あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない


――――――――――リリン。
――――リリン、チリ――ン。
――チ――リン、チリリリン。

「…………」

 ああ、分かっている。今――午前七時――が私の起床時刻であることくらい。
――チリリリン、チリリリン。

「んー……」

 現時点でもう八割くらいは意識を取り戻したから、目さえ開ければいいことも分かっている。けれども、まだ――。
――チリリリン、チリリリン。
 何故、性懲りなく目覚まし時計は起きろと騒ぐのか。
 手のかかる子どもを相手にしたときのような呆れ具合で、もう……仕方ないなと思いながら、わたしは薄っすらと目を開けた。何様といった態度である。そして、未だ騒がしい目覚まし時計の頂にあるボタンを押し、彼の動きを封じ込める。こうして静かな朝の訪れを、わたしはようやく感じ取った――え、朝?
 一瞬、否、暫し思考が働かなくなる。寝起きというのもあるが、あれ、と思考が立ち止まってからフリーズしてしまったのだ。
 とりあえず確認のために今一度目覚まし時計を見遣ると、その針は当然のように午前七時を指していた。わたしは七時起きを習慣としているから、だよね、とその時刻に納得する。違和感は、そう、今が朝であることだ。

「あれ……」

 寝起きの若干乾燥した声に続けて、わたしはモヤモヤする頭を抱え、思考を少しずつ巡らせる。昨日は――そう、城だ。あと、竜司先輩と、変装した雨宮先輩。それで、家に帰って……。

「…………」

 硬直する。冷水を浴びたときのように目がぱっちりと開く。脳内も寝起きにしてはかなり冴え渡る。その後、冷や汗のような何かが心を伝い、焦りが生まれたことでわたしは飛び起きた――やってしまった。
 前にも述べたように、わたしには弟がいる――名前ははる。中学二年生で、平日はバスケ部に顔を出し、休日にも友だちとバスケをしているような、根っからのバスケ少年だ。それに加えて育ち盛りのため、摂取しなければならないカロリーが異常で、陽を死なせないため――は大袈裟かもしれないが――、とにかく誰かが料理をたくさん作らなければならなかった。しかし両親は共働きのため、帰ってくるのが陽よりも遅い。となるとまあ、料理係として矢面に立てるのは、必然的にわたししかいなくなる訳で。結局、家族の総意(わたしも料理するのは好きだから了承した)で、わたしは料理係に任命されたのだった。
 それからというもの、わたしはホームルーム後すぐに家に帰って晩ご飯を作るようにしていた。そうすれば、絶対に陽の帰宅時間までに料理を作ることができるからだ。なのに、昨日のわたしは何と愚かだったのか。帰宅後すぐに、料理することを忘れて睡眠をとってしまったのだから。
 本当に、何ということだ。こんなことは、今までに一度もなかったというのに。余程、昨日の出来事が精神や身体に負担をかけたのだろう。しかしそれは、家族の死活問題を前にしては言い訳にならない。
 とにかくこれから、罪滅ぼしとは浅ましい行為かもしれないが、きっともう起きているだろう陽に「死にかけさせて、本当にごめん」と謝って、朝ご飯を大量に用意して、たらふく食べてもらおう。そして、もう出勤してしまったであろう両親にはメッセージで『夜ご飯用意できなくてごめん』と謝ろう。
 よし、と心を入れ替えて、わたしはベッドの隅に置いてあった自分のスマートフォンを手に取った。けれどもホーム画面を開くことは愚か、電源を点けることすらせずに、そそくさと台所へ向かうのだった。





 あれからわたしはシミュレーション通りに、とはいかなかったが、陽に謝罪し、お詫びに朝食をご馳走した。陽には「いや……出前取ったし、別にいいよ。朝ご飯も適当に食うから、ほんとに気にすんな」と言われたが、ゴリ押しで、というか単にわたしが気になるからという理由で、お節介を焼いたのだった。
 両親にも、その後すぐにメッセージを送った。ここはシミュレーション通り『夜ご飯用意できなくてごめん』である。このメッセージに対して、両親はすぐに反応してくれた。
 父は『大丈夫。出前取るように陽に言ったから』と、何となくわたしに甘いとも取れるようなフォローを。ただし、本人に甘くしている自覚があるのかは定かではない。
 母は『まあ、楓がそんなにずっと寝てるなんて珍しいとは思ったけどね。何かあったの?』と、さり気なく質問を。相変わらず心配りの上手いことだ。
 わたしは事前に、もしかしたら母には爆睡した理由を聞かれるかもしれないと予想していた。けれども実際に問われると、本当のことはかなり言いづらかった。だって、学校が城になっていただなんて、もしもわたしが母だったとしたら絶対に首を傾げるし、『もう、冗談はやめてよ。こっちは心配してるのに』という感じで微塵も信じないだろうから。
 そこでわたしは『昨日はたまたま色んなお手伝いをしたから。それで疲れちゃったのかな』と若干の嘘を吐いたのだが、今思えばかなりおかしい。しかし母は『そっか。まあ、人のために動くのはいいことだけど、程々にね』と、真偽を確かめることはせず、単純にわたしを気遣ってくれたのだ。その優しさの塊のような対応に、わたしは話を誤魔化したことを深く反省した。またの機会には必ず、正直に話そうと思う。

吃驚仰天の朝には




読んだ帰りにちょいったー

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