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3歳のビッグバンは体調を崩すことなく、行われた。
母は魔法使い、日常的に魔法を使い家事をこなす。あたりまえの日常だった。もしこのビッグバンが生まれてすぐだったらと思うと、魔法に慣れるまである程度育ってからでよかった。下の世話をされるのは苦行だったが。

思い出してから今まで、必死になって集めた知識により、今の自分がハリーポッターよりも二つ年上の存在であることと、私という存在によって歪みが起きてないかと期待したが、原作通りハリーの両親は亡くなっており、ハリーは一人ぼっちである事が分かった。
シリウス・ブラックもアズカバンに収容され、ピーター・ペティグリューの死は名誉ある死として、勲一等マーリン勲章を受章していた。怒りを感じる。
ダンブルドア校長はどの資料を見ても偉大な魔法使いとして称えられていた。


私が思い出すのがもう少し早ければ、ポッター夫妻を救えたのだろうか。いや、2歳の女の子に何ができたというのか。

なにもできやしないのだ。

なぜなら私は、ただの幼い女の子であり、生き残った男の子でも、英雄でもない。
ハリーポッターに特別なお思い入れもない、会ったこともない子のために命を投げ出す勇気もない。


たまたまこの世界に迷い込んだだけの、一般人だ。


私には何もできない。しょうがない。

しょうがないのだ。



▼▼▼



ハリーポッターの運命を変えることも、物語を捻じ曲げることもしないと決めていた。それが最善だと考えていた。
そんな私が、シリウス・ブラックが逃走の際に放った言葉通りの選択を行ったのは母のためだった。


私が6歳の誕生日を迎えた次の日の夜。
夜中の生理現象に目覚めた私は、リビングで母の話し声を聞いた。

「シリウス、あなたの子供が6歳になりましたよ。あなたは一度も会いに来ませんが、あなたの子供です。魔法の才能があり、きっと将来優秀な魔女になるでしょう。あなたの愛したあの子ももうじき4歳になるでしょう、リリーとジェームズの血を引いた子です、あの子もきっと良い魔法使いになるでしょう。」

動く写真、見たことのない赤い背表紙のアルバム。それを開いて母が一人の男性の顔をなぞった。男性はくすぐったそうに首を振り、笑った。黒い長髪に灰色の目、精悍な顔立ち。シリウス・ブラックだった。
傍らに緑の目をした女性を抱いている。母だった。横に貼られた写真の中でくしゃくしゃの髪の男性と美しい赤毛と母より明るい緑の目をもつ美人な女性が幸せそうに笑っていた。四人とも制服姿である。


母はあんな父でも愛していた。いや、アズカバンに収容された今でも愛しているのだ。

たった一人で私を育て慈しんでくれた、母に。
返さなければ、と思った。

母を置いて行ってまで守るものがあるのか。そんなにそれが大切なのか。
シリウス・ブラック。
あなたは母を愛していなかったのか。

なぜ私を生ませたのか?
あの人にはその選択肢もあったはずだ。

母が私を身ごもった時、魔法界は混沌としていて、いつも闇の魔術におびえていた。毎日といっていいほどオーラーとデスイーターの戦いがあり、誰かの葬列が行われていた。
闇のしるしが空に上がるかもしれない日々に、私を生むということ。シリウス・ブラックの血を引く私が生まれるということ。
それは、闇の勢力にとってシリウス・ブラックの弱点となる行為であったはずだ。

少なくとも、私という愛の結晶の誕生を喜んだのではないのか?
だから、母を置いて行ったのではないか?

危険な目に合わせないように、母を守る、愛なのではないか?

シリウス・ブラック、母を幸せにしなければ許さない。
あなたには生き残る責任がある。

そして私は、シリウス・ブラック、あなたが、母のもとへ帰るための手助けをしよう。

母のためならば、運命すら変えよう。

死すら超える、愛の力だ。
見せてやろう、あなたが黒いベールに消えていく未来はあの世界のインクのうえだけだ。



11歳の夏にホグワーツから手紙が届いた。
一抹の不安はあったが無事に魔法使いの卵として入学を許されたことにホッとする。
手紙を咥えてやってきた梟に水を与え、カリカリと嘴をさする。目を細めた後に梟は大きな翼をはためかせて去って行った。
手紙には、正規の住所の後に2階大きな窓のある南向きの部屋ハイディア・オサリバン様、とあった。そのサーチ力が怖い。
入学許可証と、教科書リスト、持ち物リスト、書いてあるものは、母が使っていて馴染み深いものや、聞いたことのない本の名前。買い物に行くのが億劫になりそうである。

母にひらりと封筒を見せると、にっこりと笑って、大荷物よ、という。つえの一振りで計量し成形し焼いたスコーンをつまみながら夏休みの予定を確認し始めた。

ハリー・ポッターと出会うのはおそらく2年後、それまでにできる事は力をつける事。
できるだけ、インクの世界の話を思い出し、ロックの呪文をかけて開かずの本にした“日記”を厚くする事。


まあ、忘れていたのだが、私は天才でもなんでもなくいたって普通の魔法使いの卵であり、落第すれすれの授業をかわしながら、二年をきったのハリーとの出会いを未だに少し不安に思うのだ。


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