お庭の花よ、永遠なれ

第一章 祝福の春風吹いて

青獅子の学級ルーヴェンクラッセの皆さん、はじめまして。あ、あと、ご入学、おめでとうございます。私、本日体調不良のゲオルク先生に代わって皆さんの引率役を務めることになったヴィオラです。本当にただの引率役なので、ヴィオラさんとかヴィオラとか、好きに呼んでもらえたら嬉しいです。一日限りではありますが、どうぞよろしくお願いします」

 皆に向かって丁寧にお辞儀をしている傍らで、私はよし、教師みたいに言えた、と何だか幼いことを考える。そんな私の耳元に、青獅子の学級ルーヴェンクラッセの誰かのパチパチと手を叩く音が聞こえてきた。かと思えば、その音は忽ち大きなものとなった。笑顔で自己紹介をしたのが良かったのか、単に皆が心優しいということなのか、とにかく嬉しいことに、皆が私の自己紹介に対して拍手を返してくれたのである。きっと内心ではゲオルクくんがよかったと思っている女子生徒もいるだろうに(彼は中々の美丈夫としてガルグ=マクで有名だから)、ありがたいことだ。

「みんな……ありがとう」

 喜びで顔を綻ばせたまま頭を上げ、私は皆に感謝の気持ちを伝えた。いやあ、随分と呑気な表情を浮かべていたに違いない。
 それから気を取り直して、私はマヌエラに与えられた引率役としてのミッションその一、点呼に取り掛かる。

「それじゃあ早速ですが、これから点呼を始めます。一人ずつ名前を呼んでいきますので、呼ばれたら返事をしてくださいね」
「は〜い」
「は、はい!」
「はい」
「はい!」

 やはり緊張しているのだろう、まだ無反応な子が多い中、何人かは頷いたり声を出したりして返事をしてくれた。その元気と勇気のある行動に「ふふ、ありがとう」と反応を返しつつ、私は右脇に挟んでいた青獅子の学級ルーヴェンクラッセの名簿(マヌエラ経由でゲオルクくんから借りたもの)を両手に持ち、視線をそこに集中する。

「えっと、まずは……」

 そして、名簿の一番上に書かれていた名前に目を留めて、その名を敬称付きで読み上げた。

「ディミトリ=アレクサンドル=ブレーダッドさん」
「はい、ここに」

 柔らかな、でもどこか凛とした声の聞こえた方へ顔を向けると、そこには礼服をきっちりと身につけた、金糸のような髪の似合う美しい男の子が立っていた。彼は私と視線が交わったと分かると、まるでよろしく、とでも言うように静かに微笑を浮かべてくれる。その王子のような対応に私は一瞬戸惑ったが、とりあえず微笑み返しておいた。
 いやしかし、どうやら彼の名前からして彼はファーガスの王子のようだから、「王子のような対応」ではなく「王子としての対応」が正しい表現だろう。マヌエラが以前に「今年はもうぜっっったい! 絶っ対に、あなたがびっくりするような奇跡が起きるわ。本当よ?」と必死に訴えてきた、その根拠の片鱗が見えた気がする。もしかしたら黒鷲の学級アドラークラッセ金鹿の学級ヒルシュクラッセにも、彼と似たような肩書きを持つ生徒がいるのかもしれない。けれども私はそんなことより、彼が微笑む前に僅かに見せた、何か強い意志を持った青々とした瞳の方が気になった。
 こうしてディミトリくんとのコンタクトを済ませた私は、彼から名簿に視線を戻し、彼の名の下に書かれている生徒の名前を呼んだ。

「フェリクス=ユーゴ=フラルダリウスさん」
「……ここにいる」

 次なる声の主を辿ると、声音からも薄々感じ取っていたが、見た感じもどこか無愛想そうな、紺色の髪を団子結びにして纏めた男の子と目が合った。かと思えば、何とも理不尽なことに、私は彼に「チッ……」と舌打ちをされ、視線まで逸らされてしまうのだった。
 性格に難はありそうだけれど、目鼻立ちがくっきりしていて肌も白くて顔の輪郭もシュッとしていてとにかく綺麗だから、きっと美容面で女子の憧れの的になるだろう、などと勝手に彼を評価していた私は、対象の彼からの突然の拒絶に目が点になってしまう。何故、と思いつつも懲りずに彼を見てみたが、彼は完全にそっぽを向いてしまっていたため、すぐに諦めた。そして、きっと彼は私が評価しているのを感じ取って居心地が悪くなってしまって、結果あんな行動に出たのだろう、だから私に非があるのだろうな、と無理矢理思い込んで納得した。しかしまあ理不尽この上ない。ファーガスきっての有名貴族であるフラルダリウス公爵家の嫡子くんは、中々にコミュニケーションが取りづらい一匹狼タイプの人間のようだ。
 それからちょっとの間はモヤモヤとした気持ちを抱いていたが、何とか持ち前の経験を活かして気持ちを切り替え、私はまた名簿に目を向ける。次の生徒も、ファーガスでは名のある伯爵家の子だった。

「シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエさん」

 気持ちを込めて丁寧にその名を呼んだ甲斐も虚しく、返事は聞こえてこなかった。一体どうしたのだろうと心配になった私は念のため、もう一度「シルヴァン=ジョゼ=ゴーティエさん、いますか?」と彼を呼んだが、やはり返答はなく。代わりに、癖のある赤髪の男子生徒が何故か集団の中から出てきて、私の目の前に立ちはだかった。けれども、きっと修道院内にはいるはずだから私の力を使って探そうか、と実力行使をちらつかせ始めるほどシルヴァンくんのことが心配になっていた私にはあまり気にならず。

「どうかしましたか――え?」

 心ここにあらずの状態で端的に質問したのだが、直後に彼がとった行動によって、私は急激に現実世界へと引き戻されることとなる。

青獅子の学級




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