Chou Ring Love!!
「じゃあ、後は2人で仲良くね」
そう言って貘さんが出ていって早2時間。俺はホテルの部屋まで遊びに来たなまえさんに付き合わされて4本目の缶チューハイを開けたところだった。
「だから、貘さんと飲めばいいじゃないですかって言ってるじゃないですか!」
「梶くんはわかってないなぁ! 強い人と飲んでもこっちばっかり酔って楽しくなれないの! わかる?」
「俺は獏さんと飲むの好きですけどね」
「私も好きだけどね」
「じゃあ帰ってくるまで待ってればいいのに」
「だからぁ」
テーブルを挟んだ向かい側、なまえさんは3本目のビールを飲みきってごみ袋代わりのビニール袋に空き缶を放り投げた。すぐさま冷蔵庫からチューハイを取り出してプルタブを開けようとするが、うまく力が入らないのか中々開かない。見かねて奪い取るように開けて渡した。
「ありがと」
「どういたしまして」
真っ赤な顔で飲み続けるなまえさんは、少し目を潤ませている。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛い。そもそも俺はなまえさんの事が好きだったしこうやって一緒の時間を過ごせるのは願ってもないことだった。でもなまえさんが貘さんのことを好きなことも知ってる。
「梶くん、顔赤いよ」
「なまえさんの方が赤いですよ」
「嘘だ」
「嘘言ってどうするんですか」
取り留めない会話をしながらハイペースで飲み進める。俺もなまえさんも結構酔っていた。なまえさんはお酒があまり強くないくせに度数の強いお酒ばかり買ってくるから、おかげさまで俺は初っ端から押し付けられたストロング缶を開ける羽目になった。
「梶くん、貘さんのこと好きだよね」
「好きですけどなまえさんだって同じじゃないですか」
「そうだよめっちゃ好き」
「ほらぁ」
じゃあ俺と飲むのは止めましょうよとは言えなかった。
なまえさんと出会って食事をしたりするようになってから何ヶ月か経っていたけど、その場にはいつも貘さんとマルコもいた。俺より一つ年上のなまえさんは、酔ってなければしっかりしているけど酔えばかなりたちが悪い。飲ませたがりだし、飲みたがりだし。
出会った場所でもべろべろに酔っていた。よく覚えている。お遊びで立ち寄った裏カジノで酔っ払いながらボロ負けしているのを貘さんが面白がって助けたのが始まりだった。どうして助けたのか後で聞いたら、巨乳大作戦(しかも俺が見てない回)に出ていたらしい。そりゃ助けるよ。その節はお世話になりましたって感じだもんな。
とにかく、酒癖は悪い。お礼にってご馳走になったけど、連れて行ってもらった高級焼肉店でも死ぬほど飲んで結局フラフラになりながら帰ろうとするから見かねて3人でマンションまで送っていったし。
「梶くん、もう手が止まってるぞぉ」
間延びした声で言う。なんかその、言い方に含みがある気がするのは俺だけだろうか? 眠そうな顔でなまえさんはまた缶チューハイを空にした。
「飲み過ぎじゃないですか?」
「全然!」
「アンタ酒弱いんだから自重してくださいよ」
「もし飲めなかったら梶くんが飲んでよ」
それはまぁ、いただきますけど。それって間接キスですよ? 貘さんのことはいいんですか? と心の中で問いながら俺も後を追うように飲みきって缶を潰した。
なまえさんはケラケラと笑いながら「良い飲みっぷりだね〜」と言う。それからふらついた足取りでルームサービスを何か頼んでいた。チェイサー代わりの烏龍茶を飲んでいると部屋をノックする音が聞こえて、扉を開けた。
「失礼いたします」
テーブルにはマッカラン。しかもちょっと高いやつ。それとバカラのグラスが2つ。俺は多少尻込みしながら「飲むんスか?」となまえさんに聞いた。実にいい笑顔で「勿論!」と返されて苦笑いすることしか出来ない。
「梶くん勝負しようよ」
「飲み比べなら流石になまえさんには負けませんけど」
「言うねぇ。さすが勝負師だなぁ」
「じゃあ何か賭けます?」
「賭郎呼ぶの?」
「呼びませんよ」
こんな飲み比べに呼ばれたら夜行さんだって門倉さんだって流石に嫌な顔するだろう。
なまえさんはそれぞれにウィスキーを注いでそれからグラスを掲げた。それに合わせるように俺も掲げて、キンと高い音が鳴る。飲み込んだウィスキーの強いモルト臭が鼻を抜ける。なまえさんは少し目を丸くしながらそれを飲み込んでいた。
「で、どうするんです?」
「この世の中には石、ハサミ、紙の3つを表して手を出すっていう神聖なゲームがあってね」
「じゃんけんですね。いいですよやりましょう」
じゃんけんぽんでそれぞれ手を出す。俺がチョキで、なまえさんがパー。なまえさんは露骨に悔しがって困った顔をした。
「どうしよう、飲む?」
「それは止めましょうすぐ潰れますよ」
「わかった、じゃあ負けた人が秘密を言おう」
「なまえさん今負けましたけどいいんですか?」
「いいよ。あんまり秘密無いし。そうだなぁ」
うーとかあーとか唸って、それから思いついたように手をぽんと叩いてなまえさんは口を開いた。俺は少し前のめりの体勢で聞く用意をする。
「私さ、好きな人いる」
「はいはい貘さんのことでしょ」
なまえさんはそれに対してはいとも違うとも言わなかった。ひとまず気にせず次の酒を注いでまたそれを飲み干す。少量と言えどストレートのウィスキーは飲む度頭を揺らした。次のじゃんけんの用意をして、今度は俺が負けた。
「俺も好きな人いますよ」
「知ってる貘さんのことでしょ」
「同性じゃないですか」
「梶くんの愛なら越えれる。いけるよ」
「はいはい。まだ飲めます?」
「いけるいける。あーちょっと暑い」
なまえさんはそう言って髪の毛を持ち上げるようにして首筋を仰ぐ。不意に見えたそこに視線が釘付けになって、バレないようにグラスにウィスキーを注いで意識を逸らす。心臓の高鳴りが酔いのせいか別の理由かはわからなかった。
グラスを仰いで、またじゃんけんをする。次も俺が負けて少しだけ顔をしかめた。そろそろ話せる秘密も少なくなってくる。
「あー……俺の好きな人は優しいです」
「なにそれ。他のないの?」
「綺麗だと思ってます」
何を言っているんだろう。なまえさんはニコニコしながら「貘さん顔良いもんねぇ」と言った。そうじゃないけど、バレるよりはマシかもしれない。
次に注いだ分でボトルの中身は半分より少し残っているくらいになった。結構くらくらしていたけど、向かい側のなまえさんはもっとくらくらしているように見える。グラスを持つ手が少しおぼつかないまま同じタイミングで飲み干し、じゃんけん。また負けた。
「賭郎勝負だったら死んでるかもよ」
「シャレにならないこと言わないでくださいよ」
「で〜、次の梶くんの秘密はぁ〜?」
「もうあんまりないですよ」
「嘘だぁ、隆臣くんは嘘つきだなぁ」
なまえさんが俺の名前を呼ぶ。酔いもあって余計にふわふわした心地で耳障りが良かった。面白がって何回も「隆臣くん」って名前を呼ばれるから俺の理性はどうにかなりそうだった。ただでさえ酔っ払っているのに、2人しかいないのに、どこまでも無防備でずるい。
「負けたくない人がいるんですよ」
「え〜、それだぁれ?」
「貘さんですよ。絶対負けたくない」
「隆臣くんがそんな風に言うなんて珍しいなぁ」
少なくとも、貴方がいなかったらこんな思いを抱くのはもう少し先立ったと思う。
半分を切ったボトルがさっきより重く感じる。とくとくと鳴る音が心音のようで、視界がぶれた。キン、とグラスがぶつかって、それを合図にまたぐいと飲み干す。なまえさんは椅子から落ちそうなくらいで座っているのもやっとのようだった。
イマイチ思い通りに動かない体でその細い体を支える。本当はそのまま抱きしめてしまいたかったけど、今そんなことをするのはずるい気がして出来なかった。なまえさんはへらへら笑いながら背もたれに身を預けて「手、あっつ」と呟く。
俺もなまえさんも、燃えるように体が熱かった。
「じゃんけん」
「ぽん」
なまえさんが負けたのだけ認識できた。陽炎みたいになまえさんの姿が揺れている。俺もなまえさんも何も言えないまま、しばらくぼんやりとしていた。
テーブルの端に置いていたペットボトルの烏龍茶を飲む。なまえさんはつらそうな顔をして手を伸ばすからそれを手渡した。白い喉が嚥下するのを見つめる。結局しちゃったな、間接キス。
「わぁひさぁ」
「……はい」
「女優、やめたかったからカジノ、いっ……たの」
「あの日ですか」
「であぇ、てよかったよ」
「貘さんとですか」
「うん。あと、たかおみくん。マルコも」
「俺もなまえさんに会えてよかった」
くらくらする。相当回ってきたのか、まぶたが急激に重くなった。吐くよりは随分ましだけど、体が言うことを聞かない。なまえさんは耳まで真っ赤にしてついにテーブルに突っ伏してしまう。
「それ、秘密ですか?」
「ひみつ、じゃない」
「……教えて下さいよ、秘密」
「んー……」
突っ伏したままなまえさんが手を伸ばす。俺はそれに手を重ねるようにして、座ったまま項垂れた。
「すきなひと、ばくさんじゃ、ない」
最後に聞こえたのは、なまえさんの甘く掠れた声だった。
***
「ただいまー……って随分派手にやったねぇこりゃ」
「貘兄ちゃんどうしたの? って梶! なまえちゃんも死んでる!?」
「死んでないよ。死ぬほど派手に飲んだみたいだけど」
「どうする? 起こす?」
「いや。マルコ、2人をベッドまで運んでもらっても良い?」
「良いよ! 一緒のベッド? 梶は床に置いておく?」
「面白いから一緒に寝かせといて。それから2人が起きるまでは部屋に入っちゃ駄目だからね」
「折角皆でご飯行こうと思ったのに」
「俺達だけで行こうか」
「うん!」
***
暖かさと柔らかさで目が覚めた。背中に何かを感じてゆっくり寝返りを打つと、そこには服を脱いだなまえさんが寝ていて、俺は驚きのあまり叫びそうになる。慌てて自分の服を確認すると上はシャツだけで下にいたってはパンツしか履いていない。ベッド際の時計を見ると午前6時。――終わった。完全に終わった。ガンガンと痛む頭を押さえながら昨日のことを必死に思い出す。貘さんとマルコが出かけてからなまえさんと2人で飲んで、あのマッカランを開けて、それから……それからどうなった? なまえさんが潰れてテーブルに突っ伏してしまったことまではギリギリ覚えている。そもそも何で俺となまえさんは同じベッドに寝ているんだ?
隣のなまえさんが唸りながらもぞもぞと動く。寒いのかも知れないと布団をかけて、俺は深い溜め息をつく。
俺、もしかしてなまえさんとヤッた……のか?
もしそうだとしたら酔いに任せて好きな女性を抱くなんてあまりにも最低すぎる。そういう記憶はないけど、お互いこんな格好。なまえさんにいたってはその、下着姿だし、俺も似たようなもんだし、何にも無い方がおかしい。
眠気と二日酔いで頭はパンクしそうだったけど思考が止まらない。どうやって責任取ればいいんだ? というか貘さん達はどうしたんだ?
ちらりと横目で見たなまえさんは安らかな寝息を立てて眠っている。布団の隙間から柔らかそうなものがばっちり見えてしまってラッキーと思う気持ちと断罪してほしい気持ちで頭がぐちゃぐちゃだ。
悶々としながら悩んでいるうちに、なまえさんがまた動いて小さな声で「あれ……?」と呟いた。ぎぎぎと軋んだロボットのように顔を隣に向ける。俺は消え入りそうな声で「おはようございます」とだけ言った。
「えっ?」
わかる。俺もそんな反応しかできません。なまえさんは俺の顔と自分の格好を何度か見比べて、それから顔を赤くした。いや、正直そんな顔されると思いませんでした。悔しいくらいに朝から可愛いですね。
「あのさ、梶くん」
「なんでしょうか」
「もしかして、もしかしてなのかな」
「……すみません」
覚えてないです。でも俺の理性暴発してたかもしれないです。今もわりと暴発しそうです。生理反応だから許して下さい。
なまえさんは諦めたように起き上がり、俺もまた諦めて体を起こした。
「寒いですよね、すみません」
とりあえず着ていたシャツを脱いで羽織らせる。めちゃくちゃドキドキして心臓が痛い。こういうときスマートに出来ない自分の経験の少なさが憎い。
なまえさんは「ありがとう」と言って、膝を抱えるように座り直す。
「どうしよっか」
「どうしましょうね」
「私、仕事以外でほとんどしたことないからこういう時どうすればいいかわかんないや」
「えっ!? あ、俺もほとんどしたことないから大丈夫ですよ!」
いや、大丈夫じゃないだろ。我ながら焦りすぎてよくわからないことを口走ってしまった。俺の焦る様がよっぽど面白かったのか、なまえさんはようやくくすりと笑った。細い絹糸みたいな髪の毛が揺れて、俺はどきりとする。
「とりあえずシャワー、浴びる?」
「一緒にですか」
「ばか! それぞれでいいじゃん! ……梶くんのえっち」
反応がいちいち可愛い。俺は顔を両手で覆って大きなため息をついた。こんな可愛い人と関係持っていいんでしょうか? 代償に命取り立てられたりしない?
なまえさんがおもむろに立ち上がってぐっと伸びをした。スタイルが良すぎて思わず凝視してしまう。いや、自分キモすぎるだろもっとしっかりしろ。
「私先に浴びてくるね」
「あ、どうぞ」
ベッドルームを出るなまえさんを見送って、それから俺はまた布団にダイブした。これからどうすればいいんだろう。こうなった以上けじめはしっかり付けたほうが良いよな。でもなまえさんは貘さんのことが好きだし。……いや、昨日のあの言葉が夢じゃなければ。
「なまえさん、違う人のこと好きなのか?」
思わず口に出ていた。じゃあなまえさんの好きな人って誰なんだ? まさかマルコ? それとも業界関係者とか?
なまえさんは職業柄男性の知り合いは多いし、可愛いし、スタイルも良いし、酒癖が悪いところ以外本当に非の打ち所がない。なまえさんが戻ってくるまで俺はまた悶々としながら、微かに残り香の漂う布団をぎゅっと抱きしめていた。
「次どうぞ〜」
少し間延びした言葉でハッとする。シャワーを浴びたばかりのなまえさんはこんな朝っぱらから、しかもスッピン(そう言えば初めて見た)でも可愛すぎるから本当に凄い。俺はうっかりまた大変なことになりそうだったから慌ててシャワールームへと退散する。もはや虚無状態になりつつシャワーを浴びて、歯を磨いて、とにかく持てる力のすべてを使って大急ぎでベッドルームに戻った。
「随分早かったねぇ」
既に着替え終わっていたなまえさんは俺の方を見て笑った。うっすらとされた化粧がかえって色っぽい。記憶のない情事を呼び起こしそうになったけど、やっぱり覚えていなかった。何で覚えてないんだよ酔いすぎだろ。
とりあえずさっと着替えて、俺はなまえさんの名前を呼んだ。少し緊張した面持ちで俺を見上げる。俺は目の前に跪いて、なまえさんの手を取った。
「責任取らせて下さい」
「えっと、なんの?」
「だからその、昨日の……」
「責任って、結婚てこと? 私一応AV女優だけど大丈夫?」
「絶対幸せにしますから! 一生かけて償います!」
「……梶くんは馬鹿だなぁ」
なまえさんは驚いた顔をして、それからふっと微笑んだ。ゆっくりと俺の手を握り返して、少し掠れた声で囁く。
「まずは好きです付き合って下さいでいいんだよ。償いなんていらないから」
「好きです。俺と付き合って下さい」
「はい。ぜひ」
カーテン越しの朝日に照らされて、なまえさんは今までで一番綺麗な顔で笑った。ついに堪えきれなくなってぎゅっと抱きしめる。
「ずっと好きでした。本当に」
「……うん、ありがとう。私もずっと好きだったよ」
「貘さんのことが好きだと思ってました」
「貘さんの好きと梶くんの好きは違うよ。感謝はしてるけどね。私は梶くんの優しくて人間味溢れるところが大好きだから」
「俺はなまえさんの全部が好きです」
「AV女優でも?」
「関係ないです」
「ありがとう」
なまえさんは静かに俺を抱きしめ返してくれた。このまま時間が止まってしまえばいいのに、と強く願う。
ふわりと香った同じシャンプーの匂いが、何故か胸を熱くした。
***
9時過ぎに貘さん達が起きてきて、ホテルのカフェで朝食を摂りながら俺となまえさんは事の顛末を報告した。それを聞いた貘さんとマルコは酷く驚いた表情をして、それから沢山祝福してくれた。
食事の途中マルコは何か言いたげな顔を何度かしていたけど、貘さんの「まぁ丸く収まればそれが一番だよね」という言葉を聞いてからは深く頷くばかりだった。
昨晩の記憶は途中で途切れていて、覚えていないことも沢山ある。
それでもあの触れた手の熱だけは夢じゃないと信じて、俺はなまえさんと顔を見合わせて笑った。
今日はすごく晴れた日だ。きっと良い一日になる。そんな確信を持って俺は食後のコーヒーを飲み込んだ。
リクエストでした。絶妙にキモ可愛く書けました。リクありがとうございました。