再び、月曜日
そして、また

静かになった家の廊下を、ひたひたと歩く。
和樹も、もちろん山崎さんも、もういない。
彼が消えたすぐ後に、和樹から電話がかかってきた。
山崎さんに貸していた服が、突然目の前に落ちていたことと、彼が身につけていた緑色のあの衣が消えた、という内容だった。
帰ってきて驚いたのは、彼がここにいたという証が、全て消え去っていたこと。
彼が使っていた部屋も、何もかもが、元通りになっていた。
トリップとは、別世界へ行くということは、やっぱり本当はあり得ない話なのだろうか。
だから、まるで存在していなかったかのように、消えてしまったのだろうか。
いつか、彼が帰ってしまうことなんて、分かっていたはずなのに。
こんなにも寂しく思うのは、どうしてだろう。

ソファに身体を預けるようにして座って、なんとなく携帯を手に取って、画像フォルダを開く。
そして表示されたものに、私は息を呑んだ。
浅葱色の羽織に腕を通して、照れくさそうに微笑んだ彼の写真。
残っていた。
彼が、この世界にいたという証が、ここに。

たった一週間だけだったのに、数ヶ月一緒にいたような気がする。
だからなのか、とても切なくなってきた。
泣き出しそうになった時、突然携帯が震える。
ディスプレイに表示されたのは、和樹の名前。

『あ、もしもし?』
「…なに?」

電話の向こうから聞こえる幼なじみの声は、いつもより小さかった。

『いや…大丈夫かと思って…』

あいつはあいつなりに、心配してくれているんだと思う。
こういうときにやたら優しくしてくれるのは、昔から変わらない。

「大丈夫だよ」
『そうか?それなら、いいんだけどさ…』
「あ、そうだ」

言い忘れていたことがあった。

「ありがとう、和樹」

こいつがいなかったら、おそらく私は何もできなかったと思う。

『…なんだよ、いきなり』
「いや、いろいろお世話になったな、とね」
『なんか気持ち悪いな、お前が俺に感謝とか…』

…やっぱり前言撤回。

「うるさい黙れ窓からfly awayして星になればいいのに」

そう言うと、和樹は笑った。

『分かった分かった。じゃ、また何かあったら言えよ』

電話が切れる。
また、家の中が静かになった。




そうだ。
一週間前の月曜日も、和樹に電話をしたんだった。
山崎さんが、この世界へ来た日。
ずいぶんと前のような気がする。
本当に、今までにないくらい密度の濃い一週間だった。
きっと、いつまでも忘れないだろう。
彼がいたこと。
彼と一緒に過ごした、短いけれどとても楽しかった時間。
彼の笑顔。
思い出すと少し寂しいけれど、それ以上に心が温かくなるのを感じた。

「さて、と」

立ち上がって自分に渇を入れようとした途端に、玄関の方からものすごい音がした。
それはもう、言葉じゃ言い表せないような。
強いて言うなら、何かが立て続けに倒れるような、そんな音。
倒れる…?
そんなもの玄関に置いた記憶はない。

「まさか……」

恐る恐る玄関を覗いてみる。
聞こえてきたのは、呻き声のようなもの。
少し近づいて見てみると、その中の一人が、むくりと起き上がった。

「あ、あの…」

大きな瞳を不安げに揺らしながら、その子は私を見上げて言った。

雪村千鶴。
前からかわいくて良い子だと思ってたけど、やっぱり実際見てもかわいいな。
いやいや、今はそれどころじゃない。

「え、えっと…あの…」

見る限り、主要な人たちが揃っているようだ。
ここは何なんだ。
トリップの窓口なのか。
混乱したまま答えられずにいると、奥の方で誰かが立ち上がったのが見えた。
その姿に、思わず目を見開く。

緑の衣。
茶色の短髪に混じる、一部分だけまとめてある長い髪。
深い紫の瞳。
優しげな笑顔。

「また、逢えたな」

ああ、なんて素敵な笑顔だろう。



「あ、もしもし和樹くん?」
『どうした?』
「あのね、今度はご一行様がいらっしゃった」
「……今から行くから待ってろ」