なんとなく好みじゃなかった下着を捨てて、新しいものを買った。
店頭で色々迷ったけど、結局私に似合う色で好みのデザインにした。彼の、好みを少し考えたけど分からなかったから、辞めた。
インナーのキャミソールも、シンプル一択だったけれど胸元に刺繍やレースがあしらわれたものを三枚買った。
クローゼットを見返したら、デートに着られそうなものが無いことに気づいて、ワンピースとスカートを何枚か買った。
新しい口紅とマニキュアも買った。
楽しいような、気恥ずかしいような、そんな気分でタクシーに乗り込む。
帰ったら、新しいお洋服をクローゼットにしまって、しまってあった靴を磨こう。切れたっきりにしていたけど、クローゼットの中にお気に入りのフレッシュナーを置こう。
タクシーを下りて、マンションに入る。塞がった両手でどうにか鍵を取り出し入って靴を脱ぎ、両手に持った沢山のショップ袋をとりあえず、ローソファーに置いた。
靴を拭き鞄をしまい、買ってきたものたちも丁寧にしまう。
靴を出してきて磨いて、フレッシュナーを置いて、一息ついてから、ペディキュアを落として新しく買ったマニキュアを塗った。
もう半年くらい、同じ色を塗っていたから、なんとなく気分が弾む。
そういえばずっと、こういうことをしていなかった。
女、として武装していただけで、それは誰か特定の人に向けたものなんかではなかったし、私の気分を良くするものでもなかった。
それは最早ルーチンワークで、爪が伸びてきたら、或いはマニキュアが剥がれたら落として塗り直す。パーソナルカラー通りの洋服を着る。高いピンヒールを履く。綺麗に見えるようにばっちり化粧をし、髪を整えて巻く。シンプルかつ実は高級なアクセサリーを付ける。持ち物は質の良いものを選ぶ。
ただただ、寸分の隙なく完璧な私にしていただけ。
いま私、すごい女子だ、と思った。
足に塗り終えて、手にも塗る。ベージュ寄りのピンクを眺めて、にんまり。
テーブルに置いていたピンクの携帯電話が震える。爪に気をつけながら確認すると、弥鱈さんからだった。
今日、行ってもいいですか? で、すぐさま、良いですよ! と返す。
液晶中央上の時間を確認すると、16時を過ぎたところで、そわそわするもマニキュアが乾くまでは、と座ったまま考える。
ホテルでの、あの夜から二週間ほど経った。殆ど毎晩、会っている。ホテルに行ったり、私の家に来たり、弥鱈さんの家に行ったり。
会社で会うことは少ないけれど、時間が合えば、私の作った昼食を一緒に食べることもある。
仕事の愚痴とか、ニュースのこととか、弥鱈さんがゲームをしているのをひたすら眺めたりだとか、私が作った料理を食べながらお酒を飲んだりとか、平穏な日々を過ごしていて、毎日が楽しい。会えば必ず求めてくる弥鱈さんの性欲の強さに少々驚きはしたが、まあそういうものなのかも。
自分で言うのも何だが、女性ホルモン出まくりだ。
…
立会で遅くなって、弥鱈さんがうちに来たのは20時を過ぎていた。
何も食べていないというから、たまごそぼろ丼と具沢山みそ汁を作って出す。残念ながら夜ご飯は遅い時間に食べない主義だから先に済ませていて、お気に入りのブレンダーで作った、冷凍ベリーのスムージーを向かいに座って飲みながら彼を見る。
「…それ、一口下さい」
「? はい」
「どうも」
ストローを反対に向けて、差し出す。片手で持って、一口吸う姿を眺める。
可愛いな、と思うのは、もう毒されているのかも。
「…どうですか?」
「甘いです」
「弥鱈さん、意外と甘いの好きですよね」
「…意外ですか?」
「カロリーメイトしか食べなさそうって言ったじゃないですか」
「偏見ですって」
ぱくぱく食べてく弥鱈さん。
それを見てると、なんだか幸せな感じ。
「美味しいですよ」
「ありがとうございます」
「いつもありがとうございます」
「いぃえぇ、こちらこそいつも残さず食べてくれてありがとうございます」
いただきますと、美味しいですと、ご馳走様でしたを、きちんと言ってもらえる幸せを久しぶりに思い出した。
弥鱈さんは綺麗に箸を持つ。食べ方も綺麗で、良いとこの生まれなのかなと思った。
「いつも出来合いのものしか食べてなかったので、本当にすごいと思いますよ」
「…ありがとうございます」
「大変でしょう、考えるのも作るのも」
そう言ってもらえると、目に少しだけ涙が溜まった。
アイツも、最初はそうだった。うまいうまいって食べてくれた。それがだんだん当たり前になっていって、好物でないと機嫌が悪くなったり、黙って食べて後片付けすらしてくれなかった。
そうなんだ。メニューを考えるの、結構すごく大変で、分かってもらえるとやっぱり嬉しい。
「弥鱈さんが食べてくれるなら、どうってことありません」
スムージーを飲み切ったら、大きな手が頭に触れた。
ゆっくりゆっくり、撫でられて。
「食べ終わったら抱っこしてあげますから」
鼻をすすって涙をやり過ごす。
「別にだいじょーぶですってば」
「そういえば、変えたんですね」
そう言いながら、弥鱈さんの手がグラスを掴む私の指先を撫でる。
足も、と言われて、それがマニキュアのことであると気づいた。
「…よく見てますね」
「いつもの色も似合っていますが、これも似合いますね」
「ありがとうございます。今日、お買い物してて」
「そうでしたか」
指先を、その指先でなぞられて、くすぐったいような気持ち良いような、背中がぞわぞわするような気分になる。
それが名残惜しく離れていって、目で追いかけると、美しい所作でお椀を持ってみそ汁を飲み干していた。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
食器を持って立ち上がる弥鱈さんを制して、キッチンまで食器を持っていく。
ついてきた弥鱈さんは、洗い物をしようとする私に後ろから抱き着いてきた。
「もー」
「抱っこしてあげますって言ったでしょう」
「…うん」
頭に顎を乗せて、ぴったりくっついてくる感覚が、愛おしい。
いままで満たされなかった部分が、じわじわ満たされていくのが、分かる。
弥鱈さんは見た目よりずっと優しくて、気が利いて、私にたくさんの幸せをくれる。
あのとき、弥鱈さんが連れ出してくれて本当に良かった。
あのとき、弥鱈さんの優しさに縋って、本当に良かった。
洗い物を終えて、手を拭いて、抱っこされたまま、くるりと転換。ぴたっとくっつく。
「みーだーらーさん」
「…なまえさん」
「…悠助…ゆーすけ…ゆー、くん?」
「はい?」
「ゆーくんにしましょうか」
「…まあ、いいですけど」
「ゆーくん」
「はい」
「ゆーくん」
「はい」
「ゆーくん!」
「はい」
楽しくって、笑った。
笑ってたら、顔中にキスをされて、ああ幸せだなぁって、思った。
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