あなたが星に願うとき

第一章 あなたが誰かは関係ない

親に大々的にアルバイトに従事したい旨を伝え、父が「やりたいならやってみたらいいんじゃないか?」と肯定的に、母が「そうだけど……高校生活に慣れるまでは無理しない方がいいんじゃない?」と心配そうに、弟が「え、楓バイトすんの」と興味津々(には聞こえないけれど、まあ姉の勘というやつだ)といった様子で返事をくれてから、一日。私は母の言い分も取り入れて、ひとまず高校生活が落ち着いてからアルバイトについて考えることにした。もちろん今でもそこそこ落ち着いてはいるのだが、流石に入学して数日でアルバイトを始めるのは外聞によろしくないと判断したのだ。よって、今は勉学に励みながら、目安として四月末までに、自分に合ったアルバイト先を見つけようと決意した次第である。
 今朝からしとしとと地に降っていた雨が、いよいよ上がって少しの肌寒さが感じられるようになった放課後。掃除当番であるわたしは級友たちと教室の清掃に取り組み、見事ピカピカに仕上げ切った。今や他の当番の子たちは残るゴミ捨て係をわたしに託してさっさと教室から出て行ってしまったけれど、それでいい。わたしはこの掃除後の少し埃っぽい空気と、換気のために開けた窓から吹き込む新鮮な空気の混じり合ったような感じが、人間と自然が一体化できているみたいで好きだった。だから正直に言うと、この空気を一人で楽しみたいがためにゴミ捨て役を進んで買ったというのもある。
 そうして、教室に四つあるゴミ袋を無事に纏め終わったところで、突然、ガラガラと奥の扉の開かれる音がした。わたしは瞬時にそちらへ振り向く。
 すると、そこにはクラスで最も仲のいい友だちが立っていた。

「紗月!」

 彼女の名前を呼ぶと、彼女は「あ、楓」とわたしの存在に気付き、黒髪ボブという可愛らしい髪型に相応しい癒やしの笑みを浮かべた。恐らく女子トイレで着替えてきたのだろう、その身は制服ではなく体操服を纏っている。

「今日も女バレの見学?」
「うん。だから鞄、取りに来たんだ」

 言いながら、彼女はくねくねと机の間を縫って自分の机に向かっていく。運動好きの人がしそうな身のこなしである。「そっか。頑張ってね」とわたしが言うと、もう鞄を取った彼女は「うん、ありがとう」とこちらを見て笑った。そして、こちらの手元を見て首を傾げる。

「ゴミ捨て行くの?」
「うん。わたしが行く! って皆に言っちゃったから」
「そうなんだ……手伝いたいけど、ごめん。そろそろ行かなきゃ」
「ううん、大丈夫だよ。見学頑張って!」
「ありがとう。それじゃあ、また明日」
「うん。また明日ね」

 互いに手を振って、やがて紗月は開け放っていた扉からパタパタと駆け足で出ていった。そのまま開けっ放しであることから、余程急いでいただろうことが伝わった。もしかして引き止めちゃったかな、と少し申し訳ない気持ちになりながら、わたしは纏め終わった可燃ゴミと不燃ゴミの袋をそれぞれ片手で持ち上げる。そして、新鮮な空気が大分と満ちてきた教室を、わたしも遂に後にした。
 その後、無事にゴミ収集場にゴミ袋を捨て、戻ってゴミ箱に新しいポリ袋を取り付け、日直ではなかったが戸締りを確認し、帰り支度をして、わたしは漸く教室を発った。その頃には体も程良い疲労感を覚えていた。階段を下りる度に、身体から力が抜けていく感覚に陥るくらいには。だからだろうか、校門付近で眩しく光る金髪の彼を視界に入れた瞬間、わたしは疲れが一気にぶわっと飛んでいくのを感じたのである。

「竜司先輩!」

 大声で彼の名を呼んだ後で、彼の隣に昨日の「前科持ち」の男子生徒がいるのに気付いたけれども、今は気にしていられない。彼の元まで一気に駆けていく。しかし、わたしに気付いた彼の反応は変だった。「おまっ!」と、驚きというか、何でここにいるんだというか、とにかく変だったのだ。

「どうかしま――あれ?」

 疑問に思って立ち止まり、彼に問うたときには、もう遅かった。視界がぐにゃりと歪んで、感覚が途端に失われる。何だこれ、失神か、と思ったが、すぐに感覚も視界も元通りになり、わたしは呆気にとられてしまった。

「な、なに……」

 訳が分からずに混乱していると、竜司先輩が「楓!」と焦ったような声を発してこちらに駆け寄ってきた。

「あ……竜司先輩。こんにちは」

 見知った顔がいたことで少し安心するも、彼に「こんにちはじゃねえだろ!」と焦りやら心配やら怒気やら色んな感情を含んだ声で叫ばれ、次は怒られるようなことをした覚えがなくて困惑する。

「あ、え、えっと……ごめんなさい」

 取り敢えず彼の気分を害してしまったことを謝罪すると、彼は我に返ったように「……あ、いや、悪ぃ。いきなり叫んじまって」と罰の悪そうな表情を浮かべた。突然彼が叫ぶだなんて余程のことがあったのだろうと想い、何かあったのかと彼に聞くと、彼は「後ろ、見てみろ」とわたしの後方を指した。わたしは促されるように、そちらを振り向いた。
 すると、何故か中世の城が建っていた。
 え、何で? え、何で、え、何で、と同じ疑問が脳内で繰り返されるも、驚きの余り声が出ない。
 え、何で――何で?

放課後にはお城へ




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