『ねえねえ、Diorの新作、見た?』
「みーーーたーーー!」
『チークが可愛すぎる』
「えー、私グロス!」
『あー、確かになまえ好きそうだった!』
「限定のも可愛くない? ライナーとか」
『可愛い。けど、当日行かないと買えないよ、絶対』
「確かにー! どーしよー、悩む!」

夏の新作が載っているパンフレットを何度も行きつ戻りつしながら、夕湖と携帯でおしゃべり。
いやでもサンローランの口紅も良いし、シャネルのシャドウも気になる、なんて話しながら、足を組み替える。
悠くんは猫背でゲーム機をいじいじ。
その指先にうっとりしつつも、視線を戻し、限定グロスの色見本を眺めて買うならコレとコレと狙いを定める。

「シャドウはやっぱりシャネルが良いんだよねー」
『粉質がね』
「そうそう! あーん、顔はひとつしかないのに、お化粧品はバカみたいにあるよ」
『なかなか無くならないのにね』
「でも可愛いからさーあー」
『買ってもらったりしないの?』
「…誰に?」
『彼氏』

ちら、と高速で動く親指を見る。

「ないない。絶対ない」
『ふーん』
「視線で殺されるよ」
『まあ、どーでも良いけど』

なら言わないで、と思ったけれど、夕湖はあっさりと話題を戻し、同じパンフレットを眺めながらお互いにどの色が似合うかを考え出す。
ふたりで粗方色を決めて、電話を切って、私はまだパンフレットに見惚れる。
可愛いお化粧品を眺めているだけで、うっとりするし気分が良くなる。
これを使っているときはさらに、だ。

「随分と楽しそうですね」
「分かる!? 見て見てー、私の好きなDiorとサンローランとシャネルの新作パンフ! もー、可愛すぎるの!」
「…はあ」

心の底からどうでも良い、という声音にめげず、ゲームをやめてくれたので代わりにそれらを広げる。
違いが分からない、と言われればそれまでだけど、微々たる色の差ですら、女は細かく吟味するのだ。
お化粧、というのは確かに身だしなみと言われてしまえばそれまでだが、身につけて気分が良くなるものの方が断然良いに決まっている。
そして、より綺麗に可愛く見せたい、という願望を叶えてくれる重要なツールでもあるのだ。
色彩、明度、パールやラメ、僅かな違いでも顔色が華やぐもの、そうでもないものがある。
試して、選んで、これだ!というものに出会えたときの恍惚感は計り知れない。
私の熱弁を黙って聞いていた悠くんは、顔を上げて私を見る。

「良いですよ」
「…何が?」
「…さっき、買ってもらわないのかと聞かれていたでしょう」

聞こえていたのか、と呆気に取られるも、二の句を告げずにぽかんとしていたら、悠くんが呆れ顔で続ける。

「好きなの、買ってあげますよ」
「…い、いいの?」
「なまえさん、楽しそうですし」
「…ほ、ほんと? 一緒にカウンター来てくれる?」
「…カード渡すんでひとりで行ってきてください」
「えー! やだ! 選んでよう!」

露骨に嫌な顔をした悠くんの、袖を掴んでじっと見上げる。
視線で殺されそうだけど、これに弱いのはリサーチ済みだ。
眉間の皺が深くなっていくのを見ながら、袖をくいくい引く。

「視線で殺されたいですか?」
「ごめんて! まさか買ってくれるなんて思わなかったから! ねーえー! 一緒にいこー!」
「…好きにしてください」
「やったー! 悠くんダイスキ!」
「はいはい、そーですか」
「うんうんスキスキ!」

パンフレットをテーブルに雑に置き、痩け気味の頬に頬ずりするも、避けられずにされるがままで、さらに私の気分は上がる。

「悠くんのお陰で、私すんごい可愛くなっちゃうかも!」

冗談を言いながら笑えば、目を伏せながら息を吐くように笑った悠くんは、私の頭を優しく撫でる。

「あなたはいつもすんごい可愛いですよ」

何でもないように言ってくれるから、私はその手に従って、しばらく下を向いてやり過ごすことにした。