これぞ我らが怪盗団!


「それじゃあ、皆で楓の誕生日をお祝いしましょう!」

 真の呼び掛けに、特に合図もなかったのに、皆が揃って「ハッピーバースデートゥーユー」を歌い始めた。九人分の歌声は、それぞれ独特の音を奏でていたけれども、やはり其処には楓を祝福する心が込められていた。俺たちが合唱(と呼べるほどに質は高くないけど)を終えたとき、蝋燭の火に赤く照らされた楓の表情は、何とも形容し難い優しさに溢れていた。
 楓はすう、と大きく息を吸い込むと蝋燭めがけて一気に吹き出す。ふっ、と風の過ぎる音がすると、たちまち十七の炎は姿を消した。

「楓、おめでと!」
「おめでとう」
「おめっとさん!」
「おめでとう!」
「おめでとー!」
「皆……今すっごい十七歳になったって感じがする! 本当にありがとう!」

 真っ暗でよく見えないが、皆の元気はつらつな声が聞こえた。微笑ましい光景だ(見えていない)。
 俺は席を立ってすぐさま店内の電気を点けた。いきなりだったからか、楓は「わっ、点いた」と驚きに声色を染めていた。確かに、つい先程まで月光しか照らすものがなかったせいか、ルブランの暗めの照明ですら眩しく感じた。
 再び席に戻ると、真が「よし」と意気込んで言った。

「等分するのは私の得意分野よ。任せて!」
「おお、世紀末覇者先輩の腕の見せ所だな!」

 竜司が冗談を交えて真を応援する。真は「一言余計よ、竜司」とケーキ用のナイフを片手に微笑んだ。祐介が真に受けて「真、やめろ、早まるな! 怪盗団の正義を――」と訴えかけたところで、真は「なんてね。大切な仲間にそんな酷いことできるわけないじゃない」と祐介に呆れて笑った。「……そうだな。すまない」と祐介も素直に謝る。

「それじゃあ、切るわね」

 真は一言口にして、見事な包丁捌きでケーキを均一に十等分した。ショートケーキの形になったものを次から次へと皆の皿に載せていく。余りの手際の良さに、モルガナは感嘆した。

「マコト……お前、凄えな」
「そう? このくらい、当然よ」

 言い返す真の表情は満更でもなさそうだった。

「凄い……美味しそう……!」

 楓は尚も、その漆黒の瞳をつやつやと光らせて、ケーキをじっくりと観察している。終いには「ねえねえ、暁くん、食べていい?」と興味津々に俺を見つめてきた。

「もちろん」

 俺は微笑みながら頷いた。楓は一瞬だけ目をぱちくりと瞬かせたが、すぐに「やったあ! それじゃあ、いただきまーす!」と元気に発声した。そして、右手に持ったフォークでケーキを一口サイズに切ると、それをぱくりと口に含んだ。もぐもぐと咀嚼しつつ味わっている。その幼げな容姿や性格にはそぐわない程に上品にのみ込むと、楓はニッコリと笑みを湛えて言った。

「満点です!」

 楓の褒め言葉に、俺と祐介は隣同士ということもあり、「やったな」「ああ」と言って、互いの拳と拳とを合わせた。そして、いよいよ俺たちも楓のお墨付きを頂いた誕生日ケーキを、仲良く食べ始めるのだった。





 俺たちは談笑しながらも、十分も経たない内に楓の誕生日ケーキをぺろりと平らげてしまった。空になった皿を前に手を合わせて「ご馳走様でした」と挨拶をする。それを皮切りに、配膳係の俺は皆の皿をささっと集めていった。その際に、双葉は「フォーク集める!」と宣言して実行してくれ、春は「私はスプーンを持っていくね」と静かな所作でスプーンを集めてくれ、杏と真は「えっと……あ、マスター、皿洗いします!」「私は机拭きます」と出来ることを見つけて自ら率先して動いてくれた。楓も「私も何か――」と言いかけたが、モルガナの「主役の楓に手伝いはさせられねえよ」という言葉に頷いて、待つことにしたようだ。竜司と祐介は「暁、さんきゅな」「ありがとう」と声をかけてくれた。
 俺は彼ら彼女らと共に一年を過ごせたこと、そしてまた、これからを歩んでいけることに物凄く誇りを感じた。惣治郎さんもとても嬉しそうな顔を覗かせていた。





 楓の誕生日会もそろそろ終焉を迎えようとしている。真が「そろそろお開きかしら」と寂しげに言うと、楓は予想通りというか、とても名残惜しそうに「そっか。あーあ、もっと皆と一緒にいたかったなあ」と天井に向けて呟いた。恐らく此処に居る全員が同じ気持ちだろう。少ししんみりとした空気が店内を包むも、それをぶち壊してくれたのは我らが大女優(仮)、高巻杏だった。彼女はキラキラと笑みを浮かべながら、「はいはいはい!」と手を挙げて叫んだ。

「皆さんお待ちかね、プレゼントターイム!」

 僅かな沈黙。しかし、その後に待っていたのはいつもと変わらぬ温かい笑顔だった。

「ははっ! あ、杏、いきなりそれはねえわ、ははっ、は、腹痛え……!」
「そうだな。もう少しポーズが決まっていれば良い画になったと思うが」
「祐介、せっかく杏が空気を変えようとしてくれたんだから、文句言わないの……ふふっ」
「ま、真ちゃんも笑ってるよ……?」
「そういう春も肩震えてるの隠せてないぞ、ぷぷっ」
「え、本当?」
「あはは! 皆、面白いや!」
「……今のアン殿も素敵だ……」

 一匹だけ感想が違った。しかし誰も気にする様子がないため、残念ながらスルーすることにした。
 杏は皆の反応が気に食わなかったらしく(当然だろう)、頬をむうと膨らませた。

「もう! そんなこと言うんだったら私だけ楓にプレゼントするからね!」

 ふんっとそっぽを向いた杏は、しかしすぐさま楓の方を向き、何処からともなく小ぶりの包装紙を取り出した。形から推測して、大方アクセサリーといったところか。そして、先程の怒った顔なんて思い返させない程の明るい笑顔を見せながら、楓に言った。

「はい! もう四回目だけど、楓、誕生日おめでとう!」
「わあ……! 杏、ありがとう! 大好き!」

 楓はニッコリと笑みを浮かべて、杏に抱きついた。全く、この二人は大の仲良しだ。

  



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