まだ体調が万全でない沖田さんと、自ら体調不良を申し出た平ちゃんは、今回も参加していない。
さすがに将軍を襲おうなんて無謀な計画を実行する輩もいないということで、今回も千鶴ちゃんには同行してもらうことになった。
伝令の役目を千鶴ちゃんと分担していた私は、警護にまわる隊士たちに呼びかけながら千鶴ちゃんと落ち合う場所に向かっていた。
「次の交代は、亥の刻になります!三番組は、中庭の方へ回ってください!」
私の担当していた場所が終わり、人気がまばらになる。
千鶴ちゃんも、もう終わっただろうか。
そう考えながら走っていると、千鶴ちゃんの姿が見えた。
声をかけようとしたけれど、彼女の様子がおかしいことに気付く。
そして彼女を見下ろすようにして、城壁の上に佇む三つの人影が目に入った。
「あれは…!」
三人のうち二人は私にも見覚えがある。
池田屋で見かけた金髪の男と、公家御門で銃を持っていた不知火という男。
そういえば、金髪の男は風間と名乗ったと聞いている。
もう一人は見たことがないが、様子を見る限り彼らは仲間なのだろう。
小太刀を抜きながら千鶴ちゃんへと駆け寄り、彼女を背に庇う。
「なまえちゃん…!」
「千鶴ちゃんは下がって。こちらに何か御用ですか?」
頭上の三人の視線が私に集まるのを感じた。
「これは……まさか、ここまで似ているとは…」
「驚いただろう、天霧」
天霧と呼ばれた長身の男は、あまり表情を表に出さないであろう顔に驚きの色を浮かべている。
不知火の方へ視線をやってみても、彼は複雑な表情で私をじっと見下ろしているだけだった。
「なまえちゃん、この人たち、私となまえちゃんのことを知ってるみたい…」
千鶴ちゃんが、困惑を隠せない様子で言った。
やはり、彼らは私を知っているのか。
それなら、あの表情の意味も理解できないわけではない。
でも、私がいくら彼らについて調べてみても、何一つ情報は得られなかった。
いろいろな人に聞いてみたけれど、見かけたことがあっても詳しくは知らないという答えしか返ってこなかったのだ。
「どうして、私たちのことを知ってるんですか?あなた方は何者なんですか?」
「…やはり、知らぬか」
私の問いに、風間は答えない。
その男は城壁から飛び降り、私たちの目の前へとふわりと着地する。
小太刀を握り直して、じっと見据えた。
私が敵意をむき出しにしているというのに、その男は敵意を露わにするどころか、懐かしむような瞳で私を見つめている。
どうして、そんな顔をしているのだろうか。
小太刀を握る手が、震えるのを感じる。
「右腕に、痣があるだろう」
「え…?」
風間が発した言葉に、小さく声を漏らす。
たしかに、私の右腕には小さな痣がある。
二の腕に生まれつきあるそれは、他人に見せたことはほとんどない。
それを、どうしてこの男が知っているのだろうか。
私が黙ったままなのに焦れたのか、風間は私へと歩み寄る。
そして私が抵抗する間もなく、彼は私の右腕を掴み上げると袖を捲り上げた。
手にしていた小太刀が、音を立てて地に落ちる。
そして露わになった、小さな痣。
それを見た風間が、短く息を吐く。
「まさか、本当に生きていたとはな」
「っ…放して!」
その手から逃れようと振り払うと、思ったよりも呆気なく彼の手から解放された。
落とした小太刀を拾って、千鶴ちゃんの手を引いて距離を取る。
しかし、彼は私を一瞥しただけで、城壁の上に佇む影へと視線を向けた。
「不知火。やはり、こいつは千春の片割れだ」
「それくらい、見りゃ分かる。瓜二つにも程があんだろ」
千春の片割れ。
風間は私を差してそう言った。
一体どういうことなんだろう。
私は、誰なんだろう。
風間は再びこちらを向き、私たちを見た。
「女鬼は貴重だ。共に来い」
「おいおい、こんな色気のない場所、逢引にしちゃ趣味が悪いぜ」
突然響いた声に、声の主へと視線を向ける。
原田さんと斎藤さんが、こちらへと向かってきていた。
「原田さん、斎藤さん…!」
その途端、風間は眉を寄せて再び敵意を剥き出しにした。
「お前たちは下がっていろ」
背後から現れた土方さんが、私の肩に手を置いて背に庇う。
皆が来てくれたことに安堵して、混乱していた心が少しだけ落ち着くのを感じた。
「将軍の首でも取りに来たかと思えば、こんなガキ共に一体何の用だ?」
「将軍も貴様らも今はどうでもいい。これは我ら鬼の問題だ」
土方さんの問いに、風間はわけの分からない答えを告げる。
さっきも、女鬼は貴重だ、とか言っていた。
鬼なんて存在は、御伽噺の中のものじゃないのだろうか。
土方さんも同じように思っているのか、眉を寄せている。
「退いていただけませんか?禁門のときと同様、私は君と戦う理由がない」
天霧と呼ばれた長身の男は、斎藤さんに向けてそう告げる。
しかし、斎藤さんはそれに険しい表情で答えた。
「生憎だが、俺にはあんたと戦う理由がある」
「仕方ないですね」
天霧は溜息をついて構えを取り、斎藤さんと対峙する。
視線を巡らせると、左之さんは石壁の上に飛び乗り、不知火と向き合っていた。
風間はその場に佇んだまま、こちらを見ている。
千鶴ちゃんが小太刀に手をかけたのが見えてその手を制そうとすると、私より先に山崎さんの手が伸びた。
「その必要はない」
「山崎さん…」
「君となまえは、このまま俺と屯所に戻れ」
山崎さんがそう言うと、風間が突然抜刀した。
土方さんも抜刀しそれに応戦する。
「てめえらは、なんだってこんなガキに用がある!?」
「千鶴となまえは、お前たちには過ぎたもの。だから我らが連れ帰る。それだけだ」
「どういう意味だ!」
そう叫ぶと共に、土方さんが風間の刀を弾いた。
遠くから、騒ぎを聞きつけた隊士たちが走ってくる姿が見える。
「これ以上の戦いは無意味です。長引いて興が乗っても困るでしょう」
「確認が叶った以上、長居は無用」
斎藤さんと対峙していたはずの天霧が、いつの間にか風間の傍にいた。
天霧の言葉に、風間は刀を収めてこちらを見る。
「いずれまた、近いうちに迎えに行く。待っているがいい」
そう言い残して、風間は天霧と不知火と共に姿を消した。
彼らが消えた方向をじっと見上げていると、隣の千鶴ちゃんの身体が傾いだのに気付いて、慌てて支える。
「大丈夫?千鶴ちゃん」
「う、うん…」
「おい、お前ら」
土方さんが、険しい表情で私たちへ視線を向けた。
「あいつらに狙われる心当たりでもあるのか?」
何も分からない私は首を横に振る。
千鶴ちゃんも同じように否定した。
その後、私と千鶴ちゃんは山崎さんと共に屯所へ戻った。
「なまえ」
自室へ戻ろうとすると、山崎さんに呼び止められて足を止めた。
その表情はいつにも増して険しい。
「本当に、心当たりがないのか?」
「…ありません。どんなに記憶を辿っても、あの人たちに会った覚えなんて…」
あれだけ目立つ風貌なのだ、会ったことがあるなら覚えているはず。
でも、そんな記憶はない。
なのに、彼らは私を知っていた。
名乗った覚えなんてないのに、私の名前を知っていて、連れて行くと言ったのだ。
「あの、山崎さん。千春という人を知っていますか?」
ふと風間の言葉を思い出して尋ねてみるけれど、目の前のその人は首を横に振る。
「いや…それが、どうかしたのか?」
「風間が、私はその千春の片割れだと言っていました」
「片割れ…?」
「私にもよく分かりません。片割れというからにはおそらく双子だとか、そういう意味なのかもしれませんけど…私には双子どころか兄弟すらいないし、両親ももういないのに…」
千春、というその名前が、未だに私の耳に焼き付いている。
私の芸妓としての名前と似ているからかもしれないとも思ったけれど、たったそれだけでこんなにも耳に残るものだろうか。
そんなことを考えていると、不意に頬に温もりが触れる。
彼の手が触れるだけで、戸惑いに揺れる心が落ち着いた。
「今日はもう休んでいい。引き止めて悪かった」
「いえ…おやすみなさい」
「ああ」
山崎さんに促されて、私は自室へと戻って早々に床に就いた。
相当疲れていたのだろう、布団に身体を潜り込ませると、私は吸い込まれるように深い眠りに落ちていった。
二条城警護の日からしばらくして、新選組の屯所に松本良順というお医者さまが来た。
隊士たちの健康診断をしてもらえるということで、私は朝から松本先生の手伝いをしている。
「診察を円滑に進めたいので、待っている間に上を脱いでいてくださいね。あ、並んだ人はここに所属と名前を書いてください」
先生と隊士たちの間をまわりながら、仕事をこなす。
医療面ではさすがに私や山崎さんたちでは手が回らないところもあったから、こうしてちゃんとしたお医者さまに診て頂けるのは嬉しい。
「な、なんですか!?これは!!」
妙に甲高い女言葉が聞こえて、溜息をつきながらそちらへ向かう。
案の定、上半身を露出した隊士たちを前に伊東さんが立ち竦んでいた。
「見てわかりませんか?健康診断です。良かったら伊東さんもぜひ……」
「わ、私は結構です!!あなた、よくこんな場所にいられますね!!」
捨て台詞なのか何だかよく分からないものを言い放って、伊東さんは足早にどこかへ行ってしまった。
こんな場所、と言われても、長い間一緒にいる私にはどうってことない景色だ。
背後で起こる隊士の笑い声を聞きながら、私は松本先生の手伝いを続けるべく先生の元へ戻る。
「はい、次の人」
「おう!いっちょ頼んます、先生!」
松本先生の言葉に、やっと出番が来たとでも言うように新八さんが元気な返事を返す。
返事までは良かったのだが、診察を受ける気があるのかないのか、新八さんはひたすら自分の肉体美を見せつけているだけだ。
「どうすか?剣術一筋で鍛えに鍛えたこの身体!」
「あの、新八さん、診察なんですけど……」
呆れたのか何も言わない松本先生の代わりに遠慮がちに口を開くと、順番待ちの隊士の間から平ちゃんが顔を出した。
「しんぱっつぁんの場合身体は頑丈だもん。診てもらうのは頭の方だよなあ」
「ああ?余計なこと言ってっとシメんぞ平助!」
「新八さん!診察するのでこっちを向いてください!」
私の言葉にようやく大人しくなった新八さんの身体を診察した松本先生が、頷いて彼の身体から手を離す。
「永倉新八、と…よし、問題ない。次」
「ちょ、先生!もっとちゃんと見てくれよ!」
「いやいや、申し分ない健康体だ」
問題ないと言われているのになぜか不服そうな新八さんに、さすがにもう呆れて何も言えない。
「新八!後ろがつかえてるんだからさっさと終わらせろ!」
「そうじゃなくてよ!もっと他に診るところがあんだろ!」
「診察は診てもらうものであって見せつけるものじゃない。さっさとどけ」
「斎藤さんの言う通りですよ。ほら、もう終わりましたからさっさと行きますよ、ほら!」
未だ不満そうな新八さんを出て行かせようと出口へ背中を押していく。
途中で診察待ち左之さんが、新八さんに向けて腕の筋肉を見せつけてきた。
それに気付いた新八さんが、負けじとまた意気込み始める。
目の前でどちらの筋肉が美しいかとかそんなことを聞かれ始めて、私は答える気力も眺める気力も失くして大きく溜息をついた。
全隊士の診察を終えた後、私は松本先生の片付けを手伝っていた。
「松本先生、今日はありがとうございました」
「まったく、思った以上に酷かった…」
先生の言葉に申し訳なくなって苦笑するしかできない。
「私もいくらか様子を見るようにはしているんですが、人数も増えたせいか、なかなか手が回らなくて…」
「まぁ、君だけのせいではない。こういうことは、全員が気を付けねばならないことだからな」
そう話していると、近藤さんが姿を現す。
「松本先生、健康診断はどうでしたかな?」
「怪我人や病人を合計したら、全隊士の三分の一近くになるんじゃないか?」
「なんと…!?」
近藤さんも予想していなかったのか、驚きの表情を見せる。
それを見た松本先生は、立ち上がって近藤さんに詰め寄った。
「なんと、じゃないぞ近藤さん!あんたらは今まで何をやってたんだ!切り傷から渋り腹まで、この屯所は病の見本市だぞ!」
「病の、見本市?」
「まずは病室を用意し、そこに病人を運び込む!衣類は全て消毒!埃を払い、とにかく屯所を清潔に!!」
「あ、ああ…」
これはもしかしたら大掃除になるかもしれない、と松本先生の言葉を聞きながら私は思った。
案の定、その日は一日大掃除に充てられることとなった。
障子を外して掃き掃除をしたり、廊下に雑巾をかけたり、布団を干したりと、動ける隊士を総動員してもやることはたくさんある。
その大掃除がようやく一段落したのは、夕暮れ時だった。
幾分綺麗になった屯所を眺めながら庭を歩いていると、ふいに肩を叩かれる。
振り返ってみると、そこには山崎さんがいた。
「山崎さん…どうかしました?」
「話がある」
綺麗になった屯所とは反対に、彼の表情は堅く険しい。
何かあったのだろうか、と不安になりながらも彼の後を追う。
着いた先は、彼の部屋だった。
何か内密な話なのだろう。
私は気を引き締めて、山崎さんの前に座った。
「これから話すことは、絶対に他人に漏らすな」
「分かりました」
私の返事を聞いて彼は頷き、再び口を開く。
「単刀直入に言う。沖田さんは、労咳だ」
発された言葉に、驚くことはなかった。
予想はしていた。
「松本先生の、診断なんですね…?」
「そうだ。本来なら今すぐ新選組を離れて療養すべきなのだが、沖田さんの希望で新選組に残ることになった」
「沖田さんらしいと言うか何と言うか…どうせ、新選組にいることが自分の全てだ、とか言ってるんでしょうね」
最近、やたらと咳き込む姿を目にしていた。
声をかけても、大丈夫だ、心配ないの一点張りで、まともに取り合ってはくれなかったけれど。
池田屋での吐血も、最近増えてきた咳も、労咳からくるもの。
予想していなかったわけではないけれど、いざ診断されると心配になってしまう。
「これも沖田さんの希望だが、局長や副長たちにも言わないで欲しい、ということだ。だから、絶対に口外はするな」
「…あの人のことですから、もしかして私にも言うなって言われているんじゃありませんか?」
沖田さんは昔からそうだった。
私の前では絶対に泣き言を言わない。涙も見せない。
不貞腐れることはあっても、彼が私の前で弱音を吐いたことはなかった。
私に心配かけたくないから、と言って。
私の問いに、案の定彼は頷く。
「だが、俺一人では手の回らないところもある。そこは君に任せたいが…できるか?」
答えは決まっている。
沖田さんは、私にとって大切な存在だ。
幼い頃から一緒にいてくれて、身寄りのなかった私に優しくしてくれた。
「もちろんです。私にできることなら何でもします」
本当は、身体を大事にして欲しい。
でも、あの人にとってはこの新選組にいることが、近藤さんの傍にいることが生きる意味なのだということを私は知っている。
それならば、少しでもそれが叶うよう私が力を尽くそう、と思った。
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