできない我ら羅刹隊に、戦える場も残されていないというなら…」
小さく呟きながら、ゆっくりと刀を振り上げる。
ついにこの時が来てしまった。
決意を固めるように、私も小太刀を構える。
しかし次の瞬間、山南さんの刀が切り裂いたのは、すぐ傍にいた羅刹だった。
私たちは、その光景を唖然として見つめる。
「ここで終わりにしてあげるのが、せめてもの情けというものでしょう!」
その一言に、全てを悟った。
それは土方さんも同じようで、私と平ちゃんへと視線を送る。
「平助!なまえ!」
「分かってるって!」
「はい!」
そう言って、小太刀を握り直して前に進み出る。
綱道さんは思いも寄らない展開に狼狽えていた。
「な、何故だ、山南くん…!」
「申し訳ありません。新選組の局長命令は絶対なものですから」
土方さんはその言葉を聞いて、小さく声を上げて笑う。
「端っからこうするつもりだったのか?」
「敵を欺くには、まず味方から、と」
「山南さん、ちょっとかっこつけすぎだって!」
「私がどれだけ不安だったと思ってるんですか、山南さん」
非難するようにそう言うと、山南さんは肩を竦めて苦笑した。
まったく、なんて恐ろしい人だろう。
さすが新選組の総長とも言うべきか。
山南さんが裏切っていないということを知って、心から安堵した。
でも、まだ気を抜くことはできない。
私たちは、この国全ての羅刹を相手にしなくてはいけないのだ。
「愚かな!ほとんど戦力を失っている今の新選組で、どうやって戦っていくつもりなんだ、君たちは!」
焦った様子の綱道さんを視界の端に捉えながら、斬りかかってくる羅刹を躱してその首筋に刃を走らせる。
真っ向から対峙しても、私が羅刹に敵うはずはない。
ここで私にできることは、羅刹の動きを少しでも封じることくらいだ。
死に至らしめるほどでなくても、首を狙えば多くの血が出る。
それだけ出血させれば、いくら羅刹だって隙ができる。
次々と襲い掛かってくる羅刹を躱しては、ひらすら首を狙って小太刀を振るう。
気付けば、土方さんも、山南さんも平ちゃんも羅刹化していた。
「やめろ!やめてくれ!」
立て続けに倒れていく羅刹を見ながら、綱道さんが困惑した様子で叫んでいる。
そんな彼に、山南さんは羅刹と対峙しながら口を開いた。
「すみません、羅刹を新選組に託そうと思ったのです。が、それも不可能なら、こうするしかありません!私には時間がないのです!」
聞こえた言葉に、はっとして山南さんを見やる。
これまで見たこともないような鬼気迫る表情で、彼は続けた。
「改良を重ねても寿命の問題は解決せず、血に狂う衝動も消え去ってはくれない!この手で幕引きするしかないのです!」
時間がない、と山南さんは言った。
まさか。
「綱道さんも分かっているはずです!羅刹には未来がないことを!」
その言葉に、綱道さんは俯いた。
斬りかかってきた羅刹を転ばせて首を斬り、山南さんの元へと向かう。
「山南さん、時間がないって……」
「今はそれどころではありません。集中しなさい!」
それだけ告げて、山南さんは目の前の羅刹を斬り捨てて身を翻す。
後を追おうとしたけれど、まだ生き残っている羅刹が行く手を塞いだ。
その相手をしながら、心の内に湧き上がる不安を必死に抑え込む。
視線を巡らせれば、平ちゃんの姿が目に入った。
よく見れば、彼の表情にもただならぬ様子が滲んでいる。
ああ、そうか。
彼らにはもう、本当に時間がないのだ。
それから何人目かの羅刹を斬り捨てて顔を上げると、もう私に向かってくる姿はなかった。
私の顔や腕は、羅刹の返り血や自分の血で汚れている。
さすがに羅刹相手に無傷では済まなかったが、どれも軽いものだ。
千鶴ちゃんは、無事だろうか。
彼女の姿を探して視線を彷徨わせると、座敷の奥で倒れた綱道さんに縋る彼女を捉えた。
その畳が血で染まっているのは、綱道さんのものだろう。
今は、そっとしておいてあげよう。
荒い呼吸を整えながら、三人の元へ向かう。
絶命した羅刹たちを見渡して、山南さんが口を開いた。
「新選組は、多大な戦力を失ってしまいましたね。今後の戦い、勝ち抜けると思いますか?」
「負けるつもりで戦う奴はいねえよ」
「土方さんは、負けず嫌いだからなあ」
山南さんが軽く笑う。
「私たちは、時代の徒花。羅刹は生み出されてはならないものでした」
そう呟く彼は、どこか儚げだった。
土方さんは羅刹化を解いて、刀を収める。
「さて、戻るとするか」
土方さんがそう告げると、平ちゃんの身体がぐらりと揺らぐ。
それに続くように、山南さんもその場に倒れこんだ。
「平ちゃん、山南さん!」
慌てて二人に駆け寄る。
「どうやら、限界が来たようですね…」
「寿命ってやつだな…」
掠れた声で、彼らはそう言った。
その穏やかな表情に、抑えていた涙が溢れる。
土方さんが、倒れ込んだ二人の手を取った。
「分かっていたのか……」
「ああ…」
「自分の身体、ですからね…」
山南さんは土方さんを見つめて、唇を開く。
「土方君とは、互いに反目することもありました…でも、あなたのことは認めていましたよ。新選組であなたと共に戦えたこと、誇りに思います」
「ああ。俺もだ、山南さん」
土方さんがそう告げると、山南さんは笑みを浮かべる。
「土方さん…感謝してるよ。一度は離隊した俺を、また受け入れてくれて…」
平ちゃんも、土方さんの手を握って掠れた声で告げた。
「俺だけじゃねえ。皆心配していたぞ。お前は若くて、単純で、熱くなりやすくて…」
「最後に…少しは役に立ったかな…おれ…」
土方さんは深く俯いて、平ちゃんの言葉に頷く。
その肩が震えているのを見て、泣いているのだと察した。
「のんびり生きろよ、土方さん……」
「ああ」
「あんま信用できねえなあ…土方さんて、短気だしさ…」
「生意気、言ってんじゃねえよ…」
土方さんは震える声で、平ちゃんの声に応える。
その姿に、私も涙を止めることができない。
「なまえさん…」
顔を上げると、山南さんが私を見ていた。
その表情は、どこまでも穏やかだ。
「なんですか…?」
「新選組の者としては、あなたは優しすぎますが……その優しさに、救われたこともありましたよ…」
「…そんなこと、言わないでください」
そんなことを言われてしまったら、余計に涙が止まらなくなる。
山南さんの言葉に、平ちゃんは小さく笑った。
「なまえは、さ…あんま、無茶しすぎんなよ…。みんな心配してるんだから、な…」
「平ちゃんだって、人のこと言えないでしょ」
「はは…そう、だな……」
きっと今の私は、ひどい顔をしているのだろう。
でも、山南さんも平ちゃんも、そんな私を見て穏やかに笑みを浮かべる。
それを最期に、彼らの身体に青い炎が灯る。
この炎は、羅刹の最期を意味している。
熱さは感じない。
あれほど熱く命を燃やした彼らの身を焼く炎なのに、不思議だった。
そして最後に残されたのは、元は彼らだった灰だけだった。
こうして仙台城は、羅刹隊の制圧下から開放された。
しかし、仙台藩が新政府軍への恭順の姿勢を崩すことはなかった。
それから数日後、旧幕府軍と合流した私たちは、海峡を渡って蝦夷地へ赴くことになった。
船に揺られながら、遠くなっていく仙台を見つめる。
「本当に、良かったんですか?」
隣で、私と同じように仙台を眺める土方さんに尋ねる。
「なんのことだ?」
「千鶴ちゃんのことですよ。分かってるくせに…」
土方さんは、千鶴ちゃんを仙台に置いていくことにした。
蝦夷での戦いは、これまでとは比べられないほど厳しいものになるだろう。
それを土方さんは知っているから、彼女を置いてきたのだ。
「あいつを、蝦夷なんかで死なせちまうわけにはいかねえだろ」
きっと、千鶴ちゃんの存在は土方さんの中で大きくなっているんだろう。
大切だから、生き延びて欲しいから、この人は彼女を突き放したのだ。
「それなら、長生きしてくださいね。千鶴ちゃんのためにも」
「…努力はするさ」
それより、と土方さんは続ける。
「本当は、お前も置いていこうかと思ったんだがな」
「そうなんですか?今回は何も言われなかったので、ようやく認めてくれたのかと思いましたけど」
「何を言ったって、どうせついてくるんだろうと諦めたよ。お前に関しちゃ、俺もお手上げだ」
そう言って、彼は肩を竦めて見せた。
その姿に思わず笑みが零れる。
「それなら、思う存分戦いますね」
笑いながら告げると、その場を離れようと足を踏み出す。
「おい、なまえ」
不意に呼び止められ、振り返る。
土方さんは、もう笑ってはいなかった。
「簡単に、死ぬんじゃねえぞ」
その言葉に、再び笑みを浮かべる。
「ええ。そんなことしたら、山崎さんに怒られますから」
きっと、蝦夷の地が最後の砦となるだろう。
その先にあるのは、一体どんな景色だろうか。
徒花
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