02

「ほら、さっさと行って来いよ。」
「録画オッケー!」
「デートの約束ちゃんとしてくるんだよ!」
建物の影からなまえの身体が弾かれた。転びそうになったがすぐ立ち直すとすこし奥に青色の彼がいた。学校の裏に呼び出されたのが不服なのか、ズボンのポケットに手を突っ込み気だるそうにしている。なまえの存在に気づくと「よお」とだけ短く言った。
「あ、えっと、その、」
先ほどはあんなに凝視してしまったのに今は彼の顔を見ることすら出来なくなっていた。なんと切り出していいかもわからず、しどろもどろになりながら言葉をひねり出すが変な音しか出ない。そんななまえを青色の瞳でじっと見詰めながら「手短に話せ」と言った。彼の言うことはごもっともであるが告白まがいのことをすぐにやれと言われてもできるはずなくただただ顔を赤くするしか出来ない。
するとなまえの背中に小さい痛みが走った。そしてその痛みの後すぐ足元に小石が転がるのを見て女子たちも「早くしろ」と催促をしていることに気づく。
 出来ない。出来るわけがない。学園一の札付きの神代凌牙をデートに誘う?そんなこと出来るわけがない。異様に人気も高く、学園カーストで最上位の女子たちが群がっている相手に自分がそんなこと言えるわけがない。付き合いたい、デートしたいと思ったことだって微塵もない。同じクラスになって喜んだことすらない。自分はカースト最下位なのだから!
何も言えずただ肩を震わせなまえは涙を地面に落とした。落ちた涙が地面を濃い色に変え、染みをつくる。後ろでクスクとした嗤いと催促の怒声が聞こえる。なまえは思う。後ろにはずる賢い悪魔たち、目の前には獰猛な鮫。逃げ場はないのだと。暗い深海のような闇の中で染まって堕ちていくしかないのだと。
「…今度、」
なまえは弱弱しく口を開いた。嗤っていた悪魔たちも咄嗟に静かになり、これは面白い映像が撮れるとなまえをズームで撮る。そして「デートしてください」となまえの小さな震えた声もマイクは良く拾っていた。なまえの言葉に悪魔たちは声にならぬ声を上げ喜んでいる。
「言った言った」「アイツマジで言った」「ヤッベ」とはしゃぐ声を聞きながらきっと目の前の鮫にも聞こえているのだろうなと思いながらなまえはただ静かに返答を待つ。早く後ろの悪魔たちのように嘲笑して罵って拒絶してくれと。涙で濡れている顔をふと上げると、教室の時のようにまた目線がぶつかった。ふと柔らかく笑ったような気がしてその後「いいぜ」と一言、鮫は言った。
「え、」
なまえと悪魔たちから腑抜けた声が出た。しかし鮫はその青色の瞳でしっかりとなまえの目を見てもう一度「いいぜ」とはっきり言った。なまえの正面にどこからともなく清々しい潮風が吹いた気がした。
そして、その青色の瞳はじろりと悪魔たちを捉えるとカメラのレンズらしきところに目線を合わせ「付き合ってやるよ」と鋭い眼光を飛ばした。撮影してた一人がズームで映った怒りに満ちた人喰い鮫の表情に「ひ」と小さな悲鳴をあげてカメラを落とした。「早くいこ!」とそのカメラを拾って慌てて逃げ出す様をなまえは背中で感じ、振向くことはなくそのまま涙を拭う。
「な、んで、」
こんな罰ゲームのようなデートに付き合っても彼にはなんのメリットもないというのに。そのままの疑問をぶつけてみたが「暇つぶし」とだけ返答が返ってきた。そして、先ほどの鋭い目線ではなく柔らかくどこか温かさのある目で「どこに行きたい?」と尋ねた。
「あ、でも、べつに、」
うまくまだ言葉が出ない中必死になまえは伝える。
「本当に、その、行かなくても。」
デート、という単語が気恥ずかしく使えなかった。しかし悪魔たちがいなくなった今この偽りの状況を継続しても無意味なだけである。どんよりとした気持ちがなまえの胸に巡る。きっと振られるところを撮りたかったであろうにまさか成功してしまった映像が撮れているので、今度の登校日に酷くいろいろ言われるのだろうな、と頭の片隅でぼんやりと考えていた。地面の染みが薄くなっている。
すると頭上から「水族館」という言葉が聞こえた。何が水族館なのかうまく頭に靄がかかったままではっきりとしない意識の中、そんななまえを知ってか知らずかやけに軽い口調で言った。
「気晴らしに行こうぜ。」
ふと顔を上げると、いつものイラついているような顔ではなく、男の子らしくそしてきれいに笑っている今まで学園で見たことのない神代凌牙が目の前にいた。

花束