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寒い冬に湖と壁一枚はさんだ寮はそんなわけないのにほかの部屋と違って寒く感じる。地下牢の奥なんていう趣味の悪い場所の入り口を抜け、談話室に入ると窓の向こうの大王イカが大きな身をひるがえし緑色の暗い湖の奥に消えていった。
緑と銀色の装飾で飾られた大きなクリスマスツリーが暖炉のそばに立っている。パチパチと暖炉の火が爆ぜる音だけが聞こえる。人と無為に慣れ合わないスリザリンの談話室にはいつも人がいない。寂しいことだ。

女子寮の自室に入ると、ドレッサーに座った同室者のマーレが、前髪を上げて嘆いていた。

「ハイディアみて! 最悪よ、ニキビが出来たわ、しかも二つ!」
「マーレ、そんなに嘆くことじゃないよ。前髪を上げて、きちんと洗顔すればいいんだから」
「ホグズミードに出られたら薬が買えたかもしれないのに!ハイディアは肌がきれいだからそんなこと言えるんだわ」

前髪をピンでとめたマーレはベッドになだれこんだ。ベッドの上には洋服が乱雑に取り出されググシャグシャになっている。後でまた「シワが!」と叫んで嘆くやつだ。
感情表現が豊かなマーレだが、これは寮の自室だけで外ではかなりおしとやかなのだ。良家のたしなみ?というやつらしい。わからん。

「すぐに夜ご飯だよ、準備しなきゃ」
「…行きたくない、出たくない」
「栄養は取らなきゃ、マーレは心配性なんだよ」
「そうかしら…」
「すぐ治るよ、気にしないで」

顔を上げて、支度をし始めたマーレ。マフラーだけポールスタンドにかけ雪でぬれた靴下を脱ぐ。靴下を洗濯かごに放り込んでおく。洗濯かごに入れるといつの間にかなくなるので、おそらくホグワーツの屋敷しもべが回収しているんだろう。ありがとう。

「もう時間ね、急がなきゃ」

懐中時計を取り出したマーレがローブを着ると裏地の緑が翻る。色は綺麗なのになあ、みんな仲良くやろうぜとごちる。

行きましょ、とマーレが談話室に上っていくのを追い大広間へ向かう。クリスマス仕様の大広間は、談話室にあったクリスマスツリーとは比べものにならない大きさのツリーがある。雪が積もったように葉が白くなり、飾り物のクーゲルがろうそくの火を反射し輝いている。飾りつけはまだ途中らしくフリットウィック先生が高い脚立の上で小さな体を目いっぱい背伸びして杖を振っている。
魔法で浮いたろうそくたちが銀食器を照らす光景にホグワーツの不思議現象に慣れてきた私も感動してしまう。
マーレも目をキラキラさせている。

「綺麗だね、さすがホグワーツ」
「そうね、家でもクリスマスは盛大に行っていたけどやっぱり規模がちがうわ」
「マーレの家の規模が気になるね」

さすがシャフィク家。大きな家とは言えないが聖28一族の分家であるマーレの実家はかなり裕福だ。マダム・マルキンの店でショウウィンドウの中に飾られるレベルの洋服を多く持っているところから察せられるだろう。持っている道具も新品でいいものばかり。鍋には繊細な彫刻まで入っている。
純血の一族であるがマーレ自身はマグルへの差別がない(というか血筋に興味がない)スリザリンでは少数派の魔女だ。そのため純血過激派の生徒からは私と同じく厄介者扱いされている。嫌だね。

「本家よりマシよ。本家の家長はマルフォイ家のクリスマスパーティーに毎年招かれるらしいけど、やっぱりマルフォイ家の方がずっと華々しいらしいわ」
「私の家なんて身内で美味しいごはんとケーキ食べておしまい」

クリスマスプディングとローストターキー、マッシュポテト、特別に私の好きなもの。母が作ってくる豆のスープ。今年もおそらく同じラインナップである。
まだ何の食べ物もない皿が所狭しに並んだテーブルにつく。一番遠いテーブルではウィーズリーズが何やら馬鹿笑いをしている。マーレはそれを一瞬目の端で捉え、逸らした。いやまぁ、なんかすさまじい煙が上がっている。

「そりゃそうね、それが普通よ。 …そういえばマルフォイ家の長男ももうすぐ入学ね」
「二年もあとの話でしょ」
「すぐよ」

ハリーもあと二年で入学である。そして、物語も始まるのだ。
賢者の石、グリンゴッツ銀行にあるそれをハグリットが取り出し、永遠の命を手に入れようとしたヴォルデモートがクィレルの身体に寄生して石を盗もうとする。
細かな内容は日記に書き示したが残念ながら分からないことも多かった。大筋は分かったけど不安点も多い。

図書館で基本呪文集の本を借りて勉強しても、なかなか難しいことも多く危険な呪文は実践することもできない。早く必要の部屋いきたい。
賢者の石において、ハリーが死にかける事が無いためあんまり関わることもないだろうと高をくくっているとこもある。


強くなるって難しい!!

「ダンブルドアが来たわ」

ざわついていた大広間が静まり、喉に杖先をあてたダンブルドアが喋り出す

「よう集まった。 もうすぐクリスマス休暇にはいるが、その前に友人や先生たちとのクリスマスディナーを楽しんでおくれ。 ウィーズリーズはクリスマスプレゼントにネクタイをもらったほうがいいじゃろうな」

くすくすとテーブルのあちらこちらから笑いが漏れる。スリザリンからは嘲笑をいただいているようだが、ハッフルパフやレイブンクローは楽しそうな顔をしている。
グリフィンドールで上がっていた煙はネクタイが燃えたものだったのか。
パーシーの胃が痛そうだ。

ダンブルドアの合図で皿の上にこぼれんばかりの料理が現れる。成長期の子供が集まるホグワーツは毎食この量を用意しているが屋敷しもべの労働形態やいかに。いや、彼らは満足なんだろうが。
目の前に現れたキッシュ、ミートローフ、シェパーズパイ、女子にとっては重すぎる地獄のラインナップ。もう少し葉物を取りたい。と思いつつ少しずつ拝借する。
マーレがカップにかぼちゃジュースを入れてくれるのにお礼を言い、カップを合わせて乾杯する。

「いつ食べても、おいしいけど重たい料理ね」
「まぁ、男の子が多いからね」

向かいの席の上級生は肉の塊を起用に切りわけて食べている。スリザリンは上品さんが多い。
器用なナイフフォークの使い方ができない私は切り分けやすいものしか食べないことにしている。腐っても女子、人目を気にするものである。


糖蜜パイまで食べおわり、夜食にクッキーを数枚失敬して寮に帰ることにした。
マーレは苦しそうにお腹をさすっている。糖蜜パイ三つは欲張ったと思うよ。


暗めの照明しかないスリザリン寮は、大広間の明るさに慣れた目には暗く思えた。
ベッドの上で、長い髪を梳かしながらマーレが蛙チョコをあけた。器用に箱の上から足で捕まえ櫛を置いてから蛙の頭から口に入れている。マーレはワイルドである。

「…チョコは、ニキビにはよくないよ」
「だめね、最近。 イライラしちゃって!」
「なにに?」

マーレはたいてい、課題の多さや複雑さに文句を言う。私も同じように思うんだが、すでに学期末。課題は冬休み中にやるものしかないため焦るようなものはない。

「ローレンよ! あの人、浮気してたわ。 ハッフルパフの三年生と!」
「彼の浮気性は有名だったと思うけど」
「そうなんだけど!」

ぶつぶつとボーイフレンドの悪いところを羅列し始めるマーレ。恋多き女のマーレは月に一回ぐらいの頻度でこうなる。ガッツにあふれた女の子だ。

「どうせすぐに忘れるよ、マーレのいいところ」
「ハイディアはそういうのないの?」
「ないね、残念ながら」

あくびをかまし、布団に入る。
マーレはつまらないだのなんだの言いながらテーブルランプを消した。おやすみを言い合い夢の中へ落ちていく。


恋に現を抜かすと言えばいい方は悪いが、あいにく私にはそんな暇はないのだ。
何もかも終わってから、素敵な人と結婚できればいいかなぁと考えてはいるけど、それもまぁ、“捕らぬ狸の皮算用”なのだ。




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