一息吐いて、腕を真上に伸ばした。
級が上がってくると、下位掃除人への指導という仕事が増える。しかも、その記録をまとめて提出しなければならない。
これがまた面倒だった。そもそもそういうのは得意でない。すべての分野に精通するために指導担当はローテーションするのだが、受け持った掃除人や指導内容について記録し、次の担当へ引き継がなくてはならない。
ずっとパソコンの画面を見つめていたせいで、目や肩が疲労を訴えていた。デスクで座ったまま、体を動かせるだけ動かす。
そんなことをしているのは執務室では私だけで、他の掃除人は姿勢正しく黙々と何か業務をこなしている。
肩凝った、と思いつつ椅子に深くもたれてココアを啜る。
そういえば。
猫矢立会人の前で、如何にも付き合っています、といった行動を取ったにも関わらず、全くと言って良いほど噂になっていない。
私の耳に入っていないだけなのか?
誰も態度が変わらないことに、ほっとするような、つまらないような。
今日も変わらない、昨日と変わらない、きっと明日も変わらない。
それが一番大切で、尊くて、けれど難しいことだって、よく分かっている。
なんとなしに大きく息を吐いて、画面を見た。
きっと、あと数時間でこれをまとめられる。これが終わったら、デスクに常備しているチョコレートを食べよう。
それから休憩。
そう考えながら、手元の手書きのメモを捲った。
…
「ていうかオマエ、あの脚の長い美人の掃除人と付き合ってんのかよ」
喋り場と化している喫煙所は、今日も世代の近く、付き合いの浅からぬ立会人がたむろしている。
八號が尊大な口調で二十八號に話しかけるのを、彼は白煙を吐き出して無視する。
「ほう、みょーじ掃除人とですか。貴方もなかなかやりますねぇ」
十六號の不謹慎な笑みすら無視して、のんびり煙草を燻らせる。
八號は少しイライラしながら、また無謀にも口を開いた。
「そういえば、最近オマエに付きまとってた女いたろ」
あれどーしたんだよ、というより早く二十八號の眉間にくっきりと皺が刻まれる。
それだけで、相当嫌だったんだな、とその場にいる全員が理解した。
気怠い右手が、親指で煙草を弾いて灰を落とす。また咥えて、深く吸って、深く吐き出す。
「まあ…そういうことなんで」
省略した、オレのオンナに手を出すなよ、という牽制が通じたのはきっと殆どで、八號はまだつまらなさそうな顔をしている。
「弥鱈にあんなカノジョができんのに、なんで俺にはできねーわけ?」
八號の八つ当たりも躱して、二十八號が薄く笑う。
それが、それだから、羨ましいんだって、言わなかったけど思った。
…
眠かったはずなのに、誘われるがままセックスをしたら眠気がどこかに行ってしまった。
腕枕で寝返りを打って、顔を近づける。
「ねー、悠くん、目冴えちゃった」
「…付き合いますよ」
「ほんと? やったー」
これは、好きなことを喋ってください、聞いてます、の意で私はひたすら今日の指導記録を作るのに苦労したかを喋り続けた。
合間に暴への個人的見解も含みつつ、要約するとあんな面倒くさいことはしたくない!と話し続ける。
「あっ、そういえばさあ、私たち付き合ってるの、噂にならないね。なんかつまんない」
「…そうですか?」
「えっ、なってるの?」
「立会人は知ってる人いましたよ」
「うっそー! 私まだ誰にも言われてないよ」
「言いづらいだけでしょう」
「…そうなんだぁ」
ちょっと口角が緩んで、なんとなくキスした。
応じてくれた彼の手が、するする体を下がっていく。
その手を掴んでくびれに戻して、喋るだけ喋った私は目を閉じる。
「寝るよう」
「…はいはい」
「おやすみー」
「おやすみなさい」
また明日。も、こうやって終われますように。
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