あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

「竜司、またってどういうことだ」
 いきなり背後から透き通ったような、男の人の声が聞こえた。驚きでパッと振り向くと、これまた脳に優しくない人物がすぐ側に立っていた。本当に今日は脳と肺と心臓が多忙である。
「……あー、その話はまた今度な――ってお前、そのかっこ……」
 黒髪に仮面に、黒の上下に黒いコート。そして、真っ黒な出で立ちに映える真っ赤な手袋。如何にも怪盗といった風貌だが、コスプレだろうか。竜司先輩は意外な交友関係を持っているようだ。あれ、でもさっき竜司先輩の隣には「前科持ち」の先輩がいたような……取り敢えずここは竜司先輩に聞くのが一番だろう。いつの間にか怪盗(仮)の隣に佇んでいた竜司先輩に、わたしは顔を向ける。
「竜司先輩、この方は?」
「……ああ、コイツは雨宮蓮。『前科持ち』の噂は楓も知ってるだろ?」
「はい」
 何だか嫌な予感がする。まさか、この人が「前科持ち」の先輩だなんて――。
「蓮が噂のそのヤツなんだよ」
 ううむ。昨日といい今日といい、嫌な予感というのはつくづく当たってしまうような気がする。少々自慢げに怪盗(仮)の紹介をする彼の発言に、わたしは呆然としてしまった。
 竜司先輩が言うには、この人はさっき竜司先輩の隣にいた制服姿の「前科持ち」の先輩と同一人物らしい。つまり怪盗のような恰好をした彼は、わたしが見た記憶がないとはいえ、公衆の面前で着替えた訳だ。なるほど。
 まあ、彼の前科がどういったものなのか、わたしには知る由もない。だから彼が変質者だとしても、何らおかしくはないのだ。例え、公衆の面前で着替えるような変質者でも……受け入れろ、わたし。
 今日は本当に身体的にも精神的にもダメージの凄い一日だ。それでも今は状況を飲み込まなければ。意識だけは保っていないと、目の前の変質者――いや、先輩に迷惑をかけることになってしまうから。
「よろしく、成宮さん」
「あ、はい。よろしくお願いします」
 雨宮先輩がわざわざ手袋を外してまで差し出した右手に、わたしは何故か嫌悪感なく、吸い込まれるように右手を重ねた。そして握られた手は、彼の肌の温かみを十分に受け取り、ゆっくりと解れていった。それは心と体にも伝わり、そこでわたしは悟る。わたしはいつの間にか緊張していたのだと。それに気付き、かつ解そうとしてくれたこの人は、変質者などではないと。
「あの、雨宮先輩」
 手を離し、わたしは意を決して彼の目を強く見つめる。仮面越しでも伝わる彼の信念は、わたしの根底を揺るがすくらい大きなものだった。
「わたし、先輩の仲間になります」

前科持ちの怪盗(仮)




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