あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

 その後、無事にゴミ収集場にゴミ袋を捨て、戻ってゴミ箱に新しいポリ袋を取り付け、日直ではなかったが戸締りを確認し、帰り支度をして、わたしは漸く教室を発った。その頃には体も程良い疲労感を覚えていた。階段を下りる度に、身体から力が抜けていく感覚に陥るくらいには。だからだろうか、校門付近で眩しく光る金髪の彼を視界に入れた瞬間、わたしは疲れが一気にぶわっと飛んでいくのを感じたのである。
「竜司先輩!」
 大声で彼の名を呼んだ後で、彼の隣に昨日の「前科持ち」の男子生徒がいるのに気付いたけれども、今は気にしていられない。彼の元まで一気に駆けていく。しかし、わたしに気付いた彼の反応は変だった。「おまっ!」と、驚きというか、何でここにいるんだというか、とにかく変だったのだ。
「どうかしま――あれ?」
 疑問に思って立ち止まり、彼に問うたときには、もう遅かった。視界がぐにゃりと歪んで、感覚が途端に失われる。何だこれ、失神か、と思ったが、すぐに感覚も視界も元通りになり、わたしは呆気にとられてしまった。
「な、なに……」
 訳が分からずに混乱していると、竜司先輩が「楓!」と焦ったような声を発してこちらに駆け寄ってきた。
「あ……竜司先輩。こんにちは」
 見知った顔がいたことで少し安心するも、彼に「こんにちはじゃねえだろ!」と焦りやら心配やら怒気やら色んな感情を含んだ声で叫ばれ、次は怒られるようなことをした覚えがなくて困惑する。
「あ、え、えっと……ごめんなさい」
 取り敢えず彼の気分を害してしまったことを謝罪すると、彼は我に返ったように「……あ、いや、悪ぃ。いきなり叫んじまって」と罰の悪そうな表情を浮かべた。突然彼が叫ぶだなんて余程のことがあったのだろうと想い、何かあったのかと彼に聞くと、彼は「後ろ、見てみろ」とわたしの後方を指した。わたしは促されるように、そちらを振り向いた。
 すると、何故か中世の城が建っていた。
 え、何で? え、何で、え、何で、と同じ疑問が脳内で繰り返されるも、驚きの余り声が出ない。
 え、何で。何で?

「――おい、楓!」
「え? あ、ああ、ごめんなさい……」
 どうやら暫く放心してしまっていたらしい。竜司先輩に肩を揺さぶられ、わたしは何とか自我を取り戻した。が、眼前に竜司先輩の心配そうな顔があったせいで、次は心臓がばくばくと煩くなる。何だろう、今日はやけに心と体が忙しい。
「大丈夫か?」
「……はい、大丈夫です。だから、離れて……」
 恥ずかしさ故にわたしは彼から顔を逸らし、ぼそぼそと呟く。それでもこの距離の近さで聞こえない筈はなく、「あ、悪ぃ、また……」と竜司先輩もハッとしてわたしの両肩から手を離し、距離を取った。無意識下で息を詰まらせていたらしく、「はっ、ふう……」と深く呼吸すると、漸く身体が落ち着いた気がした。

疲労と城と拍動と




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