日曜日
夢の終わり
「ここが、近藤勇の墓所のひとつです」東京、板橋。
私にとって、とても大切な場所。
奥の慰霊碑を見上げながら、私は説明する。
「墓所とは言っても、ここに遺体が埋葬されてるわけじゃなくて、慰霊碑みたいなものが建てられているんです。詳しいお墓は、あまりはっきりしていなくて…」
「そうか…」
中へ足を踏み入れて、山崎さんはある一点を見つめた。
「永倉さんの墓もあるのか…?」
彼が見ていたのは、“新選組永倉新八墓”と刻まれた墓標。
「ここは、永倉さんが中心となって造られたんです。だから、遺髪が埋葬されているそうですよ」
永倉さんのお墓の前で手を合わせてから、さらに奥へと進む。
「これが、近藤さんと土方さん、そして新選組隊士たちの慰霊碑です」
この場所で、一番高く、それでいてひっそりと佇むこの慰霊碑。
いつも、これの前に立つと無性に切なくなる。
「右側には戦死した隊士たちの名前。左側には病死や変死した隊士たちの名前が刻まれています」
彼らの生きた証が、ここに残されている。
彼らが、命を賭けて幕末を生きた証拠が。
「俺の名前も、ここに刻まれているのか…?」
「はい…こっちです」
慰霊碑の右手へまわって、彼の名前が刻まれている場所を指差す。
「あそこです。原田さんの隣…」
一番上の、右から三番目。
そこに、彼の名前は刻まれている。
井上さんや、原田さんの名前と同じ列に。
視界が霞む。
熱いものが込み上げてくるけれど、必死でそれを抑える。
ここへ来ると、いつもそう。
彼らが生きた証が残っていることが嬉しくて、つい涙が零れてしまう。
私の隣に立つ彼は、じっとその慰霊碑を見つめている。
ここに刻まれている山崎烝という人は、この人そのものではない。
あくまで彼は創作の産物であって、名前が刻まれたのは現実に存在していた人。
きっと、彼もそれは分かっている。
それでも、やっぱり何か思うことはあるのかもしれない。
「こちらの世界の俺は…」
しばらく沈黙していた彼が、静かに口を開いた。
「戦で死ぬのだな…」
黙って頷くと、彼は儚げな笑みを浮かべる。
「もし、こちらの山崎烝も俺と同じような人間なら、本望だっただろう」
その言葉の直後、突然彼の姿が霞んで見えた。
「山崎さん…身体が…!」
私に言われて気付いたのか、彼も自分の身体を見て目を見開いて、それから納得したような声を上げた。
「ここへ来る前と、同じだ」
「それじゃ…元の世界に…?」
私の言葉に、彼は黙って頷く。
まさかこんなに突然だなんて思わなくて、堪えていた涙が一気に溢れだした。
彼は、そんな私の涙を見て、驚いた表情を浮かべている。
「あのっ…」
嗚咽を必死に堪えて、彼に言う。
もう、止まれない。
「慶応四年の…一月っ…」
きっと、何の効果もない。
だけど。
「どうか…お気を、つけてっ…」
言わずにはいられなかった。
抑えられなかった。
これからの彼の人生を思うと、どうしても。
「…ありがとう」
彼の指が、私の涙を優しくぬぐった。
「この世界へ来て、君に逢えて、良かった」
彼の表情があまりに優しくて、どうしようもないくらい切なさが込み上げる。
「またいつか、逢えるだろうか…」
それは、きっと叶わない。
私たちは、存在する世界が違うから。
だけど、私は頷く。
「はい…きっと…!」
たとえ叶わなくても、儚い願いだったとしても、今だけは信じていたい。
彼がこの世界にいたことを、彼と同じ時間を過ごせたことを、いつまでも覚えていたい。
彼は嬉しそうに笑って、私の頬に手を添える。
「ならば…もし、もう一度逢えたら、そのときは君と……」
その言葉を言い終わらないうちに、彼はふっと掻き消えた。
まるで。
初めからそこにいなかったかのように。
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