あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

わたしと坂本先輩は共に先生に連れられ、生徒指導室へと向かった。いや、本来、わたしは担任に遅刻の連絡もしてあるし、警察に補導もされていないし、在学も怪しくないから生徒指導部長直々に指導される必要は全くないのだけれど、やはり先刻に僅かながら荒ぶっていたのが仇となったか、無茶苦茶にも程がある嘘を果敢にも生徒指導部長の先生に振ってしまったのだ。よって、それは当然、わたしは先生に指導されなければならなかった。
 中に入れば即刻、やはりわたしは先生に責め立てられる――何故、嘘をついたんだと。いや、それならばわたしの嘘を認めた先生も同じだろうと思ったけれど、しかし今回は先生のお陰であの状況から脱することができたといっても過言ではない。そのため、素直に謝った。すると先生は「まあ、今回は鴨志田先生の手前、私もあまり事を荒立てたくなかったからな、両成敗ということで目を瞑ろう。だが、これからはあんな嘘は吐くな。分かるだろう? 成宮は優秀な生徒なんだ――坂本と違ってな」と坂本先輩を見遣った。わたしの隣の席に座っている坂本先輩は先生の疎ましい視線に抗うようにバン、と机を叩いて立ち上がった。
 わたしは純粋に、この人は凄いな、けれど哀れだな、と思った。わたしには彼のように大人に抵抗する勇気も、その後の自身への悪影響を顧みない愚かしさも同様に持ち合わせていない。だから彼は、いよいよわたしの中では「金髪の怖い先輩」から「馬鹿だけど凄い先輩」に肩書きを変えていた。






「ったく、アイツの説教は長過ぎんだよ。マジでイラッとくるぜ」
「あはは。お疲れ様です」
「……でもまあ、あれだけで済んだのもお前のお陰だよな。サンキュな」
「いえいえ、そんな! でも、お役に立てたなら良かったです」

 いつの間にわたし達の仲は深まったのだろう、わたしは坂本先輩と二人で並んで歩いても他人の視線が少し気になるだけにまで彼に気を許してしまい、かつ何となく会話を楽しんでいた。

「そういや、お前――じゃなくて! 成宮、つったか? 何で会ってもないのに俺の名前――って、そっか、そうだったな。悪ぃ」

 向こうから問いかけてきたのに、何故か彼はわたしに聞きかけて止めて、思い当たることが多分あるのだろう、勝手に自己完結させていた。まるで独り言のようだった。しかしまあ、わたしとしても凡そ彼の思い当たったことが返答になるだろうことは分かっていたから、言う手間が省けたともいえる。
 取り敢えず、名字は互いに知っていても名前まで知らないと友人関係――ここでは上下関係――に持ち込めないだろう。わたしは挨拶の礼儀として、自ら進んで自己紹介をした。無論、一旦は立ち止まって。

「では! 改めまして、秀尽高校一年生の成宮楓です。誕生日は十一月二十一日、好きな食べ物はプリンです! まだまだこの辺りは知らないことばかりなので、いろいろ教えて頂けると助かります。先輩後輩として仲良くしましょうね!」
「お、おう……」

 最後は良い感じにニッコリと笑って締めくくれた気がしたのに、彼は何処となく引き気味というか、構ってちゃんの妹を「分かった、分かったから」と軽くあしらうような雰囲気を纏って頷いていた。
 ああ、もしかしたらしつこかったかな、とわたしは少し反省する。けれども彼は、どうやらそういう意味で引いていた訳ではないらしく、気を取り直すと「コホン。あー、あー」と喉の調子を確かめてから挨拶をしてくれた。

「えっと、まあ、たぶん知ってるだろうけどよ、俺、二年の坂本竜司な。あと、別に俺は大して出来た奴じゃねえからさ、そんな硬っ苦しく話さなくてもいいぜ? それこそ先輩とか後輩とか気にすんな、ってな!」

 彼の自己紹介は最初こそ随分と控えめだったが、後半になって急にお茶目だったり無邪気だったり、とにかく悪戯っぽくニカッと笑ってくれたから、わたしは何だかもう、堪らなく嬉しくなった。心の底からホッと息を吐けた気がした。

「じゃあ、早速なんですけど、お近付きの印に『竜司先輩』って呼んでもいいですか?」
「竜司先輩……へへっ、もちろんいいぜ! んじゃ、俺も『楓』って呼んでいいか?」
「はい、是非! これからよろしくお願いしますね、竜司先輩!」
「おう! よろしくな、楓!」

 わたしは最早、彼に対して「馬鹿だけど凄い先輩」などという印象は抱いていなかった。ただ在るのは「竜司先輩≒無邪気」という解答だけだった。
 その後、他愛のない会話を繰り広げていたところで、ふと気になることが思い浮かび、わたしは特に躊躇なく「そういえば」と口を開いた。

「竜司先輩は何であんなに鴨志田先生に当たっていたんですか?」

 本当に、純粋に持った疑問だった。竜司先輩が勇気の象徴だということはしっかりと認識したけれど、あれはただの怒り、もしくは憎しみだったような気がするからだ。

「ああ、あれか……えっと」

 竜司先輩も竜司先輩で特に動揺した様子もなく答えたが、そこで言い淀んだ。どうやら人の多い廊下では話しにくいらしい。でも話そうとはしてくれていることがわたしは嬉しくて「何処かに移りましょうか」と小声で竜司先輩に提案した。竜司先輩は「だな」と頷くとスマホをズボンのポケットから取り出し、ちらとだけ画面を見た。そしてわたしに向かってニヤリと笑った。

「五時間目まで時間あるし、丁度いいか。楓、ちょっと付き合ってくれ」

不良(仮)




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