広間に集まった面々の話題は、自然と池田屋でのものになる。
「それにしても、沖田くんや藤堂くんに怪我をさせる程の奴がいたとはね」
源さんが、未だに驚きを隠せないといった様子で言葉を漏らす。
対して、沖田さんは真剣な面持ちで口を開いた。
「次に会ったら、勝つのは僕ですから」
あの金髪の男。
紅の瞳を見て思い出したのは羅刹だったけれど、羅刹の瞳よりもずっと鮮やかで深い色をしていた。
それに、あの異様な空気。
現実離れしている、という言葉がしっくりくるような、あの様子。
それだけじゃない。
どうしてあの男は、私を見て驚いたような顔を見せたのか。
どうして、私の名を尋ねたりしたのか。
「そいつらは、長州の者ではないと言ったそうだな」
斎藤さんの言葉に、平ちゃんが肯定を示す。
「だが、あの日は池田屋も人払いをしていたはずだ」
「てことは……」
「何らかの目的で潜入していた他藩の密偵かもしれない」
「なんだよ、その目的って」
左之さんの質問に対して、斎藤さんはそれ以上は分からないと言った様子で首を横に振った。
人払いをしていたはずの池田屋にいた、長州ではない者。
だとすると、斎藤さんの言うように密偵である可能性が高い。
脳裏に、あの男の姿が浮かぶ。
どうにも引っかかるのだ。
あの目立つ風貌なら、何かしら情報が得られるだろう。
近いうちに少し調べてみようと、私は密かに決心したのだった。
元治元年、七月。
近藤さんから話があるということで、隊士のほとんどが広間に集まっていた。
「会津藩より、正式な要請が下った。長州制圧の為、出陣せよとのことだ」
近藤さんの言葉に、広間が色めき立つ。
池田屋での私たちの働きが認められたのだろう。
近藤さんは誇らしげに、広間を見渡している。
平ちゃんも瞳を輝かせて意気込んでいるけれど、まだ傷が治りきっていないのだから、と新八さんに止められている。
結局、先の事件で傷を負った沖田さんと平ちゃん、そして山南さんは屯所に残ることになった。
近藤さんが不意に千鶴ちゃんへと視線を向けて、口を開く。
「雪村くん。君も一緒に行ってくれるか?」
思いも寄らない言葉に、千鶴ちゃんが目を丸くして驚いている。
その隣で私も驚きながら、遠慮がちに告げた。
「近藤さん、この子を連れて行くのは、少し危険なのでは…?」
池田屋で、彼女が自分の身を顧みずに乱闘の中へ飛び込んでしまうのを知ってしまった私は、不安を拭えない。
彼女は新選組預かりではあるけれど、隊士ではないのだ。
もし、長州の過激派に襲われて、怪我でもしてしまったら。
「戦場に出てくれという訳じゃない。伝令や負傷者の手当てなど、今は一人でも人手が欲しい」
「無理にとは言わねえ。行くか行かないかは自分で決めろ」
笑いながら答える近藤さんに続いて、土方さんも口を開いた。
土方さんまでそんなことを言うなんて。
「なまえちゃん、少し心配しすぎなんじゃない?」
私の心配を察したのか、沖田さんが苦笑混じりにそう言った。
「沖田さん…」
「近藤さんだってああ言ってるんだし、大丈夫じゃないかな」
「そう、でしょうか…」
それでも、私の中の不安は消えない。
「私……」
千鶴ちゃんがまわりを見渡し、最後に私に視線を向けた。
私がどう思おうと、決めるのは彼女自身。
そう思って、私は頷く。
「私でも、何かのお役に立てるなら…行きます!」
言い切った彼女の強さに気付いて、安堵の表情を浮かべる。
もしかするとこの子は、私が思っている以上に強い子なのかもしれない。
「無理はしないでね、千鶴ちゃん」
「うん、ありがとう」
新八さんを筆頭に隊士たちが意気込むのを眺めていると、人知れず広間を出て行く山南さんに気付いた。
その後を追い部屋を出て声をかけようとしたけれど、喉まで出かかっていた言葉を飲み込む。
左手に視線を落とす山南さんの背中を見るだけで、その人が落胆と絶望を感じているのが分かった。
「……なまえさん」
こちらを見ないまま、山南さんは私を呼ぶ。
「私の左腕は、もう使えないようです」
淡々とそれだけを告げて、山南さんは行ってしまう。
私はどうすることもできず、その場に立ち竦むことしかできなかった。
--------------
「我ら新選組はこれより、京都守護職の命により出陣する!」
近藤さんの言葉を合図に、私たちは誠の旗を掲げ、屯所を発った。
隣を歩く千鶴ちゃんを見ると、緊張しているのか顔が強張っている。
「大丈夫?千鶴ちゃん」
声をかけると、千鶴ちゃんは私を見て笑みを返した。
「うん、ちょっと緊張しちゃって…ちゃんとした出陣に参加するのは初めてだから」
「そうだよね。私も、こうやって屯所を出るのは初めてなの」
私は新選組の隊士だけど、主な仕事は外部での諜報活動だ。
だから、こうして他の隊士たちと出陣した経験はこれが初めてになる。
今回は千鶴ちゃんが同行するということもあって、私は彼女と共に行動するよう土方さんに指示されているのだ。
「なまえちゃんは、いつから新選組にいるの?」
「私は……ちょっと長くなる話だから、この話はまた今度ゆっくり話すね」
私の言葉に、千鶴ちゃんは分かった、と頷いてくれた。
そんな話をしているうちに、私たちは指定された伏見奉行所に到着する。
「会津中将松平容保様お預かり新選組、京都守護職の要請により、馳せ参じ申した」
近藤さんが朗々と門番に告げる。
でも、返ってきた門番の言葉は私たちの想像とは異なるものだった。
「要請だと?そのような通達は届いておらん」
通達が届いていないなんて、おかしな話だ。
私たちは確かに、要請を受けているはずなのに。
「しかし、我らには正式な書状もある!上に取り次いでいただければ……」
「取り次ごうとも回答は同じだ!さあ、帰れ。壬生狼ごときに用は無いわ!」
言い募る近藤さんに、伏見奉行所の者は聞く耳を持とうとしない。
上に取り次ぐ気すらないのか。
私たちを邪険にする彼らに、少しだけ怒りが湧く。
「ひどい…あんな言い方って…」
「要するに、たかが少し成果を上げたくらいじゃ認めてもらえないってことでしょうね」
「ま、俺たちの扱いなんざ、こんなもんだ」
左之さんがそう言って、千鶴ちゃんの肩に手を置いた。
「でも…」
「所司代は桑名藩の仕事だ。俺らが下手に騒げば、会津の顔を潰しちまうかもしれねえし」
それもそうかもしれない。でも。
そう考えていると、斎藤さんが近藤さんに何か耳打ちするのが見えた。
大方、会津藩邸に行って指示を仰いだ方が早いとでも話しているのだろう。
結局私たちは、そのまま会津藩邸に向かうことになった。
近藤さんが藩邸の重役と話した結果、私たちは今度は九条河原へ向かうように指示が下った。
目的地に到着したときには、既に日は大きく傾いていて、視野を橙に染めていた。
「新選組が我々会津藩と共に待機?そんな沙汰は受けておらんな。すまんが、藩邸に問い合わせてくれぬか」
会津兵は私たちを見て、そう告げる。
さすがに千鶴ちゃんも不満を隠せない様子だ。
まわりの隊士たちも、いい加減にしてくれと言った風情で顔をしかめる。
怒りを露わにした新八さんが隊士を押しのけ、近藤さんの隣に出る。
「お前らの藩邸がな、新選組は九条河原へ行けって言ったんだよ!」
それを近藤さんが制し、あくまで穏やかに口を開いた。
「陣営の責任者と話がしたい。上に取り次いでもらえますか?」
その後、九条河原で会津兵と待機することになった私たちは、火を起こしそれを囲んで座った。
「結局、待機ですか…」
「どうやらここの会津兵たちは主戦力じゃなく、ただの予備兵らしい」
様子を見に行っていた源さんが、そう告げる。
焚火の光の当たり具合のせいか、源さんの顔が若干怖いことは言わないでおこう。
「会津藩の主だった兵たちは、蛤御門の方を守っているそうだ」
「それでは新選組も、予備兵扱いってことですか?」
「必然的に、そうなるね」
源さんと千鶴ちゃんの会話を聞きながら、唇を噛む。
予想していなかったわけじゃない。
伏見奉行所で邪険に扱われた時点で、新選組が頼りにされていないことは薄々感じていた。
新八さんが悔しそうに舌打ちする。
「屯所に来た伝令の話じゃ、一刻を争う事態だったんじゃねえのかよ」
「状況が動き次第、即座に戦場に馳せる。今の俺たちにできるのは、それだけだ」
苛立つ新八さんに対して、斎藤さんはあくまで冷静だった。
「千鶴。休むなら言えよ。俺の膝くらいなら貸してやる。ああ、なまえも遠慮すんなよ」
「だ、大丈夫です…!」
「はいはい、せめて冗談は座敷のときだけにして下さいね」
顔を赤らめる千鶴ちゃんをかわいいなと思いながら、左之さんの冗談をさらりと受け流す。
「なんだよ、相変わらず釣れねえな、なまえは」
「何言ってるんですか。いつものことでしょう?」
「左之、あんまりなまえに突っかかると怒られるぞ」
新八さんが笑いながらそう言うと、左之さんは同じように笑った。
またその話か、と思って新八さんを軽く睨む。
何も知らない千鶴ちゃんは、不思議そうに首を傾げている。
「怒られるって、誰に?」
「別に、怒られるなんて……」
「なまえは昔から大事にされてるからなぁ。な、斎藤」
新八さんに話を振られた斎藤さんは、無言だったけれどしっかり頷いた。
斎藤さんがそんなに頷くなんて、その通りとでも言いたいのだろうか。
千鶴ちゃんはやっぱり女の子だからか、そんな話題にどことなく期待した目で私を見ている。
「まさか、千鶴は知らねえのか?あの話」
「あの話ってなんですか?原田さん」
「角屋に潜入してたなまえに手を出そうとした浪士が……」
「左之さん、それ以上喋ると角屋に出入り禁止にしますよ」
私の言葉に左之さんは苦笑しながら口を閉ざした。
千鶴ちゃんは残念そうにこちらを見る。
そんなに聞きたかったのか。
「……そんなに聞きたいなら、今度時間があるときにゆっくり話すから」
「うん!楽しみにしてる!」
嬉しそうに頷く彼女に微笑みながらも、心の内で溜息をついた。
九条河原で待機したまま、夜が更けていく。
何があっても動けるようにと目を閉じて待っているけれど、指示はない。
そして、何も起こらないまま夜明けを迎えた。
ふと瞼を上げて隣の千鶴ちゃんに視線を送ると、彼女はうとうとと首を上下に揺らしている。
彼女の揺れる頭を自分の肩へ寄せようとしたとき、夜の静けさを破って大砲を音が響き渡った。
はっとして顔を上げ、音の方角を探る。
斎藤さんや左之さんたちも立ち上がって、まわりを見渡していた。
千鶴ちゃんも起きたようで、驚いた様子できょろきょろと視線を向けている。
「あそこ…!」
御所の方角の空が赤く染まり、黒煙が空に向かって伸びている。
「行くぞ!」
斎藤さんがそう言って、走り出した。
私も立ち上がった千鶴ちゃんの手を引いて、その後を追う。
土方さんや他の隊士たちと合流して移動しようとすると、会津兵がそれを引き留める。
「待たんか新選組!我々は待機を命じられているのだぞ!」
「長州の野郎共が攻めこんで来たら、援軍に行く為の待機だろうが!」
「し、しかし、出動命令はまだ…」
土方さんの怒声に、会津兵が怯む。
こんなときですら、上からの命令がなければ何もできないというのか。
渋る会津の言葉に苛立った土方さんが、眉を顰めて口を開く。
「自分の仕事に一欠片でも誇りがあるなら、てめえらも待機だ云々言わずに動きやがれ!!」
それだけ言い残し、土方さんは先陣を切って御所へと向かっていく。
背後で会津兵が戸惑う様子を感じながら、私は千鶴ちゃんの手を引いたままその背中を追った。
御所の近くに辿り着いたときには、酷い有様だった。
火薬と血の匂いに、思わず顔をしかめる。
千鶴ちゃんが隣で息を飲むのが聞こえた。
視界の隅に何かが動いたのを捉えてそちらへ視線を向けると、負傷した味方の兵だった。
すかさずそちらへ駆け寄って、声をかける。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ…」
意識はあるようだ。
私の顔も見えているようで、痛みに顔を歪めながらもその人は頷いた。
近くにいた隊士に頼んで、指定の場所へ怪我人を運んでもらう。
「なまえ!」
聞きなれた声が私の名前を呼んだ。
振り返ると、蛤御門の警護に回っていた山崎さんの姿がそこにあった。
「君は原田さんと共に公家御門へ行け。そこでの負傷者の手当てを頼む」
「分かりました。山崎さんは?」
「俺は引き続きここで任務にあたる。行け」
「はい!」
今はまだ、気を緩めている暇はない。
私は左之さんの隊に混ざって公家御門へと向かった。
公家御門に着いた私たちは、長州勢と攻防を繰り広げていた。
刀を手に迫ってくる敵の一人を、左之さんの槍が貫く。
「お前ら!御所に討ち入るつもりなら、まずは俺を倒してからいくんだな!」
鮮やかな槍さばきで、左之さんは長州兵へ言い放った。
なんて逞しい背中だろう。
さすが、組長の肩書を持つ人だ。
「死にたい奴からかかってこいよ!」
左之さんの勢いに気圧された長州勢が踵を返すのを見て、すかさず会津兵がその後を追う。
そのとき、一発の銃声が鳴り響いて、長州を追おうとしていた会津兵の一人を撃ち抜いた。
咄嗟に人ごみをかき分けて、撃たれた兵に駆け寄る。
肩を撃たれたようで、苦しげに呻いているけれど、まだ生きていることに安堵した。
さっきの長州の人間の中に、銃を持った兵なんて見えなかった。
だとすると、増援が来たのだろうか。
そう思って、土煙が舞う中へ目を凝らす。
しかし、私の予想に反して現れたのは、群青色の髪を持った長身の男一人だけだった。
戦場にそぐわない軽装に目を瞠ったけれど、その手にはたしかに拳銃が握られていた。
「なんだ?銃声一発で腰が抜けたか?」
その男は口元に笑みを浮かべながらそう言った。
「光栄に思うんだな。てめえらとは、この俺様が遊んでやるぜ?」
まるで戦うことが楽しいとでも言った口ぶりで話すその人に、ぞわりと悪寒が走る。
「あなた一人で、私たちと戦うつもりですか?」
気付くとそう言っていた。
彼にとってはこの状況は多勢に無勢だろう。
いくら拳銃を持っていたとしても、たった一人で勝てるはずがない。
私の言葉に、その男は眉を顰めてこちらに視線を向けた。
その瞬間、驚いたような表情を浮かべて私を凝視する。
「お前……」
信じられないとでも言うように、彼は小さく呟いた。
同じだ、と思った。
池田屋で、金髪の男と対峙したときと同じ。
私を見て、驚きにその瞳を見開くのだ。
不意に、私の視界が浅葱色に染まる。
それが左之さんの背中だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「遊んでくれるのは結構だが、お前だけ飛び道具を使うのは卑怯だな」
そう言って、左之さんはその男に向かって槍を突くけれど、男はそれを避け、数発銃を放った。
弾が左之さんに当たることはなく、二人はお互いに攻防を繰り広げている。
少しの攻防のあと、男が高く跳躍して距離を取る。
「てめえは骨がありそうだな。にしても、突っ込んでくるか?普通」
「小手先でごまかすなんざ、戦士としても男としても二流だろ」
左之さんの言葉に、男は感心したように口笛を吹く。
「俺は不知火匡だ。お前の名乗り、聞いてやるよ」
「新選組十番組組長、原田左之助!」
「そろそろ頃合いだ。今日のところはここまでにしてやる。新選組の原田左之助、俺様の顔をしっかり覚えておくんだな!」
不知火は一度だけ私に視線を移して複雑な表情を浮かべたあと、再び左之さんに挑戦的な視線を向ける。
「次は殺す!」
それだけ言い残し、不知火と名乗った男は姿を消した。
「…おい、なまえ」
不知火が消えた方向を眺めていた左之さんが、こちらを見ないまま私を呼ぶ。
「お前、あいつと知り合いか何かか?」
「いいえ…初めて会った人です」
左之さんもあの男の表情に違和感を感じたのだろう。
そういうことには鋭い人だから。
でも、どんなに私が記憶を手繰り寄せても、あんな男は見た覚えがないし、名前も聞いたことがない。
不知火なんて苗字は珍しいから、きっと一度聞いたら忘れないはず。
私の言葉に、左之さんはそうか、と返しただけだった。
この後、生き残った長州の過激派浪士によって京に火が放たれ、甚大な被害を与えた。
これらの行為により、今後長州は朝廷に刃向う逆賊として扱われることとなったのである。
『ねえ、父さま、母さま』
焼け跡を前にして、幼い少女と、二人の男女が立ち尽くしている。
少女は、手を繋いでる男女を見上げていた。
ああ、これは幼い頃の夢を見ているのだ。
ここは、それまで私たち一家が暮らしていた村があった場所。
『みんなは、どこに行っちゃったの?』
幼い私の問いに、両親は答えることはなかった。
母は黙って私を抱きしめ、父は私の頭を撫でるだけ。
どうして今頃、こんな夢を見ているのだろう。
そうか。京の町が焼けたのを見てしまったからか。
『あなたは、私たちが護る。絶対に』
『あいつらの手には、何があっても決して渡さない』
涙を流しながら震える声で言った母。
見たこともないような真剣な顔で呟いた父。
その表情と言葉は、何年も経った今になっても、私の脳裏にひどく焼き付いている。
あの頃の私には、その両親の言葉が一体何を示しているのか分からなかった。
いや、今でも分からない。
この後、両親は姿を消してしまい、私は知り合いの家を転々とした後、奥多摩の近藤さんの家に預けられたのだから。
ふと目を開けると、視界に広がったのはいつもの天井だった。
ゆっくりと身体を起こして、寝間着のまま外の空気を吸う為に縁側に出る。
腰を下ろして空を仰ぐと、三日月だった。
まだ月が高いから、夜明けまでには時間があるようだ。
父と母は、一体何から私を護ろうとしていたのだろう。
村が焼かれたのは、どうしてだったのだろう。
不意に、私を見て驚いていた金髪の男と不知火という男を思い出した。
彼らはまるで私を知っているようだったけれど、私は彼らに会った記憶なんて全くない。
彼らは、私を知っているのだろうか。
仮に知っていたとして、どうして私を知っているのだろうか。
「なまえちゃん…?」
突然名前を呼ばれて振り返ると、私と同じように寝間着姿の千鶴ちゃんが立っていた。
そういえば、彼女の部屋は私の部屋の隣になったことを思いだす。
「眠れないの…?」
「うん。ちょっと、夢見が悪くてね…千鶴ちゃんは?」
「私も、なんだか眠れなくて…隣、座ってもいいかな?」
「どうぞ」
寝間着のまま、二人並んで腰掛ける。
もし私に気付いたのが山崎さんだったら、きっと怒られただろうなとぼんやりと思った。
「どうせ夜はまだまだ明けないから、私の話でもしようか?」
そういえば彼女が聞きたそうにしていたなと思いそう言うと、千鶴ちゃんは嬉しそうに頷いた。
その数刻後、縁側で談笑する私たちの声を聞きつけてやって来た山崎さんによって、私たちが部屋へ追い返されたのは言うまでもなかった。
疑問
戻