ときを廻れば

第一章 出会う人


「ええ……?!」

 わたしは目撃してしまった、宝物庫に存在するたった一人の女神の真の姿を。
 何ということだろう、彼女の顔――だった部分――には、太陽のような輝きを放つ石が隠されていたのである。わたしは現状の何もかも全てに目を丸くするばかりだった。
 しかし確かに、わたしが手紙探しをしている最中も、彼女の存在は神々しいまでに異様であった。彼女を視界に入れると、何というべきか、わたしの本能の一面が勝手に表に現れて、わたしの理性などお構いなしに彼女に近付こうとするような、そのような感覚に陥ったのだ。
 自分を撹乱するものの正体を掴めないまま、つい先程までは放置していたけれど、わたしは漸く納得した――あれがわたしの心を惹きつけていたのだ!
 わたしも彼も彼女、否、あの秘石から目が離せない。あれは不思議な力を内に秘めているのだなあ、と直感で理解した。
 がしかし、今わたしが気にすべきものは秘石ではない。女神の像が自身の仮面を剥がしたと同時に、ひらりと舞い落ちた一枚の洋封筒。

「あっ!!」

 わたしは思わず声を上げた。あれは間違いなく、わたしの両親からの手紙である。
 どうやら宝探しの才能がわたしにない訳ではなかったらしい。他人に読ませない為とはいえども、女神の仮面の裏に隠そうだなんて誰も思い付かないだろう。父の入念さに苦笑しながらも、わたしはお目当ての物と巡り会えたことに大きな喜びと安堵を覚えた。
――早く、早く読みたい。
 ドキドキとワクワクが入り混じってわたしの心を擽る。体を疼かせる。
――早く、早く……!
 わたしはいよいよ居ても立ってもいられなくなって、まるで幼子のように無邪気に手紙の元まで駆けた。
 手紙は両親からのものに違いなかった。封筒の下端に直筆で「父のヴェリタスと母のメールより」と書かれているから絶対に。わたしは気持ちの昂りとは裏腹に、慎重にそれを手にした。十五年という長い年月のせいか、紙質は古くなってザラザラとしている。

「これがお父さんとお母さんからの手紙かあ……」

 手にとってまじまじと封筒を眺める様子は、傍から見ると実に奇妙だろう。しかし今は他人の目など気にしていられない。わたしは早速、封蝋印に触れた。が、近くで彼の「よっと」という、如何にも物をとったような声が聞こえたものだから、わたしは反射で彼の方へ顔を向けてしまった。案の定、彼の右手はあの不思議な石をガッシリと握り締めている。

「ちょ、ちょっと! 何、勝手に盗ってるんですか!?」

 少し茶色がかった白封筒を手に持ったまま、わたしは焦って彼に駆け寄る。すると彼は何を思ったか、この石は俺のものだとでも言わんばかりに右手を背後に隠して、威嚇するように言った。

「お前には渡さないからな」
「いや、それは別に構わないんですけど……」

――やっぱり物盗りはしちゃ駄目だと思います。
 と言いたかったのだけれど、突然に倉庫内を占領した何処か聞き覚えのある音に、わたしは意識を逸らされてしまった。自然と顔がその音源の方に向く。
 さすれば、アーチ状に装飾された壁がやはりなくなっている。代わりに誕生した空間には、ブロード生地の白いシャツの上に、少年に引けをとらない程に奇抜なノースリーブジャケットを身に着け、明るめの茶髪をオールバックにして纏めた男性が感心した様子で佇んでいた。

「手が込んでるな」

 手が込んでいるとは一体、何のことを指しているのだろう。もしや、ここに来るまでに何か大変な仕掛けにでも遭遇したのか。それとも、この秘石の隠し場所が意外だったか。まず、誰に対しての発言だったのだろう。あ、独り言?
――と、再びわたしが現状に追い付けずに硬直している最中、盗人らしき少年は、新たに登場した盗人――かは分からないけれど私の勘がそう主張している――の男性に問いかける。

「あんたは?」

 しかし、返ってきたのは随分と面白味を追求した、上品で賢そうな雰囲気を漂わせる男性にはそぐわない台詞だった。

「この物語の主人公さ」

 彼はその台詞に相応しい姿勢で薄らと笑ってみせたが、わたしは全く以って笑う気になどなれなかった。
 唐突に出現した「自称・この物語の主人公」は自身の招いてしまった静寂に気付いたのか否か、自ら瞬時に空気を変えるという上級スルースキルを駆使すると、重ねて自身の発言をわたしたちの意識から逸らすために(というのは私の憶測に過ぎないが)「フラン、魔石だ」と言った。
 ここで、わたしは若干の違和感を覚える――今、宝物庫には私と少年と盗人の三人しかいない筈では?
 答えは「いいえ」だ。フランと呼ばれる女性は確かに、静かにここにいたのだ。
 カツ、とヒール特有の音が背後から鳴り響き、わたしは思わず振り返った。するとそこには、きっとわたし史上では大発見であろう、まるで黒兎が擬人化したような、それにしては随分と大人びた女性が凛と構えていた。彼女は何処ぞの民族衣装のような、もしくは生活に必要な衣食住の衣を取り敢えず最低限取り入れたような露出の激しい鎧か衣かを黒く、際どく身に着けている。

「…………」

 わたしは彼女の浮世離れした美しさに言葉を失った。脳内の意識が揺蕩う感覚に陥りながら、わたしは自分のゴクッと唾を呑み込む音を何処か遠くから聞き取る。まるで夢の世界に紛れ込んだような感覚である。普通ならばこんなにも過激な服は目の毒だが、彼女が着ると忽ちに目の薬に変化するのだ。それ程までに、彼女は美麗で妖艶だった。彼女に美しさという面で競り合える者など存在しないのではないか、とわたしは朧ながらに思ったのだった。
 けれども彼女は、わたしが彼女の虜になってしまったことなんて露知らず、というより寧ろ全面的に無視して、わたしの隣に立つ盗人少年に声をかけた。右掌をスッと前に出しながら。

「ぼうや、お渡しなさい」

 その声ですら艶を含んでいて、わたしは彼女を「大人の女性を体現する女性」と密かに称した。
 フラン。確かに彼女の風格に相応しい名前だと思う。となると必然的に、彼女と親しそうな「自称・主人公」も殊更に風情のある名前でなければなるまい。少なくとも、この物語の主人公よりかは。
 なんて、一人で勝手に思索に浸っていたら、いつの間にか「盗人(仮)と主人公(仮)による魔石をかけた論争」は終焉間際まで迫っていた――魔石?

「えっ、それって――」

 魔石なんですか。
 わたしはそう発言する準備を確かに整えていた。だのに、実行できなかった。何故なら、戦国時代の兵士たちの雄叫びが「オォォォ!」「ワァァァ!」と、何処からともなくやってきて、通り抜けざまにわたしたちの意識を掻っ攫ってしまったからだ。
――え、ここってもしや、ううん、もしやしなくても、そういう世界?
 わたしは取り戻した意識内で戦慄した。

二人目と三人目




読んだ帰りにちょいったー

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