05

程なくしてなまえと凌牙はペンギンのエリアへと来ていた。
そこは外にあり、大きなプールを目の高さから見られる作りになっていて、不本意ながら一緒に来ていたらしい遊馬たちが一足先にペンギンを見ていた。遊馬はペンギンエリアの構造に興奮したようだった。日も少し落ち始め、少し肌寒い、青い水槽には人工の岩場が設けられており、目の前で水中を泳ぐペンギンを見ることが出来る。 群れをなして泳ぎ、それらだけを見ていると飛翔しているようだった。水槽の外から見上げる水面は、絶え間なく攪拌されていて、天井から注ぐ光を生み出している。皆が同じ方向を向いて泳いでいるのに、ほんの数羽が深く、斜めに反対方向へと突き進んでゆくと、やがて群れ全体が方向を転じる様を、凌牙は面白く眺めた。
そのプールの脇にある陸には切り株が置かれ、子供のペンギンたちが占拠していた。身体は小さく、まだふわふわの綿のような羽を残している。璃緒となまえはその子供のペンギンたちを見て「可愛い〜!」と声を上げていた。
「結局一緒になりましたわね。久々に来ましたが、こうやってなまえさんとも会えましたしとても嬉しいですわ。」
璃緒がなまえに微笑みながら言った。
「うん。私も新しいお友達が増えたみたいで嬉しいよ。」
なまえもにこやかに返したはずだったが、璃緒は不思議そうですこし悲しそうな顔をしている。
「みたい、ではなくもうお友達でしょう?」
璃緒は心配そうに聞いた。「あ」と小さい声がなまえから出るとすぐに笑顔を作り「そうだね!」と言った。決して独りが好きそうな相手には見えない。しかしなまえの言った言葉が引っ掛かり璃緒は目線を逸らせた。逸らせたその先には、ペンギンたちが呼び合いながら毛繕いをしている。子供のペンギンの綿羽を嘴でつまみ、とってやっていた。水をはじく羽に換わるためにとても大切な行程であり、大人の仲間入りをしているのだとパネルに展示がしてあった。そしてヒナたちがご飯をくれと親ペンギンにぴいぴいと鳴きながらねだっている。
なまえの顔を、璃緒がそっと見るとそのペンギンたちの様子をなんとも愛おしそうに、そして物欲しそうに、羨ましそうに見ていた。外の風が二人の顔を冷たく撫でる。
すこし遠くでペンギンを見ていた遊馬たちが「寒い!」と騒ぎ出したので、一旦館内に戻ることになった。璃緒と話をしていたので遠くからそれを見ていた凌牙はなまえに「大丈夫か?」と声を掛ける。
「大丈夫、ありがとう。外寒かったね。」
どこか元気なく笑うなまえに凌牙はそっと上着を脱いで、差し出した。
「え、」
なまえから頓狂な声が出る。しかし凌牙の差し出している上着はまだなまえの目の前で揺らされている。そして小さく「ん」と更になまえの目の前に突き出してやっとなまえは受け取った。じんわりと温かい。凌牙の体温が残る上着を通してなまえに伝わる。その温かさになまえの胸がどきりと鳴った。
「寒いなら着てろよ。」
ぶっきらぼうに凌牙は言うがそこにはしっかりとした優しさがあった。床に残る水しぶきで滑りそうになっていた遊馬にため息を飛ばして、凌牙は館内へと入って行く。聞こえたかどうか自分ではわからない声量でなまえは「ありがとう」と言うと、振向きはせずに片手をあげた凌牙を見て、安心しつつ、先ほどまで冷えていた体温が急激に温まっていくのを感じた。
「柄にもないことしますのね。」
「うるせェ。」
凌牙の隣にいた璃緒がくすくすと笑って言った。先に駆け出した遊馬たちが手を振りながら「もう帰ろうぜ!」と叫んでいる。確かに寒くもなってきたしな、と凌牙はうしろを向く。なまえも察したように大きく頷いていた。凌牙の上着を羽織っている最中のなまえを待ち、凌牙は足を止めた。すると璃緒がひっそりと凌牙の耳元で「次は手を?」とにやりと笑って囁いた。
「…バッ!」
ばかやろう、と叫びそうになるのをなんとか堪え、璃緒をじっとと睨むと璃緒は笑いながら遊馬たちの元へと駆けていった。まったくなんなんだ、と呆れた顔で璃緒の背中を見ているとなまえが「ごめん」と言いながら駆け寄ってくる。それがわかり凌牙はそっと手を差し伸ばした。その瞬間、凌牙の顔がボッと音を立てたかのように熱くなる。やっちまった! 凌牙の心が嵐のように吹き荒れる。
璃緒のヤツが変なこと言うから、璃緒といる時みたいに手を差し伸ばしてしまった。璃緒であれば喜んで差し伸ばしている腕に絡みついてくるのだが、今いる相手は璃緒じゃない。なまえだ。涼しい顔をして、諭されないように、なまえの顔を見ると茹でた蟹のように真っ赤になっていた。
「え、あの、」
明らかに動揺している。そりゃそうだ。ただのクラスメイト、しかもそんなに接点もない男が急に「手をつなごう」としているのだから。凌牙は差し伸べた手を引っ込ませる訳にもいかず「ん」と言った。先ほどと同じようにおずおずとした様子のなまえが凌牙の手に自分の手を乗せる。とても小さい手だった。もしかしたら璃緒よりも小さいのかもしれない。
「帰るか。」
「うん。」
凌牙がそっとなまえの手を握る。なまえも優しく握り返すと更にぎゅっと強い力で圧が返ってきて、予想外のことに驚き凌牙の顔を見た。男の子らしくそして少し気恥ずかしそうに笑っている凌牙になまえも笑うと、なまえも同じようにぎゅぅと凌牙の手に力を込めた。

花束