05
ホグワーツ特急の煙が窓の外をモクモクと灰色に染めている。
キングスクロス駅に着くまでの道のりは長く、マーレもいないため(他の純血のスリザリンにご招待されていった)コンパートメントを一人で使うという寂しさ。眠気も訪れず窓の向こうの青い湖をぼうっと眺める。
膝の上では読みかけの教科書がパラパラとページを変え、巻き癖のついた羊皮紙が汽車の揺れに合わせて動いている。
有体に言えば暇オブザ暇なのだが、課題に取り組む気にもなれずこの状態である。
ドア越しに誰かの話し声が聞こえたりする。時たま廊下を歩く足音がしたと思えば思い手押し型の車内販売の魔女がやってきては断るというルーティン。
眠気がなくても目をつむればいつか眠れるだろうと目を閉じた。
「ハイディア! 着替えないと!」
名前を呼ばれる声に目を開ければいつの間にかマーレが私服姿で立っている。
「もう着くの?」
「あと10分くらいだって、急いで着替えてちょうだい」
コンパ−トメントのカーテンを閉めシャツとスカートを脱いで、ジーパンとセーターを着る。魔女らしい長いローブを脱げばあっという間にマグルに溶け込める格好になるのだ。
「ハイディアまたやせたわ」
「痩せたんじゃなくて、背が伸びたんだ」
「また伸びたの? いまいくつ?」
「たしか…165?」
マーレが私を見上げている。大げさなくらいに。
たしかに12歳にしては背は高いほうだと思うが、マーレだって160センチはあるはずだ。ここからぐんぐん伸びてしまったら私は女子という可愛げを失うだろう。マーリンの髭。
「まだ伸びそうね、お父様の遺伝かしら?」
「うーん、どうだろう、父と会った覚えなんてないからなあ」
2歳のエンカウントの時では自分が小さすぎて測ることなどできなかった。まぁ、小さくはないだろうけど。
マーレが横で、失礼なこと聞いたわね、ごめんなさい。と謝るのできわめてあかるく振舞っておく。
ちょうど汽車が駅に着いたようで扉の向こうでは荷物が転がる音や人の足音が大音量になってきた。私も荷物を下ろしに行かなければとマーレに手を振る。
「また、年明けに」
「クリスマスプレゼント楽しみにしていて」
マーレは人の呼ぶ声に返事をして汽車を降りて行った。
荷物を受け取り、トランクを両手で抱える。帰省の荷物やら課題の本やらで妙に重くなったトランクは12歳の女の子には大変な大荷物だ。9と3/4番線の壁を抜けると、魔法使いらしい奇妙なマグル似の格好をした大人が数人見受けられた。
駅の石階段の下に母の姿を見つけ駆け寄る。私を抱きとめた母は、お帰りなさいと笑った。ただいま、と返した瞬間母は姿くらましをした。
▼▼▼
今年も、特別で憂鬱な日がやってきた。
意地悪な従兄弟の誕生日の次に嫌いな日だ。デブのダドリーは大きなクリスマスプレゼントを14個ももらって、連日出されるケーキを手づかみで食べていた。
そこら中にクリームをまき散らして、掃除しろとペチュニアおばさんに怒られるのはハリーである。
稲妻の傷跡をこすりながらハリーは今年も、たった一つのプレゼントを待った。
気まぐれのようなそれはハリーが3歳になった年に初めて届いたらしい。ペチュニアおばさんはこんなゴミみたいなプレゼントを贈ってくるなんていい“友達”だね、と言っていた。
送り主に名前はなく、ハリー自身貰う当てに覚えもない。3歳の時の記憶なんてないのだ。
「(毎年、この人だけが僕を覚えていてくれる)」
階段下の狭い寝床でボロボロの編みぐるみをはじきながら今年は何が届くのだろうと考えるだけで、気持ちが上を向くのだ。それすらハリーにとっては幸せだった。
今日のハリーはずっと玄関のそばをうろうろして、ベルが鳴るたびに誰よりも早く反応した。(いつも荷物を取りに行くのは彼の役目だが)
ダーズリー一家もどうせハリーに届くのはごみのようなプレゼントだと思っているので、邪魔だの働けだの文句を言いながらどうでもよく感じているのだ。
そして、ダドリーが本日5つ目のケーキを食べ終わるあたりに、ハリーへのプレゼントは届いた。連日の怒涛のプレゼント配達にやつれたおじさんがサインを早急に求めて、品を押し付けた。
ハリーは受け取ってそのまま階段下の物置に駆け込んだ。
中身は紙に何重にも包まれている。茶色い包装紙には、
Dear little Harry
Merry X’mas
と書かれたメッセージカード。この文面はずっと変わらない。同じメッセージカードが8枚ある。
最後の紙を破らないように開くと中からスノードームが出てきた。
ダーズリーの暖炉の上にも同じものが飾ってあるが、まるで違う。
美しさが言葉にならない。
頂点から雪を模した細かい白い花のようなものが降り注ぎ、雪の積もったモミの木がブルリと震えて雪を落とす。
どういう仕掛けなのかわからないが、数人の子供の人形が雪原を走り回って時折転んだりしている。熱心にのぞき込むハリーの目に驚いたように指をさし、手を振ってくる。
まるでハリーを本当にみているみたいだ。
まるで、魔法のようだ。
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