はじまりはじまり



 店内に設けられた中央のテーブルには惣治郎さん特製の色彩鮮やかな料理が散りばめられていた。とりの唐揚げやローストビーフ、シーザーサラダ、フライドポテトなどなど豪華な品揃えである(因みに、無粋だと分かって補足するが、食費は俺たちの負担だ)。挨拶を終え、順に席に着いた楓、双葉、杏、祐介、竜司はまるで宝石のような料理を眺めながら、それぞれ感嘆の声を上げた。

「わあ、美味しそう!」
「ああ……俺のアレンジも効いているが、何よりマスターの料理が良い。この色合い、匂い、全てが俺の食欲を掻き立てる……」
「長えよ。ま、でも確かに美味そうだな!」
「ほんと! 早く食べたい!」
「ふっふーん、凄いだろ!」
「双葉、お前が胸張ってどうするんだよ……まあ、嬉しいっちゃあ嬉しいけどな」

 惣治郎さんが双葉に、キッチンから照れ臭そうに言った。

「双葉はよっぽどマスターのご馳走が好きなのね」

 双葉の尚も誇り気な様子に、真の姉のような発言が飛び出す。双葉は躊躇なく「うん! そうじろうのはうまいぞ!」とにこやかに頷いた。惣治郎さんはそれに酷く感銘を受けてしまったようだ。

「双葉……よし、分かった。お前の大好きなカレー作ってやるからな。いっぱい食べろよ。もちろん楓ちゃんも食べてくれな」

 彼の双葉への愛情により、かの有名な「ルブラン特製カレー」を頂けることになったらしい。楓と双葉は「やったー!」とハイタッチをして、生き生きと笑っていた。二人に便乗して、食欲旺盛な高校三年生組も惣治郎さんに要求する。

「はいはい! マスター、俺も!」
「あ、じゃあ私も!」
「俺の分もお願いします……大盛りで」
「おいおい……コイツらホントに遠慮を知らねえな……」

 モルガナがまるで惣治郎さんの今の心境を代弁するように呆れた様子で呟いた。またまたルブランに笑いが起こる。

「……あいよ。暁もいるか?」

 しかし惣治郎さんはやはり優しいのだ、喫茶店のマスターらしく世話好きな笑みで俺にも聞いてくれた。

「ああ」
「春ちゃんと真ちゃんは?」
「なら、お言葉に甘えて」
「私もお願いします」
「あいよ。じゃあ、ちょっと待っててな」

 惣治郎さんは皆にそう言いつつ、カウンター越しにさらっと皿を出してきた。モルガナの大好物であるサラミが薄切りにされて載せられている。いつもはカリカリだったが、今日は特別ということか。

「これ、猫にあげとけ」
「ありがとう」
「はいはい」

 俺はそれを受け取り、そのままモルガナの前に出してやった。惣治郎さんは「それじゃあ、後は楽しめよ」と少し笑いながら言うと、カレー鍋の所へ移動していった。
 モルガナは「ゴシュジンは気が利くな! 流石だぜ」と満足げに惣治郎さんを褒めると、勢いよく一枚をパクリと口にした。

「んー! やっぱり美味え!」

 堪らない、といった風にモルガナが叫んだ。モルガナの発言に皆も唆されたらしい、そろそろ食べようというような雰囲気をふんだんに醸し出し始めた。

「ねえ、私たちも早く食べようよ!」
「だな! 暁も早く座れよ」
「分かった」

 竜司の催促に、俺はすぐさま席に着いた。席は祐介の隣だ。祐介はこちらを見遣ると、ふっと微笑んだ。

「暁が隣か」
「よろしく」
「ちょ、祐介、俺も祐介の隣だろ!」

 竜司が焦りながら俺たちの間に割って入ってきた。祐介は「ああ、そうだな」と端的に返すと、「早く食べないか?」とより気分の高揚とした感じで皆に尋ねた。それに、皆がうんうんと頷く。

「折角だし、私たちもテーブルで食べる?」
「そうだね。なら、椅子だけ移動させよっか」
「そうしましょう」
「俺、スルーかよ……いいけどよ」

 真と春がカウンターの椅子を持ってテーブルに移動してきた。竜司が何やら拗ねているが、まあ、すぐ平気を取り戻すだろう。よし、これで全員――ではない。

「モナー、食べるぞー」

 双葉の呼び掛けに、モルガナの体が反応する。モルガナはサラミを食べる口を止めて、此方を向いた。

「お、やっとか……ほいっ、と!」

 モルガナはカウンターからテーブル席まで平然と跳び移り、皆の視線を一気に買った。しかし当猫は至って不思議そうに首を傾げている。

「何だよ? 皆、そんな驚いた目でワガハイを見て」
「いや……ただ、モルガナがまるで猫だったからな」

 祐介が感心したように口を開いた。対してモルガナは即座にいつもの台詞を口にした。

「猫じゃねえよ! お前ら、何回言ったら分かるんだ!」
「んー、でもモルガナは猫だもんね、見た目」
「……ア、アン殿……」

 杏の実直で悪気のない発言に、モルガナは打ちひしがれてしまった。

「杏って、案外辛辣よなー」
「え、あ、ごめん、モルガナ」

 双葉の指摘に慌てて謝罪した杏だったが、モルガナはそれを無視してテーブルから猫のように飛び降りた。そのまま生気を失ったかのように、しかしやはり猫のようにカウンター席に飛び上がり、皿に載せられたサラミを再び黙々と食べ始めるのだった。
 店内に沈黙、いや、惣治郎さんがカレーを煮込んでいる音だけが広がる。しかし案の定、それをぶっ壊したのは我らが切り込み隊長の竜司だった。

「……ま、モナのことだし、どうせすぐ元に戻んだろ」
「……だね。ってか、そろそろ私のお腹も限界なんだよね!」
「ペコペコー!」

 杏と双葉が陽気にお腹を叩く。また俺たちの間で笑いが起こった。

「それじゃあ、暁、挨拶をお願いできる?」

 真が楽しそうに聞いてきた。

「分かった」

 頷くと、皆が一斉に俺に視線を向けた。皆の目を見ていると、自然と怪盗団として暗躍していた頃を思い出すのだ。俺は微笑みを浮かべながら口を開いた。

「楓、誕生日おめでとう」
「おめでとう!」
「おめでとう」
「おめでとー!」

 楓は幸せそうな笑みを満面に浮かべて「ありがとう」と言った。

「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!」

 さあ、楽しい楽しい誕生日会の始まりだ。

  



戻る   玄関へ