家庭的な軍師は出会う


 ・・・


――ピピピピ、ピピピピ。ピピピピ、ピピピピ。
 目覚まし時計が機械的な音を鳴らして、俺に午前五時〇〇分の到来を告げている。それに、何だか瞼辺りがぼんやりと温かい。
 何だろう。俺は不思議に思いつつ、ゆっくりと目を覚ました。刹那、異様な程に眩しい光が双眼に入り込み、俺は思わず右腕で両目を覆う。
 そういえば昨晩は珍しく睡魔に襲われて仕方なく寝床に就いたのだった。ある程度はすべきことをきちんと終えたつもりだったが、これだけは忘れていたのか。まあ、いい。特に支障はない。
 暁光にも慣れてきた為、俺は腕を下ろし、枕の脇に丁寧に畳んでおいた愛用の眼鏡を手に取った。テンプルを開いて耳にかけると、レンズを通して室内がはっきりと見回せた。それから体熱でじんわりと温まった布団を自身から剥がしてベッドから下り、俺は朝の光差し込む窓のそばまで歩いた。
 緑の分厚いカーテンに手をかけつつ窓の向こうを望めば、早朝にも関わらず既に十数台の自動車が道路を走っていた。そして、何より今朝は空に雲が一欠片も浮かんでおらず、ビルの狭間から覗く朝日がきらびやかに王都インソムニアを彩っている。
 たまにはこういうのも良いかと思って、俺は開け放たれたカーテンをそのままに、そっと手を離した。今日は自分でも分かる程、気が緩んでいるらしい。
 いや、しかし今からこなさなければならない日課がある――朝昼の食事の用意に、洗濯物の取り込みにアイロンがけ、畳んでからの収納。俺の日課でもある家事をするのだから、気を引き締めていかねばなるまい。俺は眼鏡のブリッジを持ち上げて気合を入れた。

「よし」

 今日も俺は明日に恥じぬよう、自分自身に恥じぬよう、何事にも冷静に、全力で生きていこう――ああ、そうだ、帰りに時間があればノクトにあのお菓子の試作品でも作っていこうか。





 俺は無事に午前中の仕事と自主訓練を終え、昼食兼休憩の時間を迎えた。しかしながら今日は予定が立て続けに組まれているものだから、いつもは四十分程度ある自由時間も結果的に少なくなってしまっている。だが、其処は普段から伊達に几帳面に日々を過ごしていない俺である。料理は味わって食べたい派だが、今回に限り味わわずとも味わえる料理のレシピを考案し、作り、弁当に詰めてきた――「冷めないハンバーグ弁当」。
 俺は宮内の中庭に設けられたベンチに腰掛け、弁当袋の中から弁当を取り出した。よし、と意気込み、そのまま蓋に手をかける。
――パカッ。
 蓋を開けた瞬間、ホカホカと蒸気が立ち昇り、特製デミグラスソースの甘辛い匂いが俺の嗅覚を刺激した。ハンバーグも綺麗な楕円形に仕上がっている。周りの人参やブロッコリーもいい加減に温まっているらしく、デミグラスソースがかかって艶々していた。我ながら外見は完璧だ。
 問題は中身だ。味見は勿論したし、匂いも食欲をそそるものだったから美味しいと思うが、果たしてどれだけの出来なのだろうか。俺は内心ワクワクしながら、自分専用のナイフとフォークを同じく弁当袋から取り出して食事の準備を整えた。

「いただきます」

 食事の挨拶を済ませ、俺は温かいハンバーグをナイフで一口サイズに切った。その度に丁寧に捏ねた挽肉から旨味の凝縮された汁がじゅわ、と溢れ出る。美味しそうだ。早く――。

「お、おお美味しそうですね」
「ああ……ん?」

 唐突に背後から女性の震えた声が聞こえて、しかし目の前の料理に気を取られていたせいで心の篭っていない返事をしてしまった。が、さっきまでは誰も中庭にいなかったのに何故だと不思議に思い、俺はこのとき漸く後ろを振り向いた。

「…………」

 俺は硬直した。何かに金縛りを受けたかのように、恐らく外的要因で体が動かなくなってしまったのだ。
 この女性は、この女性は――?

「あ、ああああの……」

 彼女の動揺したような、不安そうな呼び掛けに、俺はハッとして自我を取り戻す。さっきまでは動かなかった体も、何ともなかったかのように動かせるようになっていた。

「……すまない。君は確か、今日の午後からレギス様に謁見する予定の……トーネ・エオルゼア、だったか?」
「あ、は、はははい! そうですっ」

 やはり彼女は今朝の集会で宮内大臣様が「くれぐれも失礼のないように」と仰っていた研究者だった。どうも、クリスタルの魔力の使用によるレギス様の生体の衰えを防ぐ薬を開発したらしいのだ。もしそれが本当であればレギス様もノクトも大喜びに違いない。尤も、俺より一つ年が下である、つまり高校を卒業して間もない女性がいきなり結果を生み出すなんて考えられないが。


 ・・・


 今から約二年前、普段よりもスケジュールが詰まったとある日に、こうして俺とトーネは出会った。この日は、俺の長い片想いの始まりの日でもあった。

  



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