お庭の花よ、永遠なれ

序章 ガルグ=マクの庭師

じんわりと暖かい陽気のもとに、一陣の風が吹いた。
 さわさわ、と風に揺られて心地良さそうに、色鮮やかに咲き薫る草花。それは天から降り注ぐ柔らかな陽射しと共に、今年もガルグ=マク大修道院に春の訪れを告げる。
 ガルグ=マク大修道院(以降、ガルグ=マクとしばしば略称)。フォドラと呼ばれる大陸の中心に建造されたそれは、大陸を南北に分断するように連なるオグマ山脈にも見劣りしない程に天高くそびえ立つ。お世辞にも大修道院に見えるとは言い難い、まるで城塞のように荘厳な佇まいである。それ程の威厳を放てるのは、やはりガルグ=マクが、女神を信仰するセイロス教の総本山として帝国歴185年に落成してより、ただじっと人の世を見守ってきたからだろう。
 因みに斯く言う私も、愛しのガルグ=マクと共にフォドラの約千年を見守ってきた者の一人である。フォドラでただ一人の稀有な力と、不老不死のような体を持つが故に。





 物心付いたばかりの頃の私は、当時、自然と発現する力を玩具の一つであると認識していたように思う。両親も呑気に「魔力が溢れているんだ」と勘違いしていたことだろう。
 しかし、暫くして周りの存在を認められるようになったとき、私は「玩具として遊ぶための力」が魔力によるものでないことを悟ってしまう。周囲の人間の誰も、私と同じ力を使うことができなかったからだ。
 この事実に薄々気付いていたらしい大人たちは、私がコミュニケーションの術を手に入れてからというもの、どこか及び腰で接してくるようになった。両親はまだ親としての面子を保っていてくれていた気がするが、周りからとやかく言われていたのだろう、ときどき私の力に対して文句を垂れていたことの方が記憶に残っている。
 同年代の友人たちも、多分保護者から何か言われたのだろう、次第に私に近付いてこなくなった。恐らく保護者たちは私の持つ力が自分たちにとって薬であるか測り兼ねたのだろう。我が子を守るためといえば素晴らしいかもしれないが、幼い私にはかなり辛い仕打ちだった。まあ、実際のところ自分ですら力がどういうものか分かっていなかったため、彼らの判断は間違ってはいなかったと今では思う。
 こうして幼少期をひとり寂しく過ごした私は、生きた年月もいよいよ二桁になった頃、積もりに積もった鬱憤が爆発して、ほぼやけくそで故郷を後にした。何という親不孝かと指を差されても仕方のない悪行だろうが、私にはもう耐えられなかったのだ。未熟な自分が独りで生きていける保証は微塵もなかったが、死ぬなら死ぬでいいかもしれないなんて、そんな甘ったるいことを考えていた。
 そんなこんなで行く宛もなく、帰るべき家もなく、かといって何故か事切れる気配もなく、ただふらふらと道を彷徨い歩いていたとき。何という主の思し召しか、私はセイロス聖教会の大司教と出会ったのである。
 彼女は優しく微笑みながら、私に手を差し伸べてくれた。当時、とある出来事の直後で最悪の精神状態だった私は、何も考えずにその手を掴み、彼女の胸に飛び込んだ。そしてわんわんと泣き出した私を、彼女はすべて受け入れるかのようにそっと抱き締めて「もう大丈夫ですよ」と、そのとき私が最も欲しかった言葉を紡いでくれた。そして、私の身の上話も聞いた上で、面倒を見ると言ってくれたのだ。お陰で、私はガルグ=マク大修道院に、セイロス聖教会お抱えの庭師兼温室管理人として、居座ることができるようになったのだった。
 そうして暫く時が経って、私は二十歳くらいの見た目のまま老化しない自身を目の当たりにし、この体が不老であることを知る。百年が経った頃には「……ねえ、私って、いつになったら土に還れると思う?」という疑問を彼女にぶつけた。
 当時、私は自分が不死身なのかを知るために危険な実験を行おうと画策していた。それ程までに、私は死の恐怖に晒されていたのだ。だから彼女に「それは……分かりません。ですが、主に背くことは万死に値する行為です。何を言いたいかは、あなたなら、分かるはずです」と的を射た回答を返されたときには、やはり彼女は私の導き手だ、と確信せざるを得なかった。私のしようとしていたことを察知してしまうなんて、彼女くらいしかできないだろうから。
 結局、彼女に従ったことで自身が朽ち得るのか知ることは叶わなかったけれど(多分いずれ死ぬ……はず)、私は取り敢えず死の恐怖から逃げるため、自身を不老不死と思うことにしたのだった。





 しかしながら、年を重ねる毎に生活のマンネリ化に拍車がかかる私とは違い、フォドラは千年もの時を経て、その姿形を大きく変えた。
 大陸南部を統治する、ガルグ=マク大修道院よりも長い歴史を持った大国・アドラステア帝国。大陸北部を統治する、帝国から独立して生まれた騎士の国・ファーガス神聖王国。大陸東部に領地を持つ有力貴族たちによって運営されている共同体・レスター諸侯同盟。千年前はアドラステア帝国しか存在しなかったのに、今やフォドラはガルグ=マク大修道院を中心に、三つの勢力によって支配されているのだ。これには私も、人の世の無常さをひしひしと実感させられた。
 もしかしたら二十年くらい前に院内で火災が発生したのは、ガルグ=マクが驚いたからかもしれない……なんていうのは冗談だけれど、我が友人であるジェラルトとシトリーの間に生まれた男の子・ベレトくんが、その火災に巻き込まれて亡くなったと耳にしたときは、どうか彼に私の不死身を譲らせてください、と叶いもしない願いを主に捧げたのを、まだ新しい記憶だからか、鮮明に覚えている。今はただ、残酷にも赤子のうちに命を落とした、抱っこしてもうんともすんとも言わなかった可愛い可愛いベレトくんと、彼を産む代わりに息を引き取った強き母、シトリーの冥福を祈るばかりだ。

とある庭師の昔ばなし

  • 1 / 15



戻る   玄関へ