これぞ我らが怪盗団!


「ねえ、本当に暁くんなの?」

 惣治郎さん特製の料理を皆で楽しんでいる最中、楓がそんなことを尋ねてきた。今更だが、彼女としてはかなりの重要事項なのだろう、真剣に聞いてきたから、俺も真面目に答えた。

「ああ。楓、誕生日おめでとう」
「あ、暁くんだ……本当の本当に暁くんだ!」

 大好きなアイドルを運良く発見したファンのように興奮気味に言葉を発する楓に、竜司が呆れた様子でツッコんだ。

「いや、普通に分かるだろ……」
「え、だって、皆と違って挨拶してないんだもん。そりゃあ、疑っちゃうでしょうよ」
「……まあ、それもそうだな」

 楓の誘導的な話し方にすんなりと納得させられてしまった竜司。それを双葉は見逃さなかった。

「竜司、乗せられた。ぷぷっ」
「双葉! 違えし、確かにそうだなって思っただけだろ!」
「それを乗せられたって言うんでしょう?」

 双葉にからかわれた竜司は必死に反抗するも、真に一刀両断されてしまった。「ああ、そうだよ、俺は乗せられたんだよ」と半ば諦め気味に呟いている。何となく可哀想だが、まあ、そっとしておこう。

「ああ……この唐揚げ、実に油加減が丁度いいな。噛んだ瞬間、まるで滝のように肉汁が溢れ出てくる……」

 こちらも相変わらずのようだ。祐介はもぐもぐと唐揚げを咀嚼しつつ、独特の感性を以て食レポをしていた。春も惣治郎さん手作りの唐揚げを食べて幸せそうに笑みを浮かべる。

「うん、確かにね……私もいつか、こんな風に美味しいものを作れるようになるかな?」

 春は少し不安げに、しかし期待に満ちた瞳を目の前の美味たる料理に向けた。春は本当に惣治郎さんを尊敬しているのだ。

「ハルならきっとできるさ。ワガハイが保証してやる」

 いつの間にか元気を取り戻したモルガナが春の膝元から励ましの声をかけた。春はモルガナの元弟子ということもあって、尚嬉しそうに微笑む。

「モナちゃん……ありがとう。私、頑張るね」
「……今まであんまり言えなかったけどさ、春って本当に凄いよね。自分から進んでマスターとかモルガナとかに弟子入りしてたじゃん?」

 杏がフライドポテトを頬張りながら屈託のない笑顔で口を開いた。春は唐突なる褒め言葉に少し照れたようだった。「そんな……でも嬉しい。ありがとう」とはにかんで言うと、「だけどね」と繋いで言葉にした。

「それなら杏ちゃんも、皆だって凄いものいっぱい持ってるよ。それに、私がもっと頑張らないと、って思えるのも、皆のおかげだもの」
「春……」

 嬉しさの余りか少し泣きそうな杏は「私、怪盗団の一員で良かった!」とまるで最期の別れのような台詞を言い放った。「杏、死んじゃやだよ」と冗談交じりの返事が楓から聞こえた。竜司は誇らしげに「ははっ!」と大声で笑うと、いつもの太陽のような笑顔を浮かべてこう叫んだ。

「やっぱり俺ら、最高のチームってことじゃねえか!」

 この言葉に皆が皆、疑いなく肯定する。

「ああ。何といっても怪盗団は俺たちの正義だからな」
「ふふっ、そうね。私たちは皆で一つよ」
「何かいいな! 怪盗団っぽいな!」
「うん! 私のこと、こんなにも祝ってくれた怪盗団の皆が誇りじゃない訳ないし、大好きだもんね!」
「ああ! 解散はしたが、ワガハイたち怪盗団は不滅ってことだ!」

 やはり俺たちはまだまだ心の怪盗団らしい。杏がテンションマックスで拳を天井に突き上げ、叫んだ。

「怪盗団、サイコー!」
「サイコー!」
「フー!」
「最高!!」
「サイコー!」
「おー!」
「いえーい!」
「サイコー!」

 俺たちは、やはり怪盗団だ。





 俺たちの盛り上がり様は傍目にも凄かったらしい。惣治郎さんはエプロンを着けたまま此方へやってくると「はは、盛り上がってんな」と楽しそうに笑った。楓が満面に笑みを浮かべながら少し照れくさそうに惣治郎さんに応える。

「はい! もう、皆のおかげで最高の誕生日になりました! えへへ」
「楓、可愛い!」

 杏がいきなりそう叫んで楓をギュッと抱き締めた。「うぐっ」と喉の詰まる声がする。しかし杏は尚も「あー、もう、楓大好き!」「私たち、ずっと友だちで、仲間だからね!」などと友愛の台詞を悉く叫んでいた。楓は気圧されつつも何とか「ありがどう」と声を絞り出したようだ。だから、楓と同じくして周りが杏のテンションに遅れを取っている最中、まさか祐介が爆弾発言をするだなんて、誰も思いはしなかったのだ。

「杏、楓が可愛いのは分かるが、もうやめておけ。楓の綺麗な首が絞まっているだろう」

――え?
 途端にルブランを静寂が支配する。さっきまで有頂天だった杏でさえも急降下してきて黙ってしまった。その拍子に楓の首辺りは解放された。
 当の本人は至って真剣に注意したらしく、杏が楓から離れたのを視認すると、言えたから満足したといった感じで平然と(またもや)唐揚げを口に入れた。目を瞑ってもぐもぐと味わっている。
――これは触れるべきか、否か。
 誰もが悩んでいた中で、ある人が遂に口火を切った――惣治郎さんだ。

「そ、そうだ。盛り上がってる中悪いんだが、カレー、できたんだよ。だから暁、双葉、運ぶの手伝ってくれ」

 な、いいだろ、と空気を変えようと必死に俺と双葉に視線を送ってくる。これは断れない。まあ、元から断る気などないのだが。

「ら、らじゃー! あ、ああ暁、行くぞっ!」
「……ああ」

 俺は双葉と共に台所へと向かった。着いて即刻、双葉に耳打ちで相談される。

「おイナリのやつ、さっき楓のこと、可愛いって言ったよな?! 言ったよな?!」

 顔を覗かれたため、俺は双葉と目を合わせて頷く。双葉は尚も興奮冷めやらぬ様子で続けた。

「ヤ、ヤバイぞこれ。恋愛フラグ立っちゃったかもだぞ! 暁、ヤバイ!」

 俺は双葉に肩を揺らされるがままに「そうだな」と言った。それよりも、どんどん双葉の声が大きくなっているのだが、俺は止めるべきか、否か。
 俺は今後の展開を先読みした結果、止めるのが妥当だろうと判断し、双葉の分析に待ったをかけた。勿論、周りには聞こえないように。

「双葉、その話はおしまい。早くしないと惣治郎さんに怒られる」

 それだけ耳元で囁いて離れると、双葉はハッとして言った。

「……そうだった。わたしの大好物、そうじろうのカレー! 暁、早く運ぶぞ!」

 双葉は既に準備されたトレイをさっと手に取ると、「みんなー、そうじろうのカレーだぞー!」と機嫌よく言いながらテーブルに戻っていった。

「暁、ありがとな」
「ああ」

 惣治郎さんより感謝の言葉を聞いてから、俺も双葉に続いて、トレイを両手に元の席へと戻った。

  



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