ようこそ、楽園へ


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 閑話休題。
 俺たちは楓の誕生日を祝福するために前々から様々な準備を進めてきた。例えば、バースデーケーキやメッセージカードの作成、パーティーグッズや飾りの買い出しなどである。しかし俺は残念なことに当日しかこちらにいられないため、担当は必然的に地元でも出来る「惣治郎さんにルブランの貸し切りを許可してもらう役」と、俺が居候期間で鍛えた器用さを駆使した「誕生日ケーキを作る役」となった。他のメンバーの担当は正に細やかに決められた。
 まず、怪盗団きっての美術家である祐介は当然のようにケーキやカードなどのデザインを担当したい、と申し出てくれた。これには皆が納得した。祐介に買い出しをさせると何を買ってくるか分からないし、まず節約しようとして何も買ってこない可能性だって浮上してくる(因みに予算の七千円は全員で負担したが、祐介の分は俺が出してやった)。だからこの役割はかなり適切だった。
 次に、楓とは大の仲良しということで、杏が彼女をルブランまで自然に連れてくる役を買って出た。流石、これまでギリギリの演技を魅せてきた女優(仮)である。
 しかしそう、実をいうと、この誕生日会が開かれることは一切、楓には伝えていない。ついでに俺とモルガナがルブランに戻ってきていることも知らせていない。つまり、この誕生日会は怪盗団から彼女への、団体としてのサプライズプレゼントであるということだ。だから、杏はメンバーの中で最も重要な役を担っているのである。無事の成功を祈りたい。
 しかしまあ、今回は双葉という最強のバックアップがついているため、あまり心配はしていない。双葉は俺たちと杏の中継役も担ってくれる予定だ。
 また、買い出しは金銭感覚がしっかりついている真と、その荷物持ちとして竜司が担当し、店内の装飾はルブランの店主である惣治郎さんと、彼を尊敬する春が担当することとなった。惣治郎さんは加えて一品料理も何皿分か作ってくれるらしい。本当に世話になりっぱなしで頭が上がらない。
 とまあ、こうしてそれぞれが楓の誕生日のために役を全うして時は経ち、もう当日である。一ヶ月程前に話が上がって以来あれやこれやと奮闘してきたが、長いように思えて案外あっという間だった。俺がこの日をどれだけ待ち望んでいたのかが明白に分かると思う。我ながらバースデーケーキの出来は中々だと思うし、楓への誕生日プレゼントも用意したから準備は万端だ。
 さて、それでは懐かしの喫茶店で楓を待つこととしよう。


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 店内に入れば、ルブランの落ち着いた内装が俺を迎え――ずに、『楓 お誕生日 おめでとう』と大きく書かれた大判の紙やら色とりどりのハート型のバルーンやら、とにかく鮮やかな装飾たちが俺を迎えてくれた。どうやらもう既にセッティングは完了しているらしい。何より店内には惣治郎さんや祐介、モルガナ(まだ眠っている)、竜司、真に双葉に春までもが既に揃っていて、皆――モルガナ以外――が俺の顔を見る度に「おかえり」と言ってくれるものだから、俺はもう喜びや感度を通り越して呆気にとられていた。このアットホームな感覚を、俺はどれだけ待ち侘びたことか。
 平常心を取り戻した俺は皆の「おかえり」に応えようと、しかし何だか気恥ずかしくてぼそりと呟くように言った。

「ただいま」

 だが、ある人には聞こえていたようだ。惣治郎さんが「何だお前、照れてんのか?」と半笑い気味に尋ねてきたから、俺は余計に恥ずかしくなって俯きがちにゆっくりと頷いた。すると春が「そうだよね。私たち、一ヶ月ぶりに会うんだもの……久しぶり、暁くん」と微笑みながら会話を繋げてくれた。春は本当に場の空気とか人の心情を読むのが上手い。

「久しぶり、春。それに、皆も」

 俺の呼び掛けに皆が頷く中、双葉はいきなり俺の前までやってきた。暫くそのまま棒立ちになっていたが、意を決したように、急に俺に抱きついてきた。

「暁、全然帰ってこないし。そうじろう、寂しくて仕事に集中できてないんだからな!」
「おい、双葉、何言って――」
「嘘ついた、てないけど、わ、わたしも、寂しい。だから、もっと帰ってこい」

 これを世間では駄々をこねるというのだろうか。いやしかし、実の妹のようでとても可愛らしい。

「分かった。努力する」
「ほんとか?! 約束だぞ!!」

 双葉は蕾が花を咲かせたみたいに顔をぱあっと輝かせてそう言うと、俺から離れた。そして機嫌良さそうに「それじゃ、わたしは杏のサポートに回るからな」と言って、二階の屋根裏部屋に鼻歌を歌いながら上がっていった。この一部始終を母、というより姉のような視点で見ていたのは我らが参謀の真である。

「はあ……双葉はほんと、甘えたがりね」

 真はやれやれ、といった感じで呆れたように言った。しかし実際はとても優しく微笑んでいる。人の面倒を見るのを意識せずともできてしまうのが真の凄いところだと感じた。

「双葉にはああ言ったけど、正直、俺がこっちに来られる機会は少ない。だから真、双葉を頼む」

 真は如何にも満足げに、自信満々に「ええ」と頷いた。

「というか、前からずっとそうなんだけどね」

 確かに。しかし惣治郎さんは溜め息を一つ吐いて、少し寂しそうにぽろりと思いを零した。

「……俺、これでも一応あいつの保護者なんだがな……」

 それを聞いてフォローに回ったのはやはり春だった。

「まあまあ。おじ様、双葉ちゃんに姉が出来たと思えば良いんです」
「……そうか、双葉に姉、か……確かに悪い気はしねえな」
「ふふ。でしょう?」

 春の提案通りに想像したのか、少し口角を上げて笑った惣治郎さんは双葉と同じく機嫌を良くすると、再び調理をし始めた。
 さて、積もる話は皆あると思うが、それは全て楓の誕生日会にお預けだ。だからこれで俺の歓迎も終了か――と思ったら、突然後ろから「あー!」という竜司の叫び声が耳に木霊した。俺は何事だと後ろを振り返った。

「俺と祐介、何も出番ねえじゃん!」

 なるほど、そういうことか。しかし祐介は余裕のありそうな微笑みを湛えて、竜司を宥めに入った。

「いいじゃないか。リーダーの久々のお出ましなんだ、女性に迎えてもらうのが美しい再会の必須条件だろう」

 飽くまで美しさを求めるか。尚もそれぞれの個性を発揮する男性陣に、俺は計り知れない安堵を覚えた。俺は此処に、自分の居場所を見つけたのだ。

  



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