お庭の花よ、永遠なれ

第一章 祝福の春風吹いて


青獅子の学級ルーヴェンクラッセの皆さん、はじめまして。あ、あと、ご入学、おめでとうございます。私、本日体調不良のゲオルク先生に代わって皆さんの引率役を務めることになったヴィオラです』

 春の陽光が如何にも似合いそうな彼女は、鈴を転がすような声で自己紹介をしていた。その一部始終を、シルヴァンは一言一句も聞き漏らさぬよう耳をそばだてながら、食い入るように見つめる。何度かごくりと喉仏が動いて、唾をのむ音が鳴った。

『本当にただの引率役なので、ヴィオラさんとかヴィオラとか、好きに呼んでもらえたら嬉しいです。一日限りではありますが、どうぞよろしくお願いします』

 彼女が深々と礼をしたのを機に、彼は衝動に身を任せるように両の目をきらきらと輝かせながら、集団の一隅に腕を組んで佇むフェリクスの元へ向かっていった。その近くで、金髪の男子生徒が優美にパチパチと手を叩き始める。すると、青獅子の学級ルーヴェンクラッセの生徒皆が彼に倣って拍手をし出した。ただし、シルヴァンとフェリクスの二人を例外として。

『おいフェリクス、あんな綺麗な人、ガルグ=マクにいたか? 少なくとも俺は知らなかったよ』
『チッ……戯言たわごとなら余所でやれ』

 シルヴァンは驚愕、感動、興奮、彼の心に起こった一切合切の感情を込めた調子でフェリクスに語り掛けた。言うまでもなくフェリクスには舌打ちと共に素気すげ無くあしらわれてしまうも、それに臆する彼ではない。ヴィオラが満開の花の如く顔を綻ばせて『みんな……ありがとう』と感謝を述べているそばで、フェリクスの肩をガシッと掴んで『まあそうカリカリすんなって。お前だってちょっとは美人だって思っただろ』と私語ささやき、『な?』と同調を促しながらその整った顔を覗き込む。しかしながら、やはりどうしてもシルヴァンの思いはフェリクスに届かないようで。いや、ある意味届いていたというべきか。

『……何か言ったか』

 フェリクスはシルヴァンの顔に反射的に視線を寄越したあと、とぼけたようにそう呟いたのだ。シルヴァンはまさか自身の存在をフェリクスに無視されるとは思わなかったらしく、『いや聞けよ』と小声で突っ込んだ。けれどもフェリクスはそれすらも度外視して、自身の肩に置かれた手をちらと見遣ると、『この手は何だ。離せ』とはね除ける。そして、そんな鰾膠にべも無い態度にシルヴァンが呆然としているうちに、フェリクスは再び腕を組んで、『名前を呼んでいきますので――』と指示を出すヴィオラに目を向けてしまったのだった。
 余りの冷たさに流石のシルヴァンも応えたのか、行き場を失った手をぷらぷらとしながら『あーはいはい、悪かったよ』と若干拗ねたように言った。と同時に、生徒たちの元気のいい声や間延びした声、凛とした声などがホール内に響く。何だ何だと驚いたシルヴァンは間髪かんはつを容れず、この場の主導権を握るヴィオラに注目した。彼女はちょうど生徒たちに向かって『ふふ、ありがとう』と微笑んでいるところだった。
 シルヴァンは双眼を見開いて、ハッと何かを察したように目線をヴィオラからフェリクスに移した。フェリクスは相変わらず、彼女をじっと見つめている。けれども彼のどこかに先と異なるものを見出したらしいシルヴァンは、合点がいったように『なるほどな。初心なフェリクスに遂に春が来たって訳か』と独りちた。

『……おい、何をブツブツ言っている』

 流石に気になったらしく、フェリクスが横目でシルヴァンに問う。しかしシルヴァンが『いやいや、ただ昔のお前が恋しいなあって言っただけだぜ?』と戯けてみせたことで、興味が失せてしまったようだ。フェリクスはフン、とそっぽを向いてしまった。

『……ま、精精せいぜい頑張れよ。応援してやっから』

 糸のようにか細く呟いて、少し寂しそうに笑みを湛えたあと、シルヴァンは今しがたフェリクスに退けられたばかりの手で、懲りずに彼の背を叩き、『なっ』と彼に笑い掛けた。フェリクスは、正直まだ気になっていたのか『だから何だと――』と噛み付こうとするが、しかし『フェリクス=ユーゴ=フラルダリウスさん』とヴィオラに名前を呼ばれてしまったために、それはとうとう叶わなかった。

『……ここにいる』

 歯がゆい気持ちを抑えてフェリクスは返事をし、いよいよヴィオラの透明な双眸と視線を交えた。
 彼女の瞳はまるで鏡のように、彼の心の内の苛立ちをまざまざと映していた。それに腹が立って、フェリクスは一つ舌打ちをし、顔を逸らす。そしてシルヴァンに怒りをぶつけようと見た先にはもう、彼の姿はなかった。

彼が舌打ちした理由




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