ソファに埋もれる頭を見た。
お風呂上がりの、下向きな毛束たち。柔らかいわけじゃないけど、固くもない髪がその背もたれから覗く。
すっぽり体重を預けて、ゲームをしているのだ。知っている。最早あれは日課、欠かすことのできないルーチンワーク。だから、口を出す気もない。
好きなことをさせないなんて。好きなことをやるなと言うなんて。そんな鬼みたいなことを、言いたくないし、言わない。
だから悠くんは今日も、ぽちぽちと親指やらを動かし、その画面に夢中。
明日のお弁当の下ごしらえをしながら見るその景色は、なんだか心癒されるものになってきている。
つまりその髪が可愛い。
「なまえさん」
「んー?」
浅いため息がひとつ。
手をべとべとにしたまま、疲れた顔を覗きに行く。
手術中みたいに腕を上げている私と、だらしない格好でゲームに励む悠くん。
数秒、目が合って。
「ゲームだいじょぶ?」
そんなに目を離して、の意。
悠くんは緩慢に視線を画面へ戻す。うん、と力のない声。
「ソレ、もう終わりますか?」
「んー、もうちょい」
「終わったら、寝たいです」
「いーよ。今日は随分イイコちゃんだね」
ちっちゃい子みたいな口ぶりと寝るには少々早い気もする時間に、ちっちゃい子扱いして笑う。
けれど悠くんは反論もせず、うん、とまた言った。
これは随分疲れてるな?
そう思ってそそくさとキッチンに戻る。明日の朝、楽をするために色々やっとこうと思っていたけど、計画変更。とりあえず手をつけてしまったこれだけ終わらせて、今日は終わりにすることにする。
ちゃっちゃと味付けをして、手を洗い、トレーにラップ。それから冷蔵庫にイン。ハンドクリームを塗って、エプロンを外す。
「終わったよー」
悠くんはむくっと動き出して、ゲーム機を定位置に戻し、寝る支度を始める。私もそれに倣って、寝る準備。
マウスウォッシュとお手洗いを済ませ、悠くんが見当たらないからリビングの明かりを消して寝室へ。
間接照明だけをつけた部屋で、悠くんは猫のように丸まってベッドに入っている。
「忙しかったの?」
「…まあそんなところです」
掛布をめくって、隣に入る。
悠くんの丸まる右側、なんとなく出来心で右腕を伸ばした。
「抱っこしてあげるから、こっちおいで」
そう言うと悠くんは素直にもぞもぞと上がってきて、私の右の二の腕に頭を乗せた。上の方が少し乗っているだけだから、意外と大丈夫。
左腕を背中に回すと、悠くんがまたもぞもぞと動いて、密着。
悠くんの鼻先が、私の大きく開いていた胸元に収まる。
けれどどうすることもなく、悠くんは子どものように目を閉じて右手で腰を掴むだけ。
谷間に、温かい感触と息遣い。
思わずその頭を撫でる。
「悠くん…赤ちゃんみたい…可愛い…」
「…バカにしてます?」
「してない。なんていうか…母性に目覚めた感じ…」
悠くんと見つめ合いながら、そよそよと髪に指を絡めて遊ぶ。
いつもは抱かれて眠るから、新鮮で、やたらと愛おしい。
目を閉じたら幼いその顔つきが、それを加速させる。
「可愛いねえ、抱っこしててあげるから、ねんねなさい」
「…うん」
悠くんは嫌そうに上目遣いでこちらを見たけれど、眠さに対抗するのをやめて瞼を下ろす。
母性をくすぐるその可愛さに、額に口付けた。
眠気を邪魔しない程度に髪を撫でたり頬を撫でたりしていると、すぐに寝息が聞こえ出す。
眠っていても低い体温の体に、もう少し近づいた。
「おやすみー」
小声で言って、私も目を閉じる。
この体勢で寝られるかは微妙だが、悠くんの匂いをかぎながら、とにかく無心を貫いた。
…
何の前触れもなく、瞼がのんびり持ち上がって、目が覚めた。
眩しい。朝だ。
目の前には、悠くんの浮いた鎖骨。
目の前には。
顔を上げると、悠くんの顎に頭が掠めた。
「…あれ」
「…お目覚めですか」
「…私、抱っこして寝なかったっけ」
「…はあ。朝方、目が覚めたので抱き枕にさせてもらいました」
悠くんは普通に言う。
から、私も、そっか、と、普通に返す。
抱っこされてるの、やっぱり良い。安心感がある。
でも、抱っこしてあげるのも、良かったな。
悠くんも、安心して眠れただろうか?
顔を元の位置に戻して、また目を閉じた。まだ、眠い。
「よく眠れた?」
「おかげさまで」
「…私、まだ眠い…」
「昨日は早く寝たのでまだ余裕がありますよ」
「うーん…」
肩口にぴったりはまるように擦り寄る。
ちょうど良い、二の腕枕の高さと固さ。
悠くんの体臭も、好みどストライク。
肌に馴染むシーツの感触。
溺れそう。
「なまえさん」
うん、と返事をした、つもり。
声になったかは、分からない。
「…愛してます」
って、言ったような、言わなかったような。微睡みの向こうに滑り落ちそうな意識はもうこの手には無い。
いやもしかしたら、夢だったのかも。
「おやすみなさい」
その優しい声に、返事ができなかったことは、覚えてる。
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