変わらぬひと
『それじゃ、もう1度聞くぜ。――覚悟は、あるか?』
「(ジンさん……)」
『ハンターってやつは、手前勝手なもんだ。自分がほしいもののためにほかのものを捨てていく。“できれば会いたい”って程度の気持ちなら、ここでテープを切ったほうがいい』
1分やろう。そう言ってジンさんは沈黙した。
「…………どうする? ――って、決まってるか」
キルアが横目でゴンに視線を送るように、俺もゴンに目を向ける。
瞬きを忘れたかのように、ゴンはじっとデッキを見つめていた。その眼には強い意志が込められていて、わかってはいることだけれどジンさんが何をどう言ってもゴンの決意は変わらない。
『……ふーー。そんなに会いたいか』
長く感じられた1分後、聞こえてきたのはジンさんの深々としたため息だった。
そこに隠された感情に気づいてしまい、内心で笑う。
『オレは、お前に会いたくない。正直なとこ、どのツラ下げて会えばいいのかわからねーしな』
「(……まあ、予想はしてたけど)」
ゴンは予想していた言葉と違ったのだろう。
デッキから視線は逸らさずに、けれども面食らったような顔だ。わざわざテープに吹き込んでまで言うことかと少し呆れもするけれど、こんなときでさえ自分勝手なところがジンさんらしい。
『なにしろオレは、オレのために親であることを放り出した人間だ。ろくなもんじゃねえ』
ろくでなしの自覚があるなら少しは自重してほしかった。そうすれば、自分の目的を果たすために子どもを危険な場所へ連れて行くようなことはなかったかもしれない。その当時の俺が危険に晒されたとしても、自分で対処できると判断しての行動だったのかもしれないけれど。
そう思っていなければ、本気でジンさんを嫌いになりそうだ。
『オレがこれを吹き込んでから、お前が聞くことになる日まで最低でも10年以上の時を経ているだろう。だが、その間にも絶対に変わらないものがある』
――オレが、オレであることだ。
ジンさんの声音が変わった。
絶対に見つけ出すと覚悟を決めているゴンにも負けない、譲れない何かを秘めた強くまっすぐな声音。
自分のやっていることに迷いのない、はっきりとした口調の中から“絶対の自信”を見つけた。瞬間、鳥肌が立つ。感動というより、興奮に近いかもしれない。
『お前が聞いている現在もどこかでバカやってる。それでも会いたきゃ探してくれ。だが、さっきも言ったがオレはお前とは会いたくねェ。近づくのがわかったらトンズラかますぜ』
「(本音はゴンと顔を合わせるの恥ずかしいんだろうな、ジンさん)」
テープ越しにも感じられるゴンへの信頼。会いたくないと言いつつ、ゴンならいずれは見つけ出すだろうとの思いが、次に放ったジンさんの言葉からも受け取れた。
『捕まえてみろよ。お前もハンターなんだろ?』
追う息子と追われる父親は、端から見たら変わった親子に映るだろう。けれど、ジンさんもゴンも知る俺から見れば、ハンターらしい親子に見える。
写真でしか知らないゴンと、10年以上も息子に会っていない父親であるはずなのに、確かに見える親子の絆。
「(……なんていうか、本当……)」
ふと、隣に座るゴンのオーラが微かに揺らぐ。まるで、ジンさんからの挑戦を受けて立つと言わんばかりにやる気に満ちていて。
高ぶりを抑えるかのように、ゴンが拳を手のひらで覆っていた。
「ふふん。お前の親父も、ひと筋縄じゃいきそーもねーな」
「うん。――あ、待って」
静かにうなずくゴンを一瞥して、キルアがデッキに手を伸ばす。キルアの指が停止ボタンに触れる寸前、ゴンから制止の声がかかった。
不思議そうにするキルアがゴンを見つめる。
「ジンはまだ、そこにいる」
どうしてわかったのだろうか。カセットデッキからオーラが漂っているわけでも、ジンさんの息遣いがあったわけでもない。親子だからなのか、本能なのか。
言い切ったゴンが再びデッキに目を向けた。それ以上はキルアも何も言わず、ゴンに倣ってデッキから流れるであろうジンの声を待った。
『…………あー。ひとつ言い忘れてたぜ』
それまでとは打って変わって、言いにくそうに口ごもりながら、その先を紡いだ。
『お前の母親についてだ。知りたければこのまま聞いてくれ。別にいいなら』
そこで途切れたのは、ゴンが停止ボタンを押したからだった。キルアから本当にいいのかと問われるも、ゴンの気持ちは変わらない。
くじら島に来たその日、夜に言った通りだとゴンは笑った。
「オレの母親はミトさん! さ、ゴハン食べよ!」
ゴンの生みの親も、ジンさんと同様にどこかで生きているかもしれない。その逆も考えられるけれど、どちらにしてもゴンにとっての親はミトさんだけで。
気にかけるキルアに対し、ゴンはすでに部屋を出て行こうとする。
「キルア、ゴンがああ言ってるんだし。行こう」
「ん」
部外者である俺たちが口を出せることではない。ゴンの答えがわかったうえでの問いだったようで、思っていた通りの言葉に小さく笑って立ちあがった。
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