きみは?

 こうして親も地位も失ったククールは当然、ドニの町に定住することが不可能になってしまった。そこで、彼は母親の遺言を受け、近くのマイエラ修道院に行くことを決意する。その旨とこれまでの感謝を伝えにククールがメアンの家を訪ねると、彼女は「わたしのおうちはダメなの?」と首を傾げ、母に交渉を始めた。
 ククールだって、出来ることならメアンの家に居候したかった。だが、彼女の母はたった一人でメアンを育ててきたのだ。だからそれは当然、借金を抱えるククールの面倒まで見ることは到底できなかった。
 結局、ククールはメアンの母から少し食べ物と水、お小遣いを貰った後、その足でマイエラ修道院に旅立った。故郷であるドニの町を離れていってしまったのだった。
 その後、メアンは大好きなククールと離れ離れになった寂しさや悲しみに暮れるようになった。暫く家から出ずに篭りっきりだったのが大きな証拠だ。
 メアンは彼と過ごした日々を思い出しては泣きそうになりながら、母に父の話をするようお願いした。母はいつも通り優しい声で父の話を聞かせてくれた。そしてやはりそのときだけは、彼女も安心して眠ることができた。
 しかし彼女は幼いながら、姿を消したククールの気持ちを理解しようと努めていた。なぜなら、彼女もまた彼と似た境遇にあったからだ。
 何度も言うが、メアンには父親がいない。だからククールが父親を失った悲しみは凄く分かったし、想像に難くなかった。けれどもメアンには母親がいる。だからククールが母親を失った寂しさは分からなかったし、想像したくもなかった。しかし彼女はククールのために、もしも自分の母を失ったらどう思うかを想像したのだ。
 その末に見たものとは、ただの孤独だった。ククールは孤独で寂しかったのだ。そうメアンは思い、そして気が付いた――私がククールと離れ離れになってしまったときと似ている、と。
 メアンはハッとした。自身がククールのことを「兄のような友だち」と認識していないことにハッとした。そしてそれが即ち、彼に恋をしているということだと、彼女は気付いてしまったのである。
 メアンはククールに会いたいと思う気持ちを益々強くしていった。それは時に彼女を励まし、時に孤独に陥れるものとなった。纏めてしまえば、つまり、メアンはククールのことをいつ如何なる場合も忘れることはなかったということである。
 しかしククールとメアンが別離してから十二年が経った春の夜、突如として好機は訪れる。聖堂騎士団が任務先で大活躍を遂げたとかで、ドニの町の酒場にて祝宴を開くという噂をメアンは耳にしたのだ。長年想い続けた人に会えるかもしれない、と彼女の胸は高鳴った。彼女は目一杯に準備をして、当日を迎えた。
 メアンは青い男衆の中にククールがいないか必死に探した。銀髪で、空色の瞳で、小さい顔で――手がかりはそれだけだった。けれども、それだけで十分だった。銀髪の美男子なんて、そんな人は彼女の知る限り、彼しかいなかったからである。

「ククール!」

 メアンは今まで出したこともないような声量で彼の名を呼んだ。その場にいる全員がちら、と彼女の方を見遣る。
 ククールはあの優しい声にもあの優しい笑顔にも覚えがあった。多分、ドニの町で仲の良かった女の子だと彼は思った。何となく記憶の鱗片に残った少女の面影が、彼女に重なっていたから。だから、元気にしていたと分かって彼は安心した――のも束の間、誰かがククールの体をギュッと包む。何だ何だと彼が見下ろした先にあったのは彼女のさらさらの髪や、女性らしい感触や、何処か懐かしい花の香りだった。ククールは余りの懐かしさに涙が溢れそうになった。堪らず、名前も思い出せないのに彼は口を開いていた。

「久しぶり。えっと――」
「メアン、私はメアン。人間よ」

 間髪入れずに名乗った彼女に対してククールは驚きを隠せなかった。それは何故に彼が名前を忘れていることに気付いたのかというのも勿論あるが、「そうだ、その名前だ、何で俺はその名前を忘れていたんだ」という、彼自身への呆れの篭った驚きでもあった。

「……メアン、久しぶりだな」
「ククール……! おかえりなさい!」

 メアンは余りの喜びに、周りのことなんて全く考えずにククールを歓迎した。久しく見ていなかった彼との再会、感じていなかった彼の匂い。彼女は幸せだったのだ。

「ああ。ただいま」

 ククールも久々のメアンとの再会を嬉しく思った。が、時が時、場合が場合だったせいでメアンとククールは聖堂騎士団員から酷く好奇の目を向けられてしまっていた。それに気が付いたメアンはククールを抱き締めていたのをいいことに、さっと彼の手を掴んで「来て」とだけ言うと、走ってその場から逃げ出した。
 二人の背後から「おい!」などという野太い怒声が響いても、彼らは気にしなかった。それよりも兄妹のような二人は、このシチュエーションを体験するのは二回目だな、と頭の中であの頃を思い返していたのだった。

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