ハロー、青春。

序章 悩みはやどりぎのタネのように

しかしまあ、森の中のただでさえ狭い道で人間とポケモンがハグし合っていたら、そりゃあ通行の邪魔になるというもので。

「オマエら、相変わらず仲がいいんだな」

 好きだよ、大好きだよ、ずっと一緒にいようね、と仲間たちへの親愛を言葉でも表現していたわたしは、背後から誰かの声が聞こえたとき、サマヨール辺りから本当にかなしばりを受けたのではないかと思うくらい、ピシリと固まってしまった。トトもびっくりしたのだろう、俊敏な動きでわたしのお腹辺りにやってきて、背後の人から必死に身を隠している(のが見える、可愛い)。元がゴーストタイプであるために、おどろかされるのには弱いのかもしれない。いやはや、可愛い。
 などと半ば現実逃避のように思考を巡らせていたわたしを再度蘇らせてくれたのもまた、トトだった。チリ、と微かな電流が体に生じたのを痛覚が感じ取り、わたしはハッと我に返る。ああ、トトが優秀過ぎる。
 わたしは背後の人への謝罪よりもまずトトを抱き上げて、「トト〜、ありがとね」と感謝の思いを込めて思いっ切り抱き締めた。そんなわたしの様子に、背後の人は声が届いていないと思ったらしく、「おい、ノノ?」と若干困ったような声音でわたしの名を――え?
 わたしはトトを抱えたまま、背後の人の正体を暴くべく、漸く声の聞こえた方へ顔を向けた。すると。

「え、キバナくん?」

 何ということだろう、視線の先でキノコの光が淡く映し出しているのは、見上げるわたしの首の角度でいうならローズタワーと並んでも遜色ないのではないかと意味の分からないことを呆然と考えるくらいには背が高く、わたしには到底真似できない装いと、彼の纏う雰囲気にピッタリな褐色肌が特徴的な、ドラゴンタイプの現ジムリーダー・キバナくんだった。
 ちなみに彼の装いとは「ドラゴンタイプのユニフォームとブロンズピアスを身につけ、恐らく特注だろう『フロント部分に尖った膨らみのある橙色のバンダナ』を額に巻き、同じく特注だろう『竜の髭をモチーフにした靴紐が付いたハイカットシューズ』を履き、同じく特注だろう『竜の腹のような模様がフロント部分に施されている、竜の口をイメージしたフードと、靴と同じく竜の髭をモチーフにした紐が付いたパーカー』を羽織る」というものだ。うーん、金銭面で余裕が生じない限りは、実現は難しいだろう。
 キバナくんはわたしと目が合うと、「よっ、ノノ」と爽やかに片手を挙げて、ニッコリと朗らかな笑みを浮かべてくれた。どうやら今は獰猛で血気盛んなジムリーダー・キバナではなく、近所のお兄ちゃん感を醸し出す温厚な青年のキバナくんのようだ。彼の笑顔を見て、わたしは何だか肩の力が抜けてしまう。

「何だ、キバナくんかあ。誰かと思ったよ」
「悪かったな、怖がらせて。けどオレさまだって、結構怖かったんだぞ? まさかこんなところでポケモンとじゃれつくヤツがいるとは思ってなかったからな」

 キバナくんは冗談っぽく笑って言ってくれたけれど、結構切実に聞こえて、わたしは「あはは。ごめんね、びっくりさせて」と謝る他なかった。
 それからわたしはキバナくんに「あ、ごめん、ちょっと待ってて」と一言断りを入れ、腕の中にいたトトも含め、後ろで大人しく待機してくれていた皆を、纏めてモンスターボールの中に戻した。賢い皆ならば勝手にどこかへ行きはしないと分かっていても、ここは迷いやすいことで評判な森の中だから、念のためだ。折角外へ出したのにボールの中に閉じ込めてしまって申し訳なく思うけれど、キバナくんの存在を無視する訳にもいかない。またすぐ自由にさせてあげるからね、と心の中で呟きながら六つのモンスターボールを丁寧に腰のホルダーに付けた後、わたしは再び彼の方を振り返った。

「急にごめんね、皆が迷子になっちゃわないようにと思って」
「いや、オレさまこそ、話しかけただけなのに悪いな」
「ううん、いいの。折角キバナくんに会えたんだからちょっと話したいし。っていうか、そうだよ! キバナくん、何でここにいるの?」

 何だか大人な会話の後に、一番に浮かんできた疑問を素直に口にすると、キバナくんも「オレさまはトレーニングしに来たんだよ」と素直に答えてくれた。どうやらフェアリータイプ対策をしに来たらしい。キバナくんの意図を読み取って、わたしは「なるほどね」と頷いた。がしかし、何となくキバナくんの目的に違和感を覚えて「あれ、でも」と間髪入れずに言葉を発し、そのまま違和感の原因を口に出していく。

「キバナくんはどっちかっていうと、こおりタイプのポケモンへの対策を考えたほうがいいんじゃないの?」

 メロンさんに一度も勝ててないって雑誌のインタビューで答えてたの、読んだよ、と思ったことを全部言い尽くして、そうだ、違和感の正体はこれだとすっきりしたところで、わたしはまたハッとした。こんなことを知り合いに指摘されたら、わたしだったら絶対落ち込む、と思ったからだ。けれどもキバナくんはさほど気にしていなさそうに、考える素振りをしながら口を開いた。

「そうなんだが、メロンさんにはいくら対策をしても勝てないんだよな……だから問題はタイプ相性じゃない気がするんだが、じゃあ何かって言われるとなあ」

 やれやれと肩を竦めるキバナくんを見て、わたしはつい先刻抱いたはずの心配事をもう忘れてしまって、ただ「なるほど……そっか、そうだったんだ」と相槌を打ちながらキバナくんの話にのめり込んでいく。これはもう完全に教師ならではの「お節介魂」である。

「なら、わたしも一緒に考えるよ。うーん、キバナくんがメロンさんに勝てない理由かあ……」

 そして少なからずこの「お節介魂」を大切にしているわたしは、何とかキバナくんの力になりたいと思って、真剣に思考を巡らせ始めた。

おどろかし、おどろかされ




読んだ帰りにちょいったー

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