あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

「いらっしゃいませ! ただいま焼き立てをご提供しておりまーす!」
 ショーケースの中には、店員さんの元気な呼び声も耳に入らなくなるほど、空腹の人間には強烈過ぎる芳醇な香りを放つパンの数々が、宝石の如く散りばめられていた。どこぞの人が「パンの宝石箱や〜!」と評価しても可笑しくない煌めかしさである。けれども最早感嘆する余裕もなかったわたしは、取り敢えず目に付いた好物を頼むことにした。
「すみません。カレーパンとロイヤルミルク、あとフルーツデニッシュを一つずつください」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
 これで一件落着だ。ホッとする傍らで、店員さんはテキパキと注文の品を袋に入れ、包んでいく。その手際の良さに、わたしは漸く感動することができた。
「それでは、三点で七百八十円になります」
 店員さんから愛想良く言われて初めて、わたしは自分が財布を出していないことに気付いた。「あ、ごめんなさい」と謝罪を口にしながら、鞄から如何にも使い古したような財布を取り出して、小銭をカルトンに並べていく。その際に店員さんが「ゆっくりで大丈夫ですよ」と言ってくれたのは非常にありがたかった。これが接客業の鑑かとも思った。
「これでお願いします」
「かしこまりました。七百八十円、丁度頂きます。それでは……丁度頂きましたので、お先にレシートのお返しになります」
 ほんわかと穏やかな空気の中に礼儀正しさをきちんと兼ね備える店員さんからレシートを受け取ると、続いて「こちら商品になります」とヨンジェルマンのロゴの書かれたビニール袋が差し出される。洗練された一挙手一投足に、目が釘付けになってしまったが、何とか平生を保って感謝の言葉を口にし、差し出されたそれを丁寧に受け取る。そして、わたしは何とも清々しい気持ちを抱いたまま、「ヨンジェルマン」に背を向けた。
「ありがとうございます。またお越しくださいませ」
 と言う店員さんのハリのある声を耳にしながら。
 この日、わたしは連絡通路の辺りでほくほくのパンを味わいながら、わたしもあの店員さんみたいになるのだと、憧れも含む決意を抱いたのだった。そして、腹を満たして家に帰り、晩ご飯の用意を済ませたところで、揃って帰ってきた弟と両親に向かって「わたし、アルバイトしたい!」と声を大にして決意を語ったのである。

異世界への憧れ




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