お庭の花よ、永遠なれ
第一章 祝福の春風吹いて
シルヴァンは自身の名を呼んだ男子生徒の方を見て、『おお、カスパル。悪い、心配かけたな』と謝罪の言葉を口にした。どうやら水色の髪の男子生徒の名はカスパルというらしい。そしてそのまま流れるように、シルヴァンは自身を観察し続けている大勢に向かって『皆さんも! お食事中に大変失礼しました。俺はこの通り平気ですので、どうぞ続けて』と恭しくお辞儀をした。ついさっきの慌てた彼からは想像もつかない落ち着きっぷりと抜け目のなさである。
彼の発言を聞いて、人々は緊張が解けたように各自元の状態へ戻っていく。その中にはやはりフェリクスの姿もあって、彼は今まさに席を立って玄関ホールの方へ向かわんとしていた。
シルヴァンは大体このようなことを認めたあと、カスパルの方に再び顔を向け、表情をころころと変えながら言った。
『カスパル、悪い。話したいのは山々なんだが、朝食の時間がもうすぐ終わっちまうんだ。だからその話はまた今度、時間に余裕があるときに、な』
『おお、そっか! 確かにもうそろそろだもんな。うっし、じゃあまた今度、絶対に教えてくれよ!』
絶対だぜ! と快活な声を出し、カスパルはフェリクスと同じく玄関ホールの方へ走っていった。シルヴァンは『おう! 約束な!』とにこやかに返事をしながらそれを見送って、ふう、と一つ深呼吸をすると、様々な調理音を奏でる厨房の方へいよいよ歩みを進めた。
『お前なあ、何で今日に限って俺を置いて行くんだよ』
『知るか。起きなかったお前が悪い』
『ぐっ……そ、そりゃそうだけどさあ、昨日の朝は無理矢理にでも起こしてくれたじゃないか』
『昨日の朝は……たまたま時間に余裕があったからだ。一度目があったからとて二度目があると思うな』
『ぐぐっ……フェリクス、お前ってやつは……っ』
――玄関ホールの一角にて。
その後、無事にカウンターで配膳係から朝ご飯を受け取ったはいいものの、フェリクスが席を立ってしまったため、また時間ギリギリだったためにひとりで食べることを余儀なくされたシルヴァンは、急ぎ食事を済ませ、新入生の集合兼待機場所であるこの広間へとやってきていた。そして、今朝方に寮で、また先刻に食堂で彼を
『そも、明日は食堂の朝食時間が終わる前には玄関ホールに集合だと、昨日あれほどイングリットに言われていただろう。お前の頭はよほど女のことでいっぱいらしいな』
フェリクスの容赦ない一言に、遂に精神的に耐えられなくなったらしく、シルヴァンは『い、いやあ……忘れてた訳じゃないんだぜ? ただ今日は怒られることへの恐怖をも超える眠気だったというか……そんなことよりフェリクス、今日何だかいつもより機嫌悪くないか?』と、自ら振った癖に話をすり替えていた。
けれども彼の新たな問いが、益々事態を悪化させてしまう。
『チッ……分かっているなら話しかけるな。俺はお前の面倒事に巻き込まれるのだけは御免だ』
煩わしそうにそう言って、フェリクスは早々に士官学校の教師たちがいる方へ立ち去ってしまう。そんな彼の行動に、シルヴァンは呆気にとられたように『は? 何だよフェリクス、面倒事って』と問い掛けるが、直後に彼の背後から発せられた『シルヴァン!』と少女の呼ぶ声に、フェリクスの指す「面倒事」が何かを察したようだ。シルヴァンはハッとして、即座に声の主の方を振り返った。
彼が辿った声の主は、どこかあどけなさを残しつつも淑女らしさを漂わせている、艶めかしい金色の髪をツイスト状に編み込んで纏めているのが印象的な女子生徒だった。彼女は美しい翡翠の瞳に怒りの色を映しながら、シルヴァンに詰め寄る。
『貴方という人は、また――』
『ま、まあ待てイングリット! まずは落ち着こうぜ、な?』
シルヴァンは彼女――イングリットの瞳と声音に込められた感情を察知して、咄嗟に彼女を宥めようとする。しかし彼の取った行動は彼女にとって好ましくなかったようで、『……私のどこが、落ち着いていないように見えるのかしら?』と火に油を注いでしまっていた。
『――あ、ああそうだな、うん。イングリットが騎士よりも騎士らしいやつだってことを忘れてたよ』
シルヴァンはやってしまった、と書かれた顔を引き攣らせながら、心のこもっていない声で彼女を煽てる。誰が聞いても棒読みだということが分かってしまうだろう彼の台詞に、イングリットは『……はあ』と深く溜め息を吐いた。
『シルヴァン、貴方の軽薄さには何度も呆れさせられてきたけれど、まさか士官学校でも私に尻拭いをさせる気じゃないでしょうね?』
ぎり、とイングリットは睨みを利かす。けれどもシルヴァンはそれを物ともせず、戯けた様子で『いや〜、ないとは言えないかな。ははっ』と答えた。先ほどまでおどおどしていたはずなのに、ここに来て自我を通し始めたようである。そんな彼に、イングリットは『……ええそうね、貴方にこんなことを聞いた私が馬鹿だったわ』と最早失望したようだった。
『それじゃあ、集合完了時間も近いから、行くわよ』
『りょーかい』
疲れ切ったように告げたイングリットは、しかしシルヴァンの表現した「騎士よりも騎士らしい」という言葉に相応しい振る舞いで、新入生が揃う三つの集団の内の一つにとけ込んでいった。そこに、さっきよりかは幾分か気を楽にした彼が、頭の後ろで手を組みながら、のんびりと付いていく。
『イングリットに怒鳴られずに済んでよか――っ』
そんな風に、小声で本音をぽろりと零していたシルヴァンが、思わず言葉を紡ぐのを止め、足も止め、腕も下ろして息を呑んだその視線の先。そこには、桃色の生花の