「総司、俺の言ったことを忘れた訳じゃねえだろうな?」
「やだなあ、忘れるわけないじゃないですか。土方さんよりずっと若いんですし」
「だったらなんで、あんな関わり方をした?」
「なんでって…確かめたかったからですよ」
鬼の形相で怒っている土方さんに、さらりと言い放つ。
道場の裏に来ているとは言え、そんな大声を出したら部員たちが驚いてしまうだろうに。
「本当に全部忘れてるのかと思ったら…あれは忘れようとしてるだけですよ。完全に忘れたわけじゃない。あの様子は絶対そうだ」
だから、ああやって問い詰めた。
いくらか怒りを収めた様子で、土方さんは静かに口を開く。
「それを確かめて、何になる?あの様子じゃ、思い出させたところでどうなるか分かるだろうが」
「いいじゃないですか、思い出したら思い出したで」
「なんだと…?」
「あのときのことを覚えてて、傷ついてない人なんて誰一人いないじゃないですか。僕だって土方さんだって、他の皆だってそれは一緒でしょ」
そう言ってやれば、土方さんは何か言いかけた口を閉ざして視線を下げた。
ほら、僕の言うことはあながち間違っていないんだ。
「まぁ、たしかにあの様子じゃちょっと心配ですけどね。しばらくは関わらないようにしますよ。じゃ、僕はこれで」
それだけ言って、僕は土方さんの脇をすり抜けて道場へと戻った。
あのときから、なまえちゃんは面白い子だった。
よく笑って、女の子の割には強くて、そしてたまに、掴めない子。
それが、僕にとってのなまえちゃんだった。
僕が労咳を患ってからも、たまに様子を見に来てくれていたのを覚えている。
それはきっと、山崎君に頼まれて、というのもあったんだろうけど。
でも彼女は無駄な同情や憐みをかけることがなかったから、それはそれで僕は居心地が良かった。
『沖田さんは、どうして新選組にいるんですか?』
そう彼女が僕に尋ねてきたのは、いつだっただろう。
近藤さんの為、新選組の為だけに刀を振るっていると答えると、眉を下げて笑っていた。
『私も、すごく大切なものの為に、ここにいるんです』
聞いてもいないのにぺらぺらと喋る彼女の話に、僕はただ耳を傾けていた。
『でも最近、守りたいって思うものが増えてしまったんです。私の手には余るくらいに』
そう言いながら、なまえちゃんは悲しそうに笑みを浮かべる。
だったら強くなればいい、と言うと、彼女はきょとんとした後に、そうですね、と再び笑みを零したのだ。
自ら命を絶ったからには、なまえちゃんは相当苦しんでいたんだと思う。
彼女が死んだのは鳥羽伏見の戦の直前だったし、ひょっとすると、新選組も長州もどっちつかずになってしまって、死を選んだのかもしれない。
そう考えると、彼女が守りたいと思っていた対象についても、ある程度予想はつく。
だけど、だからと言って憐みをかける気は毛頭ない。
たしかに、なまえちゃんは苦しんだ。
死を選ぶほどに苦しんでいたのだろう。
でも、それは何も彼女だけじゃない。
あのとき、苦しみながらも必死に足掻いていたのは、全員同じだ。
病に侵されていた僕の身体は、とにかく重かった。
それまで易々と振るっていた刀が重く感じることにも絶望を感じたし、自分が臥せっている間にも戦が続いていると考えると、自分の無力さに腸が煮えくり返るような感情を抱いたことだってある。
だけど、今はどうだろう。
健康な身体は驚くほどに軽いし、咳をする度に血を吐いていないかという恐怖に襲われることもない。
人それぞれだろうけれど、きっと他の皆も、何かしら抱えているんだと思う。
あのときの記憶を持っている人たちの中に、自分はどうだっただのとわざわざ公言するような馬鹿な人はいない。
だからこそ、他人に干渉されるべきじゃない思いを持っているんじゃないだろうか。
皆、なまえちゃんを苦しめたくはない。僕だってそう思う。
けれど、完全に忘れているわけじゃないと分かったからこそ、思い出させた方がいいと思うのは僕だけなんだろうか。
何かの弾みで彼女があのときのことを思い出したら、彼女はまた僕たちの前から姿を消すだろう。
以前のように死ぬまではいかなくとも、きっとまた彼女は逃げてしまうだろう。
だから、そうなるならいっそ、目の前で思い出してもらえばいいと思って、彼女に竹刀を握らせた。
そして何より気になるのが、あそこまでして彼女が守りたいと思ったものを、彼女自身が忘れたままでいいのだろうかということ。
とりあえず、僕が言いたいことは言えたから、少し気分が晴れた気がする。
しばらくは距離を置いて、様子を見ることに徹した方がいいだろう。
大人しく土方さんの言葉に従おう。
でも、あの子は完全に忘れているわけじゃない。
それなのに、期待するなという方が無理な話だ。戻