千鶴ちゃんを含めての夕食。
私は千鶴ちゃんと左之さんの間に座って、膳に箸を運ぶ。
「しんぱっつぁん…それ頂き!」
「うおああ!それは最後に取っておこうと思ってたのに!」
平ちゃんと新八さんのいつものやり取りとも言える会話を横目に見ながら、夕食を口に運んでいく。
世間では人斬り集団だとか、壬生狼と恐れられている新選組の幹部だとは微塵も感じさせないその行動に呆れつつ、つい笑みが零れてしまうのは私だけだろうか。
右隣に座る千鶴ちゃんに視線を向けると、激しく繰り広げられるおかず争奪戦を困惑したように傍観している。
「なに笑ってんだ?なまえ」
私の左隣に座っている左之さんが、私の表情に気付いてこちらを覗き込みながら尋ねてきた。
「相変わらずだな、と思って……左之さんこそ、私たちが間に入って寂しくありませんか?」
「おいおい、あいつらと一緒にするなよ。俺だって、静かに飯くらい食いたいときだってあるんだよ」
「こら左之!なんだよその言い草は!」
「おかずがガラ空きだぜ!!」
「うおああああ!!取り過ぎだ平助!!」
左之さんの言葉に聞き捨てならないといった様子で新八さんが声を上げるも、その隙を狙ってまた平ちゃんにおかずを取られたようだ。
他の皆は黙々と箸を進めているというのに、この二人は本当に賑やかだなと思う。
悪く言ってしまえば、空気が読めていないのかもしれない。
「やめなさい、二人とも!雪村くんが呆れているだろう」
二人の様子を見かねてか、源さんが窘めた。
突然話を振られた千鶴ちゃんは、苦笑いを浮かべている。
こんな落ち着きのない夕食に付き合わせてしまってごめん、と思わず千鶴ちゃんに心の内で謝った。
そうしていると、すっと戸が開いて、土方さんが姿を現した。
疲れているのだろうか、その表情はどことなく暗い。
「今戻った」
「おお、トシ」
労いの言葉をかけようとしたところで、土方さんに続いて姿を見せた山南さんの姿に、思わず口を噤む。
広間の空気が、さっと変わるのを肌で感じた。
新選組の参謀である彼は、その左腕を負傷したと聞いていた。
まさか、腕を吊るさねばならないほどの怪我だとは。
「総長、副長、お疲れ様でした」
「おう」
斎藤さんの言葉にそう答えて、土方さんは腰を下ろす。
「お帰り、山南さん」
「ただいま戻りました」
山南さんも、沖田さんの言葉に答えて座る。
その顔に翳りが見えるのは、きっと灯りのせいだけではないだろう。
「ご苦労だった。腕の傷はどうだ」
「ご覧のとおりです。不覚を取りました」
近藤さんの言葉に、山南さんは苦笑しながらもそう答える。
そして、何も言わない私たちを見渡して、困ったように笑った。
「大丈夫ですよ。見た目ほど大げさな傷ではありませんので、ご心配なく。では……」
「山南さん、晩飯は?」
「結構。少し疲れたので、部屋で休ませてもらいます」
立ち上がって出て行こうとするその人を平ちゃんが呼び止めるけれど、山南さんはそれだけ答えて、広間を後にした。
山南さんの様子がいつもと違うことに胸騒ぎを覚えながら、思わずその場を離れて山南さんの後を追う。
「山南さん」
広間を出たところで彼を呼ぶと、彼は何も言わずにこちらを振り返る。
月光に照らされるその表情からは、何の感情も読み取れない。
「あとでお部屋に伺うので、怪我の様子を見せて下さい」
「ええ…よろしくお願いします」
再び足を進めるその背中を見送りながら、再び広間へと戻る。
誰もが山南さんのことを考えているのか、先ほどとは打って変わって空気が重い。
「土方さん、山南さんの怪我…本当のところ、どうなんですか?」
私が膳の前に戻ると、沖田さんが声をあげた。
その場の誰もが、黙ったまま土方さんに視線を向け、その言葉を待つ。
「なんとも言えん……なまえ」
「はい」
「山崎が留守の間、頼んだ」
普段、隊士が怪我をしたときに処置をするのは山崎さんと私の役目だ。
山崎さんは今、諜報活動に出向いている為に屯所を留守にしている。
しばらく戻ることはないだろうから、それまでは私一人でなんとかしなくては。
私が頷くのを確認すると、土方さんは私の右隣の人物に気付いたようで、眉間に皺を寄せた。
「何をしている」
その口調は厳しいもので、千鶴ちゃんがびくりと肩を震わせたのを感じる。
これだから鬼副長は、と心の中で溜息をついた。
「誰が部屋を出て、ここで食事をしていいと許可を出した」
俯いてしまう千鶴ちゃんを見かねたのか、近藤さんが苦笑しながら口を開く。
「ああ、いや、トシ、それは俺が……」
「俺が誘ったんだ、一緒に食べようって」
近藤さんの言葉を遮って声を上げたのは平ちゃんだった。
「いや、俺が言ったんだ」
「いえ、私が…」
それに続くように名乗りを上げる新八さんや源さんに、思わず笑ってしまう。
沖田さんは面白そうに見ているし、斎藤さんは無表情で行く末を見守っているようだ。
「俺が言ったんだよ」
「いいえ、私が誘ったんです、土方さん」
左之さんに便乗して私もそう言うと、土方さんは呆れたように溜息をつく。
「お前たち…勝手なことを…」
「いいじゃん飯くらい。千鶴は逃げないって約束して、実際この半月逃げようとしなかったんだから」
「そうですよ。半月も部屋に閉じ込めたままでは、いくらなんでも可哀想でしょう?」
「たかが半月だ」
私や平ちゃんがそう言っても、その人は変わらず辛辣だ。
新選組を守るために、というのは分かるけれど、ずっと部屋にいろというのでは体調を崩してしまいそうだ。
少なくとも、精神的には参ってしまうだろう。
「そんなに心配なら、土方さんが監視したら?つきっきりでさ」
「なに…?」
沖田さんが笑いながら発した言葉に、土方さんは射抜くような視線でそちらを見た。
たまに、この人は視線で人を殺せるんじゃないかと思ってしまう。
でも、相手は沖田さんだ。
あの鋭い視線を向けられても、その態度は変わらない。
「トシ、どうだ。食事くらいはここで摂るのを許可してやっちゃあ…」
「近藤さん、あんたがそんなに甘くっちゃあ、この先隊の統率が乱れるぜ」
見かねた近藤さんが諌めようとするけれど、返ってくる言葉は厳しい。
近藤さんは、困ったように笑って言葉を濁してしまった。
「あ、あの…」
何とも言えない空気の中、千鶴ちゃんが小さく声を上げた。
「私、やっぱり自分の部屋に戻ります」
「え…そんな、千鶴ちゃん……」
俯いたまま膳を手に立ち上がろうとする彼女を引きとめながら、土方さんに非難じみた視線を送る。
私の視線に気付いたその人は眉間に刻まれた皺を深くした後、溜息と共に口を開いた。
「…食事だけだぞ」
「ほら、お許しが出たから座って。千鶴ちゃん」
まさか許しが出るとは思わなかったのか、千鶴ちゃんは驚いたような表情を浮かべている。
その手から膳を受け取って元の場所に戻して、彼女も座らせた。
「じゃ、俺も飯にするか」
「それなら、膳を用意してきますね」
そう言って、私は隣で嬉しそうに平ちゃんと話している千鶴ちゃんを見ながら、勝手場へと向かった。
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土方さんの膳を用意した後、私は夕食を終えてすぐに山南さんの部屋へと向かう。
思ったより遅くなってしまったから、もう床についているかもしれない。
でも、一応様子を伺っておいた方がいいだろう。
身体的に、そして精神的にも。
辿り着いた部屋は、やはり灯りが燈っていなかった。
そうだろうな、と思って立ち去ろうとしたとき、部屋の中から物音が聞こえた。
「なまえさん、ですか…」
「…すみません、起こしてしまいましたか?」
「いえ…様子を見に来てくれたのでしょう。どうぞ」
「失礼します…」
静かに襖を開けると、布団は敷いてあるものの、そこに山南さんの姿はなかった。
視線を巡らせると文机の前に座っている。
「灯りが燈っていなかったので、てっきり寝ていらっしゃったのかと……」
「なんだか、目が冴えてしまったものでしてね。こうして月を眺めていたのです」
そう言うと、その人は寂しそうに小さく笑って、開け放してある窓から月を見上げた。
その傍らに腰を下ろすと、山南さんは黙って左腕を差し出す。
巻かれている包帯をゆっくりと解いて、その下の傷の具合を看ていく。
多少の医術は心得ていると言っても、医療を専門に学んだわけではない。
それでも、何か役に立てればと思って看てみたはいいものの、思った以上に傷は酷かった。
「どうしました…?」
私の腕が小さく震えているのに気付いたのか、静かに尋ねられる。
その声はいつものように優しさが込められてはいたけれど、どこかしら憂いを含んでいる。
「自分のことは、自分が一番よく分かっています。この腕は、もう剣を握れない……そうでしょう?」
思わず視線を山南さんの顔に向けると、眼鏡の奥からじっとこちらを見据えている視線とぶつかった。
その表情は、どんな気休めもいらないと言っているようだった。
少しだけ迷ってから、小さな声で告げる。
「正直なところ、今の段階ではどこまで治るか、分かりません……でも、覚悟はしていた方が……」
うまく回復に向かえば、怪我をする前までとはいかなくても、剣を握ることはできる。
でも、そもそもどこまで回復できるか、今の時点では私には分からなかった。
「必ずしも、もう剣を握れないということではありません。うまくいけば、また剣を握ることだってできないことは……」
「相変わらず、あなたは優しいですね」
そう言って、山南さんは小さく微笑む。
その顔がまるで泣いているようにも見えてしまって、私は思わず視線を下げた。
その日から、山南さんはあまり口を聞かなくなり、食事の輪に加わることもなくなった。
たまに様子を見に行ってはいるものの、膳を運んでくれている平ちゃんたちに聞く限りではほとんど口をつけていないそうだ。
どうしたものかと頭を悩ませながら朝食の膳を運ぶのを手伝う為に勝手場に向かうと、そこには千鶴ちゃんの姿があった。
「あの…山南さんの食事、私にお世話させてもらえないでしょうか」
千鶴ちゃんは、土方さんを呼び止めてそう告げる。
その言葉に、土方さんは振り向いて彼女に視線を向けた。
「お前が?」
「はい、父の傍で怪我人の看病もしていましたし…」
「やめておけ。下手な気遣いはかえって犬死させるぞ」
厳しい土方さんの言葉に、沖田さんが勝手場から顔を出して口を開いた。
「いいじゃないですか、誰が持って行ってもろくに食べてくれないんだし。この際、この子に頼んでみても」
「そうだよ。このままじゃ山南さんぶっ倒れちまうって」
「あの…私も、そう思います」
突然声を上げるのもどうかと思って口を開くと、案の定私に気付いていなかったであろうその場の人たちの視線がこちらに向いた。
やっぱり気付かれていなかったか、と少しだけ傷つく。
そんなに影が薄いのだろうか。
「あ、おはよう、なまえ」
「おはよう、なまえちゃん」
「おはようございます」
とりあえず挨拶を返して、土方さんに視線を戻した。
「今日は私も様子を見に行こうかと思っていたところですから、千鶴ちゃんと一緒に行こうかと思うんですけど…」
「…分かった分かった。勝手にしろ」
私の言葉に溜息をついてからそう言うと、土方さんは広間へと向かって行った。
「土方さん、山南さんのこと心配じゃないんでしょうか…」
土方さんが去ってから、千鶴ちゃんが小さく呟く。
「逆だ」
勝手場の奥から声が上がる。
そう言えば、今日の朝食の担当は沖田さんと斎藤さんだったか、とぼんやりと思った。
「むしろ、一番心配している。自分が一緒にいながら、山南さんにけがを負わせてしまったことを、誰よりも気にかけている」
「分かりにくいけど、そういう人なの、土方さんって。言葉は厳しいけど、なんだかんだで人一倍そういうことは心配してて…」
「ま、要するには難しい人なんだよね。昔からだけどさ」
斎藤さんや私、そして沖田さんの言葉に、千鶴ちゃんは考え込むように俯いた。
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千鶴ちゃんと二人で、山南さんの部屋へと向かう。
膳に乗っている食事は、どうしたら山南さんが食べやすいか、千鶴ちゃんなりに考えて用意してくれたそうだ。
さすが、蘭学医の傍で病人の看病をしていただけあるな、と思わず感心してしまう。
「失礼します。お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」
部屋の中から山南さんの声が聞こえて、襖を開けて足を踏み入れた。
「どうぞ」
「珍しいですね。雪村君が持ってくるなんて…」
山南さんはそう言いながらこちらを振り向き、私を見ると少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「おや、なまえさんもでしたか」
「ええ、山南さんが最近お食事を召し上がらないと聞いたもので、様子を伺いに」
「そうでしたか…」
山南さんがいつもの膳とは違うことに気付いたのを見計らって、千鶴ちゃんが膳の説明をする。
おむすびと、それからお味噌汁。
とても簡単な献立だけれど、お味噌汁は具を細かく切ったりすることによって箸を使わなくてもそのまま直接飲めるようにしてある。
千鶴ちゃんの説明が終わると、山南さんは静かに口を開いた。
「これは、同情ですか」
その声色は、とても冷たい。
「左手を使えない私が、無様にこぼしながら食べなくて済むようにとの気遣いですか?」
「いえ、そんな…」
「だとすれば無用な気遣いです」
「山南さん、それは違います。千鶴ちゃんは……」
「誰の指図です、土方くんですか?それとも原田くんか藤堂くんか…」
私の否定の言葉すら遮って、その人は冷たい言葉と視線を千鶴ちゃんに向けている。
こんなに冷たい山南さんを見るのは、久々な気がする。
普段の山南さんはもっと優しくて、暖かい人だったのに。
「いえ、私からお願いしたんです…」
俯き気味だった千鶴ちゃんが、静かに言った。
「君が…?」
「はい…山南さんがほとんど食事を召し上がっていないと聞いて…私にも何かでればと思って」
「…なるほど。如何にも私のことを思ってのように聞こえますが、結局、あなたは自分の居場所を作りたいだけなんじゃありませんか?」
「山南さん、その言い方はいくらなんでも……」
さすがに山南さんでも、彼の為を思ってした千鶴ちゃんの行動に対してあんまりな言い方だ。
さらに言い募ろうとする私の袖を、千鶴ちゃんが引く。
「いいの、なまえちゃん……そうかも、しれません。でも…少しでいいから食べて下さい。みなさん本当に…本当に山南さんのこと、心配してるんです」
千鶴ちゃんはそれだけ言うと、失礼します、と部屋を出て行ってしまった。
遠ざかっていく彼女の足音を聞きながら、溜息をつく山南さんへ視線を戻す。
「千鶴ちゃんの言う通り、皆が山南さんを心配しているんです。本当は分かってるんでしょう?」
総長という立場から新選組を見てきた人だからこそ、私たちがどう思ってるかなんて分かっているはずだ。
むしろ、分からないはずがない。
私の言葉に、山南さんは何も返さない。
「もしこれ以上心配をかけられたくないというのなら、せめてご飯だけでも食べて下さい。それに、食事は一人で摂るよりみんなで摂った方が気分だって良くなりますから、気が向いたらでもいいので広間に顔を出してみてください。きっと皆、それだけでも安心しますから…」
黙ったままのその人にそれだけ言うと、私は一礼して部屋を後にした。
「千鶴、元気出せって。昼はまた、俺が持ってくよ」
「そうだ、元気出せ」
「ありがとうございます…」
広間では、平ちゃんと新八さんが落ち込む千鶴ちゃんに声をかけていた。
「あんな言い方でも、きっと千鶴ちゃんの気遣いは分かってくれてるはずだから…そんなに落ち込むことはないよ」
「なまえちゃん…そうだといいんだけど…」
そう話していると、襖が開いて山南さんが姿を現した。
その右手には、千鶴ちゃんが持って行ったはずの膳が持たれていた。
「総長…」
斎藤さんが驚いた、という風に声を上げる。
山南さんは黙っていつもの場所に座り、膳を前に置いた。
「いただきます」
「山南さん…」
「食事は、大勢でした方が良いそうですから…」
山南さんはそう言って、私と千鶴ちゃんへと笑顔を向けた。
その姿に、思わず笑みが零れる。
千鶴ちゃんを見ると、彼女も嬉しそうに頷いていた。
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元治元年、五月。
蝉の音がうるさい。
そう思わずにはいられないくらいの陽気だ。
ただでさえ京の夏は暑いというのに、今年はいつにも増して日差しが強い。
そのせいか、体調が万全ではない隊士が増えている。
仕方ないことだけれど、そのお陰で私の仕事も増えてしまった。
本来なら角屋で情報を集めたいところだけれど、体調を崩している隊士をそのままにしていくわけにもいかず、こうして屯所で看病する日を過ごしている。
一通りの看病が終わってから、そういえば洗濯を千鶴ちゃんに頼んでいたことを思い出して中庭へと向かう。
「そんなことありません!」
千鶴ちゃんの声が聞こえて、何事かと思って中庭へと急ぐと、そこには千鶴ちゃんと向き合うようにして立っている斎藤さん、そして縁側で面白げに笑っている沖田さんがいた。
「刀で刺されたら斎藤さん、死んじゃうんですよ?」
千鶴ちゃんの言葉に、沖田さんがお腹を抱えて笑い出す。
今しがた来たばかりだけど、何があったのかだいたい想像がついて思わずため息をついた。
「一くんに向かって、殺しちゃうかもって不安になれる君は文句なしにすごいよ!最高!」
「笑うことないじゃないですか…!」
「でも、腕前を示しておけば、君の外出を僕たちも前向きに考えるかもよ?ね、なまえちゃん」
沖田さんが不意にこちらを向いて、私に同意を求める。
その表情はいかにも楽しそうだ。
「そうかもしれませんけど……沖田さん、思いっきり楽しんでません?」
「え、そうかなあ。ほら、なまえちゃんも座って座って」
どう見ても楽しんでいるようにしか見えないその人に促されて、隣に腰を下ろす。
「どうしても刀を使いたくないというのなら、峰討ちで来い」
「…お願いします!」
意気込む千鶴ちゃんを見ながら、数秒後の勝負の結果を想像して、私はまた溜息をついた。
「い、今、何が……」
一瞬で終わったと言っても過言ではないくらいの勝負に、千鶴ちゃんは尻もちをついたまま混乱しているようだ。
「驚いた?一くんの居合は、達人級だからね」
沖田さんが立ち上がって、払われた千鶴ちゃんの小太刀を拾い上げる。
小太刀を払われたことにも気づいていなかったのか、千鶴ちゃんは自分の両手を見て目を見開いた。
「な…あの一瞬で…!?」
「一くんが本気だったら、死んでるよ」
中庭へと降りて千鶴ちゃんに歩み寄り、その両手を優しく握る。
「大丈夫?どこも痛くない?」
「え、あ…うん…」
「師を誇れ。お前の剣には曇りがない。少なくとも、外を連れて歩くのに不便を感じさせない腕だ」
未だに状況が掴めていない千鶴ちゃんに、斎藤さんがそう言った。
寡黙なこの人が誰かを褒めるなんて久々に聞いた気がする。
「一くんのお墨付きかぁ。これって、かなりすごいことだよ」
「あ、あの…」
「巡察に同行できるよう、俺たちから副長に頼んでみよう」
斎藤さんの言葉に、千鶴ちゃんは慌てて頭を下げた。
「ありがとうございます!」
そんな千鶴ちゃんをじっと見て、沖田さんが先程とは違った笑みを浮かべる。
「ただし、逃げようとしたり、巡察の邪魔になるようだったら…殺すよ?」
「はい!!ありがとうございます!!」
「そこはお礼言うところじゃないよ、千鶴ちゃん…」
そんな辛辣な言葉にすら元気にお礼言う千鶴ちゃんに、思わず苦笑する。
「沖田さんも、あまり物騒なことを言わないでください」
そう言ったけれど、当の本人は声を上げて笑うだけだった。
綻び
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