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 4月22日は良い夫婦の日。皆結婚してます。
 
 
 南方
「まさか、サイズを直すことになるとは思わなかった」
 南方の呟きを聞いて、なまえは面白そうに笑った。彼の薬指に輝いている指輪はつい先程受け取ってきたばかりだ。ぴったりに作ったはずそれは日を追うことに窮屈になり、限界を迎える前にと少しだけサイズを大きくしたのだ。
「やっぱり戦うと指太くなるんだねぇ」
「そんなにしみじみ言わないでくれ」
「最近は骨折とかしてるからじゃない? さっきだって格闘技してるんですかって聞かれたしよくあることかもよ」
 もし直すとしても、自分じゃなく彼女の方だろうと高を括っていた南方は、何が悪いというわけでもないがショックを受けていた。喧嘩に明け暮れていた高校時代や現場に出ていた警視時代だってこんなことはなかったのだから無理もない。
「私は恭次の手、好きだけどなぁ」
 まるで壊れ物を扱うかのような手付きでなまえは南方の左手を取った。ごつごつと節くれだった手は彼女より遥かに大きい。
「綺麗なモンやないぞ」
「頼もしい手だよ。私のこと守ってくれるし」
 指輪はサイズ直せばいいんだから、それよりもこの手大事にしてよね。と彼女は愛しげに見つめてから指を絡めた。
「どれだけ血でべたべたになってもいいからさ、ずっと手を繋げるようにしてね」
 少し頬を赤らめて彼女が言う。南方は何もわず、手を握り返すことで返事の代わりにした。今日はこのまま手を繋いで帰ろう、と2人ゆっくりと歩き出す。
 固く繋いだ愛が、永久に解けないように。
 
 
 
 
 真鍋
「卵、値上がりしてるの」
「……それは、困るな」
 積み上げられた殻を見つめながら彼女は言った。真鍋は少し躊躇いを見せて、もう1つと手を伸ばそうとしたそれを見ないようにしながらなまえの方へと押しやる。まるで今のうちに片付けてくれと言わんばかりの行動に苦笑いしながら卵の乗った皿をしまった。
「匠は卵以外なら何が好きなんだろうねぇ」
「フム、考えたこともなかった」
 好き嫌いがあるわけでもないが、彼は徹底して偏食だった。毎日のメニューに困りすぎて卵料理はほとんど固定化されている。自分の食べたいものを作れると思えば楽なのだが、些か寂しさを感じることもある。
「たまには私と同じ食事する?」
 卵料理は抜きになるけど――と続けると、真鍋はまた考えこんでしまった。そんな反応をするのなら聞かなければ良かったな、と思ったところで彼が口を開く。
「それもいいかもしれない」
 意外な言葉になまえの方が驚いてしまった。まさか彼が卵以外の料理でも良いと言うなんて、自分で聞いておきながらおっかなびっくりした調子で確認する。
「本当に?」
「あぁ。………今日は良い夫婦の日らしい」
「その説明長くなる?」
「ならない。つまり私が言いたいのは、君に歩み寄る努力を怠ってはならないと思ったんだ」
 もう何年も一緒にいるのに、私は君に甘えてばかりだし。と言ったのを聞いてなまえはまた目を丸くする。まさか腐った卵を食べたのかと疑う程だった。
「早速今晩から試してみよう。頼めるかい?」
「そりゃ勿論、腕によりをかけて作りますけど」
「けど?」
「明日の天気が心配になってきたから、今日のうちにお布団洗濯してくる」
 真鍋は心外そうな顔をしながら、ぱたぱたと部屋を出る背中を見つめた。
 その日の夜、いつも以上に気合いの入った夕飯を真鍋はけろりと平らげて「好物が増えそうだ」と満足げに言うと、彼女の機嫌は5割増で良くなったとかなんとか。
 
 
 
 
 箕輪
 勢一さん、と呼ばれるのを彼はあまり好きでなかった。少し歳の離れた彼女は困った顔で「じゃあなんと呼べばいいんですか」と言うから何でも良いと適当な返事をすると、その日の夜からは彼女は少し頬を赤らめて「勢一」と呼んだ。それが籍を入れる前の日の話。
「勢一」
「んー?」
 彼女が少し甘えた声で名前を呼ぶ。ソファーでごろごろとしながらすり寄る姿は猫のようだ。以前のように恥じらうことは無くなったが、代わりに親しみが込められている気がする。
 箕輪は片手で頭を撫でながらぴったりとくっつく彼女の次の言葉を待った。
「今日、何の日か知ってる?」
「あー? カーペンターズの日」
「カーペン、ターズ?」
「あーやめて。おじさんジェネレーションギャップで傷付くから」
「後で教えて。聞けばわかる気がする。……じゃなくて、今日は良い夫婦の日なんだよ」
「無縁だねぇ」
 笑いながら即答するものだから、なまえは少し怒ったように箕輪の胸を叩く。まったくダメージを受けていないからそのまま捕獲するように彼女の体を捉える。
「俺達が人並みの幸せを得られるわけが無いのよ」
 密葬課の人間として数多の犯罪者を屠ってきた2人だからこその言葉だった。それでもなまえは箕輪の腕の中でもがきながら口を開く。
「それでも、私からすれば勢一は理想の旦那さんだし勢一から見ても私が理想のお嫁さんでしょ? じゃあ良い夫婦じゃん。それでいいよ」
「言うじゃないの」
 彼女の言葉も一理あるな、と喉奥で笑う。あの頃と比べてふてぶてしさは出たが、やはりこの女を生涯のパートナーに選んで間違いなかったと心の中で強く思うのだった。
 
 
 
 
 大船
 2人の永久の幸せを誓ってしばらく経つが、彼への興味は尽きない。なまえは横で眠る男の顔を見て、それから小さく笑んだ。役職の割には人間味に溢れていて、頑固で、正義感を絵に書いたような人。だからいいように利用されたり傷ついたりもしてるのに、頑なに人を信じることを止めない。
「額人」
 囁くように名前を呼んだが、彼が起きることは無かった。ガクトと呼ぶと喜ぶことは彼の友人からも聞いていたが、そんな面白くないことはしたくなくて結局一度も呼んだことはなかったことを思い出す。
「ね、ガクト」
「う〜ん……」
 眉間に皺をぎゅうと寄せたが、結局目を覚ますことは無かった。代わりに無意識下でぐいと引き寄せられ、がっちりとした腕に包まれる。
 彼は戦うと意外と強いが、そうそう簡単に暴力を振るったりはしない。彼は己のキャリアを鼻にかけることはなくとも誇りは持っている。人を殴ることというのは普通はめったに無いのだ。
 腕の中で彼のことを考える。明日は暗謀のメンバーと久しぶりに集まるとか言っていた。己よりも仕事を優先されることばかりで面白くなかったが、それも彼の美徳と何も言いはしなかった。
「たまには一緒にいてくれてもいいのに」
「むゥ……すまない」
 寝言のような謝罪に思わず彼の顔を見たが変わらずすやすやと寝息を立てている。なまえはそれを見てふっと笑うと、その温もりに身を任せた。
「おれが、まもるからなぁ」
「ありがとう。大好きだよ」
 やがて寝息は2つになって、新しい朝がまた生まれた。
 
 
 
 
 フロイド
 どこか行かねぇか? と誘ってきたのはフロイドの方だったが、当の本人はいつまで経っても待ち合わせ場所に現れない。待ちぼうけのまますでに1時間経過していた。流石に喉も乾いてきてなまえは近くの喫茶店に入る。ここならフロイドが来てもすぐにわかるだろう。
 オーダーした紅茶を飲みながらぼんやりと外を見つめているとふと声を掛けられた。店員かと思って振り向けば知らない男性が「一緒にお茶しても良い?」と軽薄そうな口ぶりで話しかけてくるものだから少しだけ困った顔をする。
「それもごちそうするからさ、駄目?」
「あの「駄目だな」
 聞き慣れた声がしてその方向を見ればフロイドが立っている。男は突如現れた長身の外国人に驚いたのかそそくさと席を離れていった。
「待たせた」
「本当にね」
 少しだけ拗ねたような顔をしたなまえの髪に手を伸ばして梳くように撫でる。そのまま隣の席に着いてやってきた店員にコーヒーを頼んだ。
「俺の奥様は怒ってもいい女だ」
 先程のナンパ男より遥かに軽薄な発言に、なまえは呆れたような溜息をつく。彼とは正式な婚姻関係こそ結んでいないがもう何年もそれに近い付き合いは続いている。そもそも国際指名手配犯と結婚なんて常人では考えられないのだろうけど。
「約束すっぽかしたのかと思った」
「荷物取りに言ってたんだよ。……あぁ、ありがと」
 コーヒーを受け取ってそれを飲みながらフロイドはなまえの前に小さな箱を置いた。飾り気のないそれを開ければ中には小さな輪が2つ。
「何これ」
「見たまんまだよ。……着けてやる」
 なまえは無言で左手を差し出す。細いプラチナのリングが彼女の薬指を彩った。そしてフロイドはもう1つに躊躇いなく己の薬指を通す。
「これならもうあんなナンパされないだろ?」
「えぇ、そうね」
「ほら、もっといい女になった」
 顎に手をやって彼が笑うと、なまえも同じように「貴方もいい男になった」と呟いて笑った。
 
 
 
 
 ラロ
「なまえ、私は君にダイヤを与えることはしない」
「はい。それはラロ様にだけお似合いです」
 決まりきった問答はもう何度目のものかもわからない。ラロは深く腰掛けたソファーに身を預けたまま小さな箱を撫でた。彼の宝物の詰まったそれに触れることはなまえも許されていない。
 ラロはビリーやヴォジャへのものとは違う感情を彼女に対して抱いているが、彼女からすればそれでも敬愛すべき主であることには変わりない。故に彼のことをファーストネームで呼ぶことも無かった。
「あぁ、おいで。私の愛しい子」
 なまえは求められるまま跪くと、ラロは胸元の開いたドレスから覗いた鎖骨に口付けてそっと痕跡を残した。
「代わりに君にこれを与えよう」
 彼女の腰を抱きながらラロは一粒の真珠を取り出す。口を開けるように命じればなまえは人形のようにそれに従った。赤く濡れた舌がちらりと覗いている。そこに真珠を乗せるとゆっくりと口内に含ませる。まるで飴を舐めるように舌で転がさせ、喉を撫でてやれば静かにそれは飲み込まれた。
「君には純白の真珠がよく似合う」
「ラロ様に与えられるのなら、私は何だって受け取ります」
「そうだろう。愛しい子よ、真珠の味をよく覚えておきなさい」
「はい、ラロ様」
 愛を意味する真珠を彼女の体に取り込ませた行為は儀式に近い。まるで種の代わりにしたかのような手付きで彼女の腹を撫でる。芽吹くことのない種は、彼女の腹の中でじんわりと1つになっていく。
「これも1つの愛、だろう?」
 確かめるように囁いた言葉に、なまえは恍惚の表情のまま頷いた。
 
 
 
 
 ビリー
「Oh,どうして逃げるんです? なまえ」
「だって乱暴なんだもの」
 ベッドの縁ギリギリ、壁に阻まれる形で彼女は追い詰められていた。優しさと狡猾さを併せ持つ瞳が彼女をじっと捉えて離さない。かき集めたシーツを抱いて抵抗したがそのバリケードは呆気なく破られた。
「貴方が魅力的だからです。罪な人だ」
「会う女性皆に言ってるでしょう? バレているのよ」
「冗談だとわかってるはずでは?」
 シーツの下の彼女はスリップ1枚で、ビリーは思わず舌なめずりした。これではまるで捕食されることを予期していたようじゃないか。時計の秒針の音だけが響く部屋で、彼女は余裕そうににこにことしている。
「私、一応貴方にファミリーネームを差し上げたつもりなんだけれど」
「えぇしっかりいただきましたとも、なまえ。まだ少し慣れないですが」
「私だって慣れてない。だって貴方同じことの繰り返ししかしていないのを気付いている?」
 彼女の問いにビリーは頷きだけで返した。外で仕事をし、時折血を浴びて、夜は彼女を貪る。折角手に入った獲物を味わわないなんて勿体ないとでも言いたげだ。
「何が言いたいんです?」
「夫婦としての愛情表現はこれだけじゃないと思うのだけれど」
 その台詞に小さく舌打ちをする。高価なプレゼントやディナーよりも真摯な愛情表現のつもりだったが、どうやら彼女は不満らしい。
「じゃあ明日には何か用意しましょう」
「違うの、ビリー。物なんかいらないわ」
「ヘイなまえ、何が言いたいのです?」
 彼女は扇情的な眼差しのままビリーに手を伸ばす。その黒い耳に触れながら、消えてしまいそうな程の囁き声で言う。
「愛してると言ってほしいの」
 ビリーは眉を寄せたまま思いっきり笑んだ。なんて誘いだろうか。今すぐにイエスと返して目茶苦茶にしてやりたいのをぐっと堪えた。
「なまえ、望み通り何度でも言って差し上げますよ。……体もしっかり愛しながらね」
 その捕食者は、まるで骨まで味わい尽くそうとでもするかのように、爪を隠すこともなくなまえを押し倒した。