ときを廻れば

第一章 出会う人

体が冷たい。心も冷たい。何だか、もう目を覚まさなければならない気がする。ゆっくり、ゆっくりと無意識の海は干潮していき、いよいよわたしは意識の陸に打ち上げられた。





 目を覚ませば、そこは全く見覚えのない場所だった。仄かな灯火が唯一、この薄暗い空間を照らしている。
 ここは何処だろう。何故にわたしはこのような所にいるのだろうか。
 当然、目覚めたてのわたしは訳が分からず、恐怖に体を萎縮させた。しかし、動かずには何も解決しまいと思い、わたしはどうにかして恐怖心を抑えようと、先刻の記憶を呼び起こすことに奮闘する。
 朧気だが、わたしは先程まで父と一緒に車に乗っていたように思う。そして、いつものように休日のドライブを楽しんでいた――いや、何かが違う。違和感を覚えた刹那、わたしの脳内にある光景が映し出された――父の驚き、戸惑い、悲しむ顔。わたしが初めて見た、父の表情。
 わたしはハッとした。思わず開いた口を両手で塞いだ。そうだ、わたしは父から衝撃の事実を打ち明けられたのだった。何故、忘れていたのだろうか。わたしは自身の記憶力の乏しさに呆れてしまった。
 同時に、わたしは茫然とした。天地がひっくり返っても有り得ないことを素直に受け入れられた自分に対してである。しかし、思い出したのだから、細かいことはこの際どうでもいい。わたしは重い頭を抱えながら、ゆっくりと上半身を起こした。
 辺りをじっくりと見回すと、キラキラ輝く宝石や、如何にも高級そうな壺が至る所に置かれている――パッと見でも宝物庫だと分かった。そういえば、宝物庫で魔法を使った、と父は言っていた。もしかすると、わたしが座っているこの場所で、当時のわたしは父に魔法をかけられたのかもしれない。
 話の内容とわたしの置かれた現状が合致したということは、これが夢見でないことを明瞭に示している。

「……本当に、来ちゃったんだ」

 わたしの呟きは静かに心に喪失感を生み出し、次第に自身を蝕んでいった。わたしだけの存在する、この仄暗い空間が、よりわたしの心に寂しさを募らせる。いよいよ勢い付けて積もり出す負の感情に耐え切れず、わたしは辺りの宝の山に当たりかけた。何とか、寸前で踏み留まったが。
 息が少し荒くなっている。まあ、とんでもなく奇妙で異常な体験をしているのだ。ストレスを発散するために破壊の衝動に駆られるのは、仕方のないことだろう。
 呼吸が大分と落ち着いてくると、次は、言葉では形容し難い感情が体内に沸々と湧き上がってきた。虚無というのか、理不尽というのか、とにかく何なのか分からないため、わたしは閉口するしかなかった。今はただ心拍音だけが本当の現実に響き渡っている。

「……静かだなあ」

 わたしの弱々しい声は、いつもと違う音で沈黙を破った。何せ、いつだって静寂に波を起こすのは、父の優しい声だったのだ。わたしはまたもや孤独の感に打たれたが、父親の肉声を懐えば、それは自然と消えていった。

「お父さん、お母さん、わたしのこと、見守っていてね」

 わたしの両親を呼ぶ声は、きっと二人に届いているだろう。何故なら、わたしの願望が少し混じっているけれど、多分、二人はわたしのそばにいてくれている筈だから。何も知らない暗がりでも、不気味な程に静かな倉庫の中でも、そう思えば、わたしは立ち上がれる気がした。





 父はわたしに真実を打ち明けたとき、加えてこう言った。宝物庫に俺とメールからの手紙を置いておいたから、是非とも読んでくれ、と。だから今、わたしは数少ない灯りを頼りに両親の置き手紙を探している――けれども。

「ない、ない……ない!」

 周りは壺や宝石といった紙でないものばかりなのに、手紙は全く見つかる気色を見せない。となれば自然に頭に浮かび上がってしまうのが疑念だ。いや、父の話が本当なのは異世界でも理解していたし、実際に元の世界に戻ったから判った。ただ、父の言葉を鵜呑みにするのは余りに主観的だと思ったのである――父の考えを読み取らねば。
 きっと父は人の目を欺ける場所を選んでいる。そして、そこに手紙を置いた、のかどうかも分からない。もしかしたら物と物の間に挟んでいるかもしれない。

「……よし」

 これで手紙のありそうな所は絞られた。後は要所を重点的に探すだけだ。わたしは手紙の捜索を再開した。





 それから一体どれ程の時間が経ったのか。体内時計も狂っていれば窓も取り付けられていないため、時間感覚が故障している。が、きっと三十分はとうに過ぎているだろう。そう感じる程度には、わたしは宝物庫を隅々まで物色したのである。しかし、父母からの手紙は依然として発見されず、未だ何処かに潜んでいた。

「はあ……」

 思わず深い溜め息が溢れる。確かに、諦めずに探し続けたわたしの努力と根気は報われるべきだろう。が、全く報われる予感がしないのだから、もうわたしに出来ることなど、自分に呆れることくらいだった。どうやらわたしには宝探しの才能が皆無らしい。

「……はあ」

 わたしは自らの非力さを憎み、またもや溜め息を吐いた。
 心が折れかけているのは正真正銘の事実である。故に、これ以上傷付かないために諦めるのも一つの手かもしれない。そう考えているときだった――アーチ状に装飾された壁が音を立てて沈んでいったのは。

たからさがし




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